学校①

 学校の手前まで鳥に乗りっぱなしなのはマナーとしてあまり好ましくはないので、途中からはフラーデベルと二人で歩いていく。

 スパイ(その表現は正しくはないのだが)の僕たちにも学校はあるんだよなとは思いつつ。

 まぁ当たり前だ。基礎となる知識がなければ諜報活動を成功させるなど論外だ。

 教育を疎かにしないという考え方には大きく賛同する。

 だからといってそれを好きかどうかは別問題だが。

 ところが隣の誰かさんは僕とは違って勉強好きである。

「なんか言った?」

 この人は心の声が聞こえているのか? と、たまに思う。別にテレパシー系の天覚は持っていないはずだが。

「勉強が好きそうで羨ましいなって思っただけです」

「よく言うわね、だって君は十分成績良いじゃない」

「座学で好成績取ってる人に言われても説得力がないんだよね。学ぶこと自体はそんなに楽しくはないでしょ」

「君は本を読むの結構好きだと思ったのだけれどねえ。てっきりそれ自体はそこそこ好きだと思ってたのだけれど」

「学校教育と勉強は必ずしもイコールじゃないんだよ」

 言わんとしたいことは理解してくれたらしい。

 見事に切り返されてしまったが。

「言い訳ばっかしているから負けるのよ」

 参った。あちらは年相応の勝ち誇った笑顔である。こういうときは本当に言い返せないのが純粋に悔しい。まだ微かに赫に染まった髪を整えながら言う。

「今度勉強会でもする?」

「予定が合えばね」

「同居してるんだから、空いてる日なんて何となく分かるでしょう」

 読者に誤解してほしくないので言っておくと、別に入籍してるとか許嫁とか恋仲とかではなく。

 あくまでも里の風習として。十歳になると同年代の男女二人と一緒にシェアハウスのような形で同居する風習があるのだ。意図は見え透いているが、一応二人に何もなかったから責められるとか、そういったことはない。

 ただよっぽど仲が悪いとか死別ではない限り、基本おんなじ相手と一生同じ屋根の下だ。なので九割くらいのペアはそのまま結婚している。これには面倒だからという理由が絡んでくるのだが。

 あえて繰り返すと、別に結婚は強制でもなければ他の相手と結婚したらダメみたいな規則はない。だがほとんどの人は面倒かつ忙しいのでペアで結婚しているだけだ。

「何の科目やろうかな」

「たしか、応用防諜理論のテストが今度あったはずだからそれで良いんじゃないかしら」

 そうやって、話をしている間に学校についた。

 僕たちは帝国の定める学校の履修課程において最終学年になり、この年になるとを入れる人間も増えてくる。

 諸々の制度の仕様上、学校の最終学年は義務教育ではないのだが、上級学校に進学する生徒を対象とした補習授業を開講している。

それ以前に学校は国から正式な認可を受けていないので、真面目に来る必要はないのだが、こんな場所では娯楽もない。

 だから教室の中にいる生徒はこの時期にしては多いのだ。まあ自分から話しかけに行くことはあまりしない。

 どうせ自席に座ってフラーデベルと話していれば、他のクラスメイトも集まってくる。教室に来れば、いつの間にかこうなっていることが常だった。

「相変わらずフラーデベルと仲良しなんだな」

 そう言ったのは、細目の黄色い髪を持つ金糸種オロドナーツォのダコン・カートリーだった。自分よりわずかに低い背。細い体。山にいる猿のように気に目敏く、こういう余計なおせっかいを焼いてくる奴だ。

 とはいえ、戦闘能力は高い。

 俊敏な身のこなし、そこから繰り出すダガー捌き。また弱い威力ではあるが、極寸の速さで力学的エネルギーを放出する魔法。

 暗殺系の能力に限るが、同年代ではトップクラスの実力だ。

「そっちも変わらず口だけ達者だな」

「口だけで悪かったな」

「冗談だよ、実力だって十分にある」

「おいおい、そんなにおだてちゃっていいのかよ」

 そう横から口を挟むのは、ヨーデル・サディ。木炭種リグノカバーゾの黒い髪を持つ高背の男だ。

「おだててるわけじゃないよ。皆には皆の良さがあって、それを上手く活かせているダコンにだから言っているんだよ」

 それを機に少しずつ話が盛り上がってきた。イヤー照れるねぇーとか、長所を活かすっていってもどうすればいいんだか、いやそれは自分で考えろよ、ヴィ―ガン良いこと言うねえとか。

 和気藹々とした雰囲気。知的生命体の中でも、これほど高度なコミュニケーションを通じた感覚の共有が出来るのはやはり人類だけだ。個々での能力は限られるがこうやって群になれば、その中で議論を深め、論じ、新しいインスピレーションを生み出せる。

 やっぱこういう所が人間の面白い所だと思う。

 集団の盛り上がりが頂点へと向かう中。

 ビュッ。

 投げナイフが空を切り、自分めがけて飛んできた。

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