#8 一緒にお寝んねしようね猫ちゃん。今夜はいい夢見れるかな?
「ここは?」
気づくと、俺は校門前にいた。
見覚えのある小学校、それが自分が昔通っていた母校だと気づくのに時間は掛からなかった。
ここが静雫の夢の中。静雫はどこにいるんだ?
自分の腕にモフモフの茶虎猫ちゃんを抱えていることを確認し、俺は言葉を吐き出す。
「ジェノくん、静雫を探しにいくぞ」
小学生時代の静雫の家は知っている。
学校からの下校ルートを進めばどこかで会えるはず、そう思って道を進んでいくと、ランドセルを背負った黒髪ロングの少女を見つけた!
「静雫!」
と、俺が声を発するのと同時に、彼女の近くに目出し帽を被った怪しげな中年男性が息を荒くしながら静雫に話しかけていた。
「はあっ、はあっ、はあっ、お嬢ちゃん可愛いね。アイスあげるからウチに遊びに来ない?」
何ということだ。
これは静雫の記憶なのだろうか?
このままでは彼女が不審者おじさんに連れ去られてしまう!
そう思っていた時、静雫が反論した。
「はっ、おっさん。アイスなんかで俺を釣れると思ったか? 俺の舎弟になりたきゃ寿司でも奢ってくれなきゃあな」
女子小学生の口から飛び出したは思えない粗暴な発言に不審者おじさんは目を丸くする。
しかし次の瞬間、静雫は頭を抱え呻き始めた。
「う、ううう、はっ、失礼しました。それで私共と契約したいというお話でしたよね?
アイスでは対価として相応しくありませんが、片目を差し出すのであれば、我らが宵闇の魔女様の力を借りることもできましょう。
さあ、こちらの契約書にサインを」
急に人格が変わったように物腰柔らかな口調になる静雫。しかしまたすぐに別の人格へスイッチする。
「ああああああ! お腹すいたお腹すいたお腹すいた! 肉づきのいい人間が食べたいいいいいい!
ううううううう!」
ここで頭を抱えて人格交代。
「ああ、ごめんなさいごめんなさい! バラムが失礼しました! あの、初対面で大変不躾なお願いではありますが、死んでいただけますでしょうか?
あっ、痛い! 頭が!」
そしてまた頭痛に襲われ別の人格が。
「おやおやあ、お兄さんよく見たらワガハイ好みのイケメンじゃないかねえ? その被り物をとって美味しそうな顔を見せくれぬかね?」
次々と現れる静雫の裏人格達。それを見て不審者おじさんの顔は目出し帽の上からでもわかるほど恐怖に歪んでいた。
「ヒイイイイイイ! 恐いよママアアアアアア!」
そうして彼は一目散に逃げ出していった。
俺はこの時学んだ。不審者を撃退するには、自分がそれ以上の不審者になればいい、と。
「思い出した。小学生の頃の静雫ってこんな奴だったっけ」
宵闇の魔女。
その身に二百五十五の人格を宿し、二百五十五属性の魔法を操る人類最強の魔女。
それが彼女の設定である。
小さい頃の俺達は魔女対魔王ごっこをしてよく遊んでいたっけ。
そこで場面は変わる。
気付くと知らない学校の教室に俺はワープしていた。
制服を見るにどこかの中学校だろうか?
同じ制服に身を包んだ生徒達の中で、一際目を引く存在がいた。
制服の上に漆黒のローブを羽織った少女が机にロウソクと水晶玉を並べ怪しげな儀式をしている。
そんな彼女に若い男性教師は困ったように言葉をかけた。
「あー、一葉静雫さん。授業に関係ないものは仕舞って、制服も普通に着てくれるかな」
「くっくっく、わらわにローブを脱げとな?
