第8話 椎羅紫織


 そして、俺の新住居兼職場は都内でも広めの部屋を借りてもらった。

 家賃がいくらになるのか知らないが、安くないはずだ。なんだかプレッシャーを感じる。これで成果が出せなかったら俺もいよいよ終わりだ。

 部屋の整理をしながら俺は村瀬さんが言っていたことを思い出す。


「そういえば今日、全面的にサポートしてくれる新人さんが来るって言っていたな。どんな人だろう」


 俺に対して初期投資が出せないこともあり、編集、カメラなど配信で必要なことを全面的に一人の新人が担当すると言われていた。

 いくらかつかつだとはいえ、全てを新人が賄える内容ではないと思ったが、無名の俺に対して予算が無いのは事実である。文句を言える立場では無い。


「まぁ、なるようになればいいか」


 そう思いつつ、インターフォンが鳴った。


「お、新人の人かな。はーい」


 俺は元気よく扉を開ける。

 すると、そこには高校生くらいの女の子が立っていた。

 童顔でショートの黒髪。胸はそこまで大きいわけではないが、服の上から分かるくらいの弾力はあった。


「櫛上……さん。ですよね?」


「は、はい。櫛上信拓です! もしかして君が……」


「はい。新人の椎羅紫織しいらしおりと申します。よ、よろしくお願いします」


 ペコリと椎羅さんはお辞儀をする。


 俺も釣られて「こちらこそ」とお辞儀をする。


「あ、どうぞ。上がって。まだ片付いていないけど」


「お邪魔します」


 初対面の男女が部屋に二人きり。変な緊張はあるが、これは仕事だ。変な気分を持ってはいけない。


「椎羅さんはいくつなの?」


「え?」


「あ、ごめん。いきなり女性に歳を聞いたら失礼だよね」


「いえ、別に構わないですよ。私は二十歳です」


 流石に高校生では無いが、若過ぎる。新人なのだから当たり前か。

 それにしても沙里奈よりも若いのか。これは慎重に接しないと俺が通報されかねない。気を付けようと心に決めた。


「パソコンの設定もまだ何ですね」


「あぁ、ごめん。説明書見ながら地道にやるから」


「私がやっておきましょうか?」


「え? 出来るの?」


「はい。私が使っているタイプと同じパソコンなので」


「そうなんだ。じゃ、頼むよ」


「はい」


 椎羅さんは手際よくパソコンの設定を始めた。

 女の子ってこういう機械的なものは苦手意識があると思ったが、案外そうでも無いらしい。いや、この子だけが特別かもしれない。

 椎羅さんは三十分足らずでパソコンの設定を完了させる。


「これで大丈夫です。次は家具の組み立てですか」


「いや、これは俺がやるよ」


「いえ、一人より二人の方が早く終わります」


「じゃ、頼むよ」


 椎羅さんはやるべきことはテキパキと済ませていく。

 器用で正確。俺がやるよりも完璧な仕上がりだ。思ったよりも早くやるべきことが済んでしまった。


「こんなところですね。少し休憩しましょう」


「じゃ、お茶入れるよ」


「あぁ、それなら私が……」


「いや、俺にやらせてくれ」


 ここは引けを取らなかった。椎羅さんには休んでもらいたい。

 お茶を入れて一息ついている頃である。


「いやぁ、椎羅さんは何でも出来るなぁ。生活力あるし、段取りもいいし、本当に凄いよ」


「ありがとうございます」


「椎羅さんはその……編集とかカメラマンとかに憧れがあって【THE BOOM】に入ったわけ?」


「別に憧れとかそんなものじゃ無いです。ただ、兄が立ち上げた会社なのでその紹介です」


「そう言えば【THE BOOM】の創設者って誰だっけ?」


「事務所に属していながらそんなことも知らないんですか?」


「うっ。それは面目ない」


「創設者は椎羅崇史しいらたかし。配信者として第一人者と呼ばれている人です。配信業界では有名なんです」


「え? じゃ、椎羅さんはその妹さんってこと?」


「そう言うことです。椎羅さんって言われると兄のことを連想してしまうので出来れば下の名前で呼んでもらいたいのですけど、可能でしょうか」


「え? あぁ、じゃ紫織……ちゃん?」


「はい。それでお願いします。信拓さん」


「俺は別に上の名前でいいけど」


「妹の沙里奈さんがいるのでややこしいですから」


「じゃ、それなら下の名前でいいです」


 仕事仲間とは言え、下の名前で呼び合う関係に近い距離を感じた。

 紫織ちゃんは新人と侮ってはいけない。優秀な逸材だった。



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