第6話 紹介
「お兄ちゃん。配信活動してみたら? 絶対にバズるから」
沙里奈は目を輝かせながらそう言った。
先ほどまで俺のイカサマを疑っていたのに本当だと分かった瞬間これだ。
妹は単純なやつだった。
「でも配信しても食っていけないんだろ?」
「いや、お兄ちゃんの実力なら確実に食っていける。そもそも異世界に行っていたってマジチートだから」
「そんなものかねぇ」
「ひとつ疑問なんだけど、どうしてこっちに戻ってきたの? ずっと異世界に居た方が幸せになれたんじゃない?」
「まぁ、それもそうなんだけど、いろいろあるんだよ」
「いろいろって?」
俺は顔色を曇らせた。良いこともあれば悪いこともある。
ただ俺にとって悪いことの方が優っていた。
「まぁ、言いたくないならいいよ。ただ、一応兄妹なんだから何でも言ってよね。相談なら乗るからさ」
「ありがとう。言いたくなったら言うよ」
「うん。それより……」と、沙里奈は改まった形でスマホの画面を見せた。
それは沙里奈のチャンネル登録者数の表示画面である。
「これ、登録者数増え続けている。この数値は私じゃなくてお兄ちゃんの数ってことなんだけど」
「いいじゃないか。増えるってことは金が増えるってことだろ?」
「そうかもしれないけど、なんかこれは違うの」
「違うって?」
「私のファンがお兄ちゃんに侵食されている感じがする」
「考えすぎだろ」
「このコメントを見てもまだそれが言える?」
コメント欄には俺を出す要求が溢れていた。
〈またお兄さん無双が見たい〉
〈お兄さんマジ何者?〉
〈サリちゃんには悪いけど、お兄さんが見たい自分がいる〉
〈お兄さんカムバック!〉
などと俺に対するコメントが多数を占めている。
「私のチャンネルがお兄ちゃんに乗っ取られている事実は変わらない。どう責任を取ってくれるの?」
「ど、どうって言われても俺には何が何だか……」
「お兄ちゃんは個々のチャンネルを作って。私のチャンネルから出て行ってほしいんだけど」
「俺、配信ってよく分からないんだよな」
「簡単だよ。機材とチャンネル作って配信すればいいんだから。まぁ、編集とか面倒な作業はあるけど、そこは慣れかな?」
「それが分からないんだよ。初期費用がまずない。言うのは簡単でも実際にやろうとすれば問題山積みだろ」
「そ、それもそうか。なら事務所入ってみる?」
「事務所?」
「そう。そう言う配信系の会社があるんだよ。【THE BOOM】って会社なんだけど。本当は知名度がないと入ることすら出来ないけど、私の紹介だったらそれも可能だと思う。事務所に入れば配信に必要なサポートは大体やってもらえると思うよ。それなら知識のないお兄ちゃんでも出来るはず」
「事務所か。要は会社勤めをするってことだろ?」
「まぁ、そうなるね。でもいきなり個人事業主になるのは大変だよ。お兄ちゃん、税金とか分かるの?」
「うっ。それはちょっと……」
「だったら事務所に属せばその辺、なんとかしてくれるよ。慣れていけば事務所を辞めればいいんだから。独り立ちするまでも期間限定ってことで入っちゃえば?」
「それもいいかもなぁ。沙里奈はその会社に属しているわけ?」
「前までは属していたけど、今は個人でやっているよ」
「何で?」
「まぁ、いろいろ揉めてね。お兄ちゃんも異世界のこと喋りたくないように私にもそう言うのがあるのよ」
「そうか。まぁ、野暮なことは聞かないよ」
「そうしてもらえると助かる。担当に連絡取ってみるからまずは会って話を聞いてもみるといいよ」
「何から何まで悪いな。ありがとう、沙里奈」
「いつまでも無収入で住み続けられるのは勘弁だからね」
「そっちが本音か」
「そういうこと」
それから沙里奈は担当者に連絡を取ってくれて俺はその担当者と会うことになった。
会社に行くわけではなくその辺の喫茶店で顔合わせとなった。
「村瀬さんって言っていたな。どんな人だろ。そもそも俺、みすぼらしい服装で来ちゃったけど失敗したか? スーツを決め込んだ人が来たらどうしよう」
軽い気持ちで来てしまった俺は急に不安になった。だが、今更考えたところで何も変わらない。早めに来て担当者が来るのを持っていた。
沙里奈も紹介するなら同席してほしいのだが、何故か断られた。
忙しいとは言っていたが、何か行きたくない理由がありそうだった。
「えっと、櫛上……信拓さん?」
俺に声を掛けて来たのは整った顔立ちでゆるふわの髪をなびかせた女性だった。綺麗な見た目でまさに大人の女性を匂わせる。
「は、はい!」と、思わず俺は席を立ち上がる。
「私、【THE BOOM】の人事担当の
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
村瀬さんは俺の向かい席に座り、コーヒーを注文した。
「今日はごめんなさいね。事務所はあるんだけど、来客用には不向きなとこだから」
「いえ、俺はどこでも構いませんので」
「沙里奈ちゃんから年の離れたお兄さんがいるって聞いたけど、似てないわね」
「はい。連れ子なので似ていないはずです」
「あぁ、そう言うこと。道理で」
村瀬さんは俺の顔をじっと見つめた。
俺の顔はどう見えているだろうか。汚いおっさんか。
なんだがこちらが申し訳なく感じる。
対して村瀬さんは見た目通り落ち着いた雰囲気が漂っていた。
余裕があると言うか、自信があると言うかそんな感じだ。
今の俺が生きて行くためにはこの人にすがる他なかった。
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