すまんが、それはできん相談だな。
こいつにはわらわの溢れんばかりの魔力を抑える役目があるのだ。これを外したら魔力が暴走して宝くじ当たっちゃう」
「それは恐い」
そんなやりとりを他の生徒達は困惑しながら遠巻きに眺めていた。
それからも静雫の中学時代の光景は続く。
登校から下校まで常に黒魔女ルックで役になりきり、時には突然別人格が現れて騒ぎ出して痛いキャラを演じぬいた。
周りの生徒達は男女問わずそんな静雫にドン引きして、距離を置いていた。
彼女に友達は一人もできず、また静雫自身もそれを苦にしていない。
中学の三年間ひたすら多重人格の魔女を貫いていた。
どうやら過去の映像を見せられてるだけで、俺達の姿は夢の登場人物からは認識されていないようだった。
そう思って気が緩んだ時だった。
「まったく人の夢を覗き見とは、悪趣味ですね」
学校の廊下を歩いていた静雫が突如として俺に振り向いた。
彼女はフードを外しながら、俺に言葉を向ける。
「あなた達とは再会したくなかったです。私は私の過去を全て葬りたかった。中学の頃のことは思い出すだけで頭が痛くなり、後悔にのたうち回るような黒歴史でした。
だから私は高校に進学した今年から真人間になろうと決意したんです。なのに、どうして今なんですか。今更帰って来るんですか。幸人さん」
そう言って顔を伏せる静雫に俺はなんて声をかけてやればいいのだろう?
「すまん、お前の心の闇が深すぎて慰めの言葉が浮かんでこねえ」
俺も頭を抱える。
中学の三年間奇行を繰り返し、常に周囲から距離を置かれていたとかガチの黒歴史じゃん。そりゃ過去を消し去りたくもなるわ。
その時、俺が抱いていたジェノくんの瞳が光った。
そこで俺は、はっとする。
そっか、そうだよな。
過去は変えられない、だからこそ俺達の過ごした過去はいつまでもキラキラと輝くんだ。
「フッフッフッフ、クハハハハ! それで終わりか宵闇の魔女よ!」
俺の哄笑とともに、茶トラ猫の体は大きく膨れ上がり、ニメートル近い化け猫ちゃんとなって俺の背後に立つ。
「お前が戦えないと言うなら、我らが魔王ジェノサイドファイナルトルネード・オブ・ザ・ライトニングノヴァ様がこの世界に散らばった
突然の俺のテンションに静雫は、ポカンとした顔を見せる。
「はっ、何を言ってるんです?」
「なあ静雫、俺達ガキの頃からの付き合いじゃん。そりゃ人間、成長すれば周りからの視線とか気にしなくちゃいけなくなるし、年相応の振る舞いを求められるだろうさ。
けどな、俺達幼馴染の前だけはガキに戻っていいんだ。昔みたいにまた馬鹿やって遊ぼうぜ!」
「幸人さん」
静雫が目を丸くする。
俺は彼女の返事を待たず、声を張り上げた。
「さあ終わりにしてやる! 魔王ジェノサイドファイナルトルネードオブ・ザ・ライトニングノヴァ様の究極魔法、
巨大ジェノくんの目が光り、その口に光の玉が生み出される。
「幸人さん、まったくあなたという人は」
静雫は諦めたように苦笑すると、すぐに表情を引き締めた。
「魔王よ! 二百五十五の魔法を操る我ら宵闇の魔女を目覚めさせたこと、後悔させてやる!
極限奥義!
黒いローブを纏った雫の手にも闇色の球体が現れる。
まったく、夢の中なら何でもありだな。
俺がそんな風に苦笑していると、巨大ジェノくんの口から究極魔法、えーっと終幕のなんたらが発射された。
それに対抗し、静雫の手からも増幅した闇が放たれる。
光と闇、強大な魔法がぶつかり合い、拮抗する。
そしてそれらは爆発し、周囲を歩くモブ生徒と校舎を呑み込んでいった。
二つの魔法の衝突は夢の世界さえも容赦なく飲み込み、全てを消し去っていく。
どうやら今夜の夢も終わりが近いようだ。
全てが光に呑み込まれ消えていく中で俺は思う。
明日からもよろしくな静雫。
俺の可愛い幼馴染。
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