#6 ご飯の時間だよ猫ちゃん。ほら、あーんしてごらん。いっぱい食べさせてあげるからね。ギュへへへへへ!

「夕飯ができたぞー」


 その夜、部屋に遊びに来ていた奏音と深白に俺は夕食をご馳走することにした。


「おおっ! 引っ越し蕎麦っすか?」

「ハズレ、俺の愛情たっぷりの鮭ご飯ですよ」


 一口サイズに切った鮭を炒め、みじん切りにした野菜と一緒にご飯に載せたシンプルな料理である。

 深白と奏音の分を皿に盛り、テーブルに並べたところで不安そうな顔をしている黒猫ちゃんの姿が目に入った。


「ほら、静雫の分もあるからねー」


 すぐに猫用テーブルを用意し、鮭ご飯を皿に盛って静雫の前に置く。

 それを見て静雫は目を丸くした。


「大丈夫なんですか? 人用の食べ物を猫が食べても」

「安心しなさい。これは猫ちゃんをうちにお迎えした時に備えて、人間と猫ちゃんが同じ物を食べたいと夢見て調べた猫ご飯なんだ」


 そんな俺の様子を見て、深白が引き攣った表情を浮かべた。


「猫を飼ってもいないのに、どうして猫用のテーブルとかお皿が家にあるんすか? 準備の良さが怖いっすよパイセン」

「これはジェノくん用でもあるからな。ほら、ジェノくんもお食べ」


 俺は相棒の茶トラ猫ちゃんを抱えて、静雫の隣に座らせる。

 そして鮭ご飯を盛りつけた皿をジェノくんの前にも置いた。

 黒猫ちゃん姿の静雫はびっくりした様子で、ジェノくんに警戒心を向ける。


「ぬ、ぬいぐるみにもご飯を! ペットを飼えない一人暮らし男子っていうのは寂しさを紛らわせるためにここまでやるんすか!」

「お供え物みたいな感じなのかな?」


 深白と奏音が衝撃を受けてるが、これで夕飯の準備は整った。


「じゃ、みんなの分が揃ったところで、いただきますしようぜ」


 人間用のテーブルにつき、俺達はいただきます、と言葉を吐き出す。


「はあ、今日は色々あって疲れました。でもキャットフードを食べるハメにならなくてよかったです。これなら美味しく食べられますね」


 そう言って静雫は皿に盛られた鮭ご飯に顔を向ける。

 しかし俺はもう学習している。

 彼女は人間だ。

 皿に顔を突っ込んで直接食べるなんて、獣じみた食事法は避けたいはず。


「静雫う、スプーンあるぞ。ほら、俺が食べさせてあげる。あーんしてごらん」

「はっや! この人、さっきテーブルについたばっかなのに、早速静雫の世話を焼きにきてるっすよ」

「何を言う。ネコナウィルス患者を猫ちゃん扱いしてはいけないのは常識! 俺は静雫に人間らしい食事をしてもらう為にこうしてスプーンを用意してるんじゃないか」

「多分ユキが、あーんってやって食べさせたいだけだよね」

「それはわかるっす、可愛い猫ちゃんには自分で食べさせてあげたいっすよね」

「わかってくれるか、ということで静雫お食べ。ほら、あーんってお口を開けてごらん」


 俺はスプーンで鮭ご飯を一掬いすると、静雫の眼前に差し出す。

 そこで彼女は右手をプルプルと振るわせた。


「じ、ぶ、ん、で食べられます!」

「ぐはあっ、猫パンチ! ありがとうございます!」

「ああっ! パイセンが吹っ飛ばされた!」

「でも、なんかユキ、満足そう。もうこの世に何の未練もなさそうな顔してる」


 本日二度目の猫パンチを受け、再び鼻血ダラダラとなる俺。

 その後、器用にスプーンを使って食事をする黒猫ちゃんの静雫を眺めながら、和やかに夕食の時間は進んでいくのだった。

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