学校②

 すぐに魔法を使って、空中でナイフを止める。

 ところ、ナイフの先には遅効性の毒が塗られている。それも並の毒物判定ではまず引っかからないような、貴重かつ強い毒。

 ずいぶんと殺意が高い。

 このナイフが飛んできたのはちょうど奥にある窓側からだった。そこにいるのは複数人の男女。

「どういうことかな、カツェン」

 誰が投げたかは、手元を見れば一目瞭然であった。

 カツェンと呼ばれた青年は、茶色の髪を有していた。光るようなこれでもかというほどの、茶。

 光茶種ブラペーザーツォ特有のはっきりとした発色であり、百人が見ても百人が茶色と答えるような茶色。この国で茶色とは、陽気さを象徴する色である。

 しかしその髪を有している人物は陽気で才能もあるが、話すとねちっこく粘着気質である。ひそかに嫌味な整った顔だと思っているが、そのことは誰も知らない。

「いやぁ、ごめんね。手が滑っちゃってさ」

「常識的に考えれば教室の中でナイフなんか扱うもんじゃあないだろう」

「別にちょっと手遊びしていただけだぜ」

「危ないだろ」

 この二者のやり取りに口を挟む人はいない。あちら側にも、こちら側にも。それは、各々が二人のどちらかを信じて強い信頼を抱き、その人物ならば、相手を制することができると信じているからである。

口を挟むのは、信じていないも同義。

だから誰も、何も言わないのはそういうことだ。

「俺はそんなへまはしない」

 まさに今凶器を投げておいて、よくもそんないけしゃあしゃあと言えるもんだ。内心ため息しか出ないが、対応はあくまでも毅然と、正論を以って返す。

「そうじゃないだろ。大体、僕に向かって凶器を投げつけたのは事実だろう。それの謝罪はあるべきだと思うが」

 睨みあう、長い一瞬。その一瞬で張り詰めた空気感が部屋中に満ちる。

「わりぃ」

 双方に流れる空気感は中々ひどい。ピリッとした、今にも爆発しそうな、キナ臭くくすんだ空気。嫌気というか、呆れの方が先に出てくる。

 まだこんなことをするのかという、ばかばかしさのような。

「カツェン派はまだ天覚がどうとか言ってんのかよ」

小さな声で誰かがそう言っているのが聞こえた。恨みがましさが全く隠せていない、もはや隠そうとしない。

 この里の性質上、様々な方面で才能のある人物が多い。先天的なものにせよ、後天的なものにせよ。

その中でも、カツェンは先天的な才能に恵まれた。

 天覚。

 一言で言うと超能力だ。生まれ持って有する、テレパシーや未来予知、念力、身体能力向上、魔法発動補助。

 今の里では天覚を全く持ってない人はいないはずだ。だが、カツェンのそれは里の常識を大きく逸脱するというレベルだった。そして同じように才能がある人物を中心に派閥を作った。

 自画自賛になるが自分にも天覚の才能はあったが、どちらかというと努力型だったので元からの才能があったあちらからは目の敵にされ、色々あって今日に至る。

 何年も経つと慣れてきて、なにか言われても邪魔されても「はいそうですか」と流すことにも慣れた。

「いつも通り僻みが多いわね」

 そんなフラーデベルの呟きが聞こえた。

 この時期の授業は午前中で終わる。最近は貴族側の事情で何かと忙しいからだ。放課は正午だった。

 特にやることもないので早く帰ろうと荷物をまとめていたところ、指導教官に呼び出され、足早に板のきしむ廊下に出る。

「魔獣の討伐?」

「そうだ、お前たち二人に頼みたい」

 フラーデベルと二人で来てみたら、これだ。

「一応伺いますが、他にも手の空いている方はいないのですか?」

 そっけなく一言。

「忙しい」

 んじゃあ僕たちが暇だとでも思ってるのか、こいつは。

 無論そんなことを表には出さない。こんなことはよくあるので表に出すようでは、里の人間として失格である。

「どこですか」

「里の北部、キルラセルト山の中腹、ドスラジス数匹が暴走している。素材はお前たちにやる」

「「わかりました」」

「ではよろしく」

言うな否や、そそくさとどこかに行ってしまった。

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