第3話 配信開始


「それはそうと今日は沙里奈に頼みたいことがあるんだ」


「頼みたいこと?」


 俺は椅子から床に移動して素早く土下座をしながら頼み込む。


「頼む。俺をしばらく居候させてくれ!」


「…………居候ってマジ?」


 沙里奈は明らかに嫌そうな顔を浮かべた。


「マジだ。今の俺は金も仕事も住む場所もない。だからお前しか頼れないんだ。頼む!」


「義理の妹とはいえ、女の家に転がり込もうなんて何を考えているのよ」


「それは承知の上だ。仕事と住む場所が決まるまでの間だけでいい。だから頼むよ」


 今の俺は沙里奈に頼む他ない。


「うーん。このまま追い出すのは気が引けるし、かと言って一緒に住むのはなぁ」


「極力存在を消すようにするよ。床で寝るし、ご飯は野菜の皮や人参の葉っぱで何とかする。困らせるようなことはさせないから」


「いや、そこまでしなくてもいいけど。分かったよ。いいよ。居候させてあげる」


「本当か?」


「その代わり家事全般をやってくれる? それだったら許す」


「やる! やる! 全然やるよ、それくらい」


「じゃ決まりだね。いやぁ楽出来て超助かる」


 こうして俺は沙里奈の家で居候することが決まった。

 当時、沙里奈と生活をしたのは一年にも満たない。

 それでも俺たちは家族として暮らした。随分、時間は経ってしまったが、こうしてまた沙里奈と暮らせるとは思わなかった。

 居候生活が始まり、沙里奈は家事の殆んどを俺に押し付けた。


「あ、美味しい。お兄ちゃんって案外料理できるんだね」


 沙里奈は俺が腕によりをかけたビーフシチューを喜んで食べていた。


「まぁ、自給自足生活をしていたこともあるから慣れたものだよ」


「自給自足ってお兄ちゃん、ずっと寝ていたんだよね?」


「まぁ、寝ていた間はずっと異世界にいたから」


 ポロッと俺がそういうと沙里奈は吹き出した。


「あははは。異世界? 何を言っているの? お兄ちゃんそういう冗談言う人だったっけ? マジウケるんですけど」


 腹がよじれるくらい沙里奈は大笑いした。


「いや、本当だぞ?」


「はいはい。冗談はその辺にして。ご飯美味しかったよ。洗い物もお願いね。私、配信あるから」


 沙里奈は全く信じていないようで俺をあしらった。

 確かに俺が植物状態の間、異世界に飛んでいたなんて思いもよらないだろう。信じてもらおうなんて思わないけど、誰も知らないとなると寂しいものである。

 食器を洗い終えて沙里奈の様子が気になった俺はこっそりと近づく。


「はい! 皆様、こんばんはー! 今日は迷宮の配信をしていくよー!」


 パソコンのインカメラに沙里奈が小さい画面に映り、メインの画面にはゲームの映像が映し出されている。

 そしてその脇には視聴者のコメントが付いていく。


〈お! 始まった!〉


〈待っていました! サリちゃんかわゆい〉


〈それよりこの迷宮ってまだ誰もクリアしたことないよな? サリちゃん大丈夫か?〉


〈確かにSSS級ランクだろ? こんなのクリアできる奴いるのかよ〉


〈サリちゃんなら大丈夫。きっとやってのけてくれる〉


〈バカ言え、ここは攻略不可とされているんだ。無理無理〉


 迷い森の迷宮。

 この迷宮は入り組んだ森が行く手を阻み、考えなしに進むと同じところに戻ってきてしまう。厄介なのは挑戦者によって攻略法が変わり何千通りもあるとされており、容易に抜け出せないことから迷い森の迷宮と呼ばれている。

 難易度は驚異のSSSランクで今まで挑戦してきた配信者は皆クリア出来なかった。プロの配信者でも攻略できなかったことから攻略不可とされたダンジョンである。


「あらら。早速迷っちゃった。今、私どこにいるんだろう」


 沙里奈は開始早々、既に迷っていた。

 霧が濃くなって現在地すらままならないものになっている。


〈サリちゃん。落ち着いて〉


〈そろそろモンスターが来るんじゃない?〉


〈やばい。引き返すんだ〉


〈引き返そうにも道が分からないのに引き返しようがないだろ〉


 そうこうしているうちに霧に紛れた謎のモンスターが沙里奈を襲う。


「ガアアアァァァ!」


 爪と牙が鋭い謎のモンスターに襲われてしまう。

 一気に沙里奈のキャラのヒットポイントがゼロになり、ゲームオーバー。


「あり? 私、やられちゃった?」


 やられたことすら気付かないほど、一瞬の出来事に沙里奈は呆然とした。


〈あー、やられちゃった〉


〈サリちゃん、よくがんばった〉


〈ドンマイ〉


〈やはり攻略不可は伊達じゃない〉


〈マジこのダンジョン誰が攻略できるんだよ。誰か攻略頼む〉


 コメント欄は配信者である沙里奈を励ますもので溢れていた。

 そんな時だ。


〈サリちゃん。後ろ!〉


〈誰かいるよ〉


「ん? 誰かってなに?」


 コメント欄を見た沙里奈は後ろを振り向く。

 すると沙里奈はようやく俺が後ろに立っていることに気付いた。


「うわ! お、お兄ちゃん! 何で後ろに立っているのよ。配信の邪魔しないでよ」


「いや、何をしているのか気になって」


 俺の登場にコメント欄は荒れた。


〈え? お兄さん?〉


〈サリちゃん、お兄さんいたんだ〉


〈まさかのお兄ちゃん登場って〉


〈これはこれでアリか?〉


「わ、わ、わ! えっと、今日の配信はここまで。見てくれた皆、おやすみなさい。明日も配信するのでまた見てね! バイバイ!」


 沙里奈は慌しく配信を終了させた。


「ちょっと。お兄ちゃん。どう言うつもりよ。視聴者に兄の存在がバレたじゃないのよ」


「バレたら問題あるのか?」


「ないけど、なんか嫌。もう勝手に配信に写り込まないで! 分かった?」


「お、おう。その迷宮なんだけどさ、そんなに難しいのか?」


「難しいわよ。誰もクリア出来ていないんだから。もしクリアできたら一気に有名配信者になれるわよ」


「俺、その迷宮クリアできるかも」


 軽い口調でそう言うと沙里奈はキョトンとした顔で俺を見ていた。


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