第2話 厳しい現実


 病院でのリハビリ生活が二週間続き、俺は何とか退院を果たした。

 植物人間の期間が十年と言うこともあり、俺は三十五歳になっていた。

 入院費を支払って俺の手元には何も残らない。すっからかんだ。

 本当にゼロから現実世界をスタートしてしまったのだ。

 金もない。仕事もない。住む場所もない。

 退院した俺はホームレスのような状態だった。

 退院した直後だというのにいきなり現実世界に放り出された。

 ハードモード過ぎないか?


「刑期を終えて刑務所から出た囚人ってこんな気持ちなのかな。ハハハ、笑える」


 異世界では何不十なく困らない生活から一変、真逆の状態と向き合う俺は全く笑えない冗談を交えつつ街中を歩いていた。

 そういえば異世界に転生された直後もこんな感じだった。今となっては懐かしい。

 目が覚めてから家族のお見舞いは一切なかった。

 病院から電話を掛けてくれたらしいが、一度も応答がなかったという。

 実際、俺の心配なんてされていなかったことに呆気に取られたが、俺のような親不孝は存在が邪魔だったのだろう。


「仕方がない。あいつのところに行ってみるか」


 今の俺が唯一頼れる相手。それは歳の離れた妹、櫛上沙里奈くしじょうさりなである。

 最後に会ったのは中学生に入った直後だったので今は二十三か二十四歳くらいだろうか。

 親の再婚相手の連れ子なので血縁関係はないのだが、兄妹であることには変わらない。

 病院で沙里奈の住所を聞いた俺はその住所まで足を運ぶ。

 訪れた先は立派な高層マンションでそこの十二階だった。


「ここか。あいつ随分、良いところに住んでいやがる。居るかな?」


 平日の昼間ということもあり、部屋にいるか心配だった。

 フロアのモニターに部屋番を入力して呼び出しをする。


「はい。どちら様ですか」


 モニター越しから沙里奈の声が聞こえた。どうやら部屋に居るようだ。


「沙里奈。俺だ。信拓」


 名前を名乗るとしばらく無言が続いた。

 電波が悪いのかとカメラを覗き込む。

 すると大音量で鼓膜を刺激された。


「え? お兄ちゃん? え? え? 本当にいいいぃぃぃ????」


 沙里奈はかなり動揺した様子で聞き返す。顔が見えなくても安易に驚いた表情が目に浮かんだ。


「あぁ、そのお兄ちゃんだ。突然すまないけど、あげてもらえないか?」


「わわわわっ! 五分待って。扉は開けるから!」


 オートロックの扉が開き、マンション内へ出入りが出来るようになった。

 そして部屋の前まで行き、数分後に扉が開いた。


「お、お待たせ。どうぞ中に入って!」


 沙里奈は髪を茶色に染めており、スラッとした健康的な体型をしている。

 急いで着替えたのか、少し服が乱れている。ファッション誌で見るようなオシャレを着込んでいた。そして胸ははち切れんばかりに成長を遂げていた。

 中学の時はぺったんこだったが、立派な女性の胸を持ち、兄として誇りに思えた。


「お邪魔します。誰かいるのか?」


「いないよ。ちょっと配信の途中だったから」


「配信?」


「後で説明するよ。コーヒーでいいかな?」


「あぁ、うん」


 部屋は散らかっているとはいえ、こまめに掃除をしているようで整頓されていた。

 コーヒーメーカーで入れたコーヒーを持って沙里奈は椅子に座る。


「意識戻ったんだね。元気だった? っていうのも変だけど、無事で良かったよ」


「あぁ、沙里奈もすっかり大人っぽくなって見違えたよ」


「そう? ありがとう。連絡したらお見舞いに行ったのに」


「病院から電話してもらったけど、繋がらなかったって言われたぞ」


「しまった。番号変えたんだった」


 それで何度掛けても繋がらなかったのか。それは仕方がない。


親父オヤジと母さんは元気か?」


「ん? あぁ、うん。元気だよ。多分」


 沙里奈は歯切れの悪い返事をした。


「多分って何だよ」


「離婚したの。五年前に。お父さんの方は分からないけど、お母さんの方はたまに連絡取り合っている。お兄ちゃんの話題はずっとなかったんだよね」


 沙里奈は母親側の連れ子だ。そして俺は親父の連れ子である。

 親父がどうしているか分からないが、どこかで元気であればそれでいいだろう。再婚したのに離婚したのか。何があったのか分からないが、おそらく俺が関係しているに違いない。


「そうか。俺が寝ている間にそんなことがあったのか。沙里奈は今って何をして生計を立てているんだ?」


「配信とか週三、四くらいでバイトです」


「配信って一体何のことだ?」


「あぁ、お兄ちゃんが寝ている間に世の中は変わったんだよ。あれ」


 沙里奈はパソコン上でやりかけのゲーム画面を見せた。


「はぁ? ただゲームしているだけだろ。こんなんでお金なんて稼げないだろ」


「甘いなぁ、お兄ちゃんは。ゲームはゲームでも実況配信することでそれを見る視聴者がお金を落としてくれるサービスがあるんだよ。私はそれに乗っかって仕事しているの」


「ふーん。それ、儲かるのか?」


「まぁ、人によるんじゃない?」


「沙里奈はどうなんだ?」


「そこそこ? いや、ぼちぼちってところかな?」


 バイトをしながらやっているってことはギリギリってところだろう。

 いや、でもここって家賃高いのではないか?

 ということは普通に生活するくらいは稼げるってことなのでは?

 ゲームしているだけでお金を稼げるなんて世の中変わったものである。

 俺はジェネレーションギャップを感じてしまう。

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