#5 うおおおおお! ごめんよ猫ちゃん! 腹を切って償うからね!

 そして冒頭へ戻る。


「ただいまー! 静雫、今日も可愛いなー!」


 自室のドアを開け、リビングに入りながら可愛い可愛い黒猫ちゃんに挨拶する。

 静雫は呆れたような顔で言葉を返した。


「あの、幸人さん。今がどういう状況かわかってます?」

「ああ、俺は静雫に許されざるセクハラ行為を働き、窓から飛び取りて死んで償った。

 今の俺は生まれ変わった清く正しい幸人お兄ちゃんだ」

「いえ、この部屋一階ですし、飛び降りてもケガひとつしないと思いますが」

「俺は二階堂だぞ」

「いや、ここは一階なので」

「二階堂だ! 二階堂に不可能はない!」

「あっ、はい。なんか、すいません」


 俺は室内に足を踏み入れる。

 一歩あるくと鼻からボタボタと血が床に落ちた。


「というか幸人さん、殴った私が言うのもなんですが、いい加減鼻血を拭いて下さい」

「ん、そうだな」


 その時、ピンポーンとインターホンが鳴り響いた。

 同時に玄関の外から少女達の声が届く。


「パイセーン、アナタの可愛い後輩が遊びに来ましたよー」

「ユキ、何か困ってない? 手伝いに来たよ」


 聞き覚えのある声に、俺は問いを返す。


「新聞ですか? 宗教ですか?

 新聞なら耳の穴と鼻の穴に新聞紙を詰め込んで追い返す。

 宗教なら耳の穴と鼻の穴に千手観音を突っ込んで浄霊する」

「幼馴染に無慈悲な二択を押しつけないでください!」


 静雫のツッコミが響く中、ドアの向こうから深白の回答が返ってくる。


「どちらかというと宗教っすね。神よ、家賃の滞納をお許しください。ラーメン」

「ラーメン美味そう。よし入れ! ゴートゥーヘル!」


 俺が入室を許可すると、玄関の扉が勢いよく開かれ、深白が靴を脱いで部屋に上がる。


「地獄で会おうぜパイセン!」

「まさか入居初日に自分の部屋を地獄扱いされるとは思わなかった」

「ゴートゥーヘルって言ったの幸人さんですよ」


 そんな挨拶を交わすと、深白は俺を見て目を見開く。


「うわっ、パイセン鼻血出てるじゃないっすか、ティッシュとかないんすか!」

「あー、まだ引っ越しの荷解きが終わってなくてな」


 引っ越し屋さんが運んでくれた段ボールはその殆どが未開封で、部屋の隅に積まれている。

 深白は段ボールの山に突っ込み、ティッシュを探して次々と箱を開けていく。


「あったー! こんなところに丁度いいハニワが! パイセン、これを鼻の穴に突っ込むっす!」

「グオッホー! さ、サンキューな深白。お前の優しさ受け取ったぜ」

「いや、ハニワの腕を鼻に押し込まれて苦しそうですけど」


 静雫の冷ややかな声がそこに割り込む。

 いやだって、良かれと思ってやってくれてるんだからちゃんと感謝しないとね。それにしても鼻いってえ!

 一方、奏音は室内をキョロキョロと見渡し、ヒビの入った壁を見て目を丸くしていた。


「えっ、そんな激しいプレイを?」


 何を想像したのか、頬を赤らめて俺と静雫を交互に見る。


「いや、本当に何を想像したんですか奏音さん」


 困り顔で呟く静雫。そこに深白が割り込んできた。


「なるほど、わかったっすよパイセン! ズバリ、パイセンは静雫にセクハラ行為を働いてぶん殴られたんすね!」

「な、なななな何を言いいいいいいいうのかねねねねえねね深白ん」

「動揺しすぎだよユキ」

「やっぱりそうっすか。セクハラは私刑っすよ! 切腹モノっす! ハラキリっす!」


 くっ、やはり俺の犯した罪はどれほど償っても許されるべきではないのか。


「そうは言っても、ハラキリできるような刃物なんてないぞ」

「あ、あの、あのねユキ、そういうことなら役立ちそうなものを持ってるよ」


 そう言うと奏音は持ってきたバッグから、短刀のようなものを取り出した。


「あの、あのね。男の子って修学旅行で木刀とか買うの好きだから、ユキもこういうの好きかなって作った、刀型のクッキーなんだけど」

「ありがとう。俺を喜ばせようと作ってくれたんだよな。喜ばせ方が斜め上すぎて理解が追いつかないけど」

「パイセン、これで刃物も揃ったし、問題なくハラキリできるっすね」


 ウッキウッキでそう吐き出す深白

 そんなに俺に切腹させたいのか後輩よ。

 仕方なく俺は短刀型クッキーを片手に握り、自分の腹に向けて構える。


「わかったよ。俺も日本男児だ! 切腹の仕方は義務教育で習った!」

「いや、そんな物騒な義務教育あります?」


 静雫のツッコミを聞き流しながら、俺は刀を思いっきり腹部に刺した。

 しかし腹部に響くのは、軽い衝撃のみ。

 それを見て、申し訳なさそうに奏音は告げる。


「あ、あのあの、ごめんね。その刀、一キロ先の物を斬ることに特化してて、近くの物は全く斬れないの。ナマクラなクッキーでごめんね」


 そんな謝り方初めて聞いたわ。

 見た目は刀に酷似してても、実態はクッキーだし、人を斬ることなんてできないと思って、正直舐めてたのだが。


「あー、そんなことないよ奏音。おかげで俺は死なずに済んだし。一キロ先の物を斬れるクッキーなんて凄いじゃん。きっと世のパティシエ達がレシピを聞きたがるぞ」


 とりあえずそんな風に彼女をフォローするのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 その頃、一キロ離れた場所では。


「フハハハハハハ! 逃げても無駄だタカシ! 父さんの軍門にくだれ!」

「ちっくしょおおおおお、クソ親父め! やられてたまるかよ!」


 夜の公道を仲良し親子がマラソンしていた。

 息子はどこにでもいる平凡な男子中学生だが、異様なのは父親の方だ。

 父は髪の毛が無数の蛇となって動き、息子に噛みつこうと迫る。

 父親は朗々と語り始めた。


「五億年前より続くキノコタケノコ戦争に終止符を打つ為、私は力を手に入れたのだ。今こそ地球上のキノコ派を殲滅