#7 ウェヒャヒャヒャ! お昼寝してる猫ちゃんちゃん可愛いなちゃん可愛いなあ゛可愛いなあ゛!

 夕食後、深白と奏音は自分の部屋に帰っていき、一○一号室には俺と静雫だけが残される。

 黒猫ちゃん姿の静雫はベッドの上で丸くなり、くったりと眠りについていた。

 いや、もうホント可愛いな。

 猫ちゃんの寝顔ってどうしてこんなに可愛いんだ?

 その時、ポケットに入れていたスマホが震える。

 画面を見ると兄貴から着信が来ていることがわかり、俺は電話に出た。


「はいはい、どしたん兄貴?」

『静雫ちゃんの様子を聞きたくてな。今どうしてる?』


 静雫の様子だと。そんなもの聞くまでもないじゃないか!


「可愛い! 可愛いんだ! めっちゃ可愛い! ベッドの上で丸まって寝てるのこの世で一番可愛いと言っても過言ではないくらい!」

『うん、俺が悪かった。お前が猫を前にして理性を保てるわけなかったな』


 電話の向こうで、何もかもを諦めたような声が聞こえてくるが、俺はそんなものを気にしている場合じゃない。

 静雫がこんなに可愛いんだ! 少しでも目に焼き付けておかないと!


『まあいい、聞いてくれ幸人。ネコナウィルスは無症状の感染者も多い。静雫ちゃんがいつ感染したのかはわからんが、長いこと無症状だったのが何らかのきっかけで発症してしまったんだと思う』

「きっかけ? 例えば何がきっかけになるんだ?」

『一般論としては心に抱えた不安や悲しみ、または強いストレス。そう言ったことが引き金で猫になってしまうケースが多い。なにか心当たりはないか?』


 ふむ、不安やストレスねえ。

 そう言われて静雫が猫ちゃんになった直前のことを思い出す。


「そういえば、静雫はジェノくんを見て急に帰ろうとしてたな。焦ってたっていうか」

『何だよ。静雫ちゃんはあのぬいぐるみにトラウマでもあるのか』


 兄貴が冗談混じりにそう言うが、俺の記憶には静雫が特段ジェノくんを苦手とてしていたようなエピソードはない。

 静雫とは小さい頃から何度も一緒に遊んでいたが、ジェノくんのことも気に入っていた筈だ。

 しかし再会したばかりの彼女は、思い返せばずっとジェノくんを警戒していたように思う。

 一体なぜ?


『まっ、静雫ちゃんのことをよく観察して、なにか悩んでるようなら助けてやれ。一日も早く人間に戻る為にな。んじゃ、おやすみ』


 そう言って兄貴は一方的に電話を切った。

 静雫の悩みか。

 俺は中学時代、静雫達と離れていたのでこの三年間で彼女達がどんな時間を過ごしてきたのかはわからない。

 そこに何か理由があるのだろうか?


――なあ、どう思う?


――はっ、楽勝だろ。静雫は俺達の幼馴染だ。あいつのことは俺達が一番よくわかってる。


――いや、それがわからないから苦労してるんだって。


――お前は相変わらずだな。難しく考えすぎなんだよ。静雫がなにを考えてるのか、直接心の中を覗いてみればいいじゃねえか。


――ああ、そっか。だから兄貴は俺に静雫を託したのか。


――そういうこと。丁度あいつは寝てるんだ。俺の夢見の力で、静雫の夢に入る。さあ、行くぞ!


――あっ、ちょっと待って。まだ夕食の洗い物終わってない。


――知るか、俺が行くと言ったら行くんだよ。反論は許さねえぜ。


――相変わらず、強引な奴だな。お前は。


 俺はベッドに背中を預ける。すると強烈な眠気が襲ってきた。

 台所のシンクには、水を張った洗い桶の中に五人分の皿が浸されている。

 蛇口から水滴がこぼれ落ち、皿の上で跳ねる音が耳に響く。

 そんな音を意識の片隅に留めながら、俺は深い眠りに落ちていった。

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