第4話 配信無双
「はぁ。お兄ちゃん。冗談はそれくらいにして。仕事探しなさいよ。ズルズルと住み着かれたら溜まったものじゃないわよ。私、ニート兄貴を養うほど余裕ないんだから」
「いや、だからそのダンジョン……」
「フゥ。嫌な汗掻いちゃった。私、お風呂入って来るから」
沙里奈は呆れながら嫌味を交えて脱衣所に向かった。
全然信じていない様子だった。
「何であんな簡単な迷宮をクリアできないのが不思議なんだが?」
俺は不思議に思いつつも、その日はうまく説明できずに終えた。
その翌日のことである。
俺が起きると沙里奈は着替えを済ませて出かける直後であった。
「沙里奈。どこに行くんだ?」
「バイト。今日はフルで入るから帰りは遅くなると思う。留守番よろしくね」
「お、おう。頑張ってな」
「それと仕事探しなさいよ」
「それなんだけど、パソコン貸してくれないか? 仕事探しするにも下調べは必要だからさ」
「別にいいけど、変なもの触らないでよ。特に私が使っているゲームサイトと配信用のアカウントは弄らないで。いい?」
「分かったよ。触りませんって」
「じゃ、行ってくるから!」
沙里奈はそう言い残してバイトへ行ってしまう。
一人取り残された俺は沙里奈のパソコンに向かう。
「はぁ。沙里奈に迷惑は掛けられないからな。仕事探さないと」
ネットで検索して求人募集のサイトを閲覧する。
しかし、三十過ぎ。住所なし。無資格。まともな職歴がなく空白期間がある中年男性を求めている求人はなかなか見つからない。
あったとしてもキツい仕事しかない。
「全然ないじゃん。あー辞め辞め」
俺は求人募集サイトを閉じてしまい、背もたれに深く腰掛けた。
トップ画面をじっと見つめていると沙里奈がやっていたゲームのアイコンが目に付いた。
「触るなとは言われたけど、ちょっとくらいならいいよな」
興味本位で俺は勝手にゲームを起動させる。
ゲーム画面には昨日の続きである迷い森の迷宮が表示された。
「このボタンは何だろう」
カチカチと適当に押すと生配信になっていた。
生配信したことにより視聴者のコメントが付く。
〈あれ? サリちゃん。この時間に配信って珍しいな〉
〈ん? サリちゃんじゃない。アカウント乗っ取られている?〉
〈あ、昨日一瞬映ったお兄さんじゃね?〉
ザワザワと俺が沙里奈のアカウントで生配信したことにより視聴者は混乱していた。
「やべ。配信モードになっているよ。これどうやって辞めるんだ?」
配信されている状況に戸惑いつつ、ゲームは始まってしまう。
ゲームとはいえ、この展開は知っている。
何と言っても異世界で経験した場面だからだ。
だから迷い森の迷宮の攻略は身体が覚えていたのだ。
俺は配信を止めることを忘れてそのままゲームに没頭してしまった。
「簡単、簡単。これは目の前の映像に騙されるんだよ。そうじゃなくて幻想を生み出しているエルフをどうにかしないと前に進めないんだよな」
裏で幻想を見せているエルフを見つけるのは容易くない。
俺は経験上から大樹の中心に向けて唱えた。
『見つけた!』と。
すると美しいエルフが姿を現して視界を遮っていた霧が一気に晴れた。
「ここからが肝心。エルフを倒すのではなく仲間に取り入れることでゲームクリア。これがまた難しいんだよ。仲間にする手順間違えた瞬間、ゲームオーバーだからミスをしないようにしないと」
一つ一つ手順を踏んでエルフに刺激を与えないように説得する。
間違えた瞬間に再び霧が増してゲームオーバーだ。
俺は難なく迷い森の迷宮をクリアした。
「ほら、出来た。余裕、余裕」
俺がホッとした瞬間、視聴者は荒れた。
〈すげー。あの迷い森の迷宮をクリアしちゃったよ〉
〈サリちゃんのお兄さん何者?〉
〈誰もなし得なかったステージをクリアしたぞ〉
〈まじ、英雄じゃん〉
〈攻略不可を攻略した……だと?〉
俺の攻略を見た視聴者は称賛するコメントで溢れかえった。
それと同時に投げ銭や登録者数がうなぎ登りで伸びて行く。
「何だ。炎上しているのか? 怖!」
何が起こったのか理解できない俺は不自然に伸びていく数字に怯えた。
【終了】というボタンが見えた俺はそれをクリックする。
すると配信終了と表示されて止まった。
「これでいいのか? 沙里奈にバレないようにパソコンの電源切っちゃおう」
ログアウトして俺はパソコンから離れた。
安心し切った俺だったが、沙里奈の帰宅で俺が起こした騒動に気づくことになる。
「さぁて。配信、配信っと。ん?」
パソコンの画面を直視した沙里奈は悲鳴を上げる。
「ど、ど、ど、どうなってんのこれ! 登録者数が倍に増えているんだけど! ちょっと! お兄ちゃんでしょ! これ」
血相を掻いたように沙里奈は俺を呼び付けた。
あっさりと沙里奈にバレてしまう。よく分からないまま触ってしまったことが不幸をもたらす。これは異常にまずい。
「ひ、ひー。ごめんよ。妹よ!」
俺は恐ろしくなり、枕を頭に被せて防衛本能を働かせていた。
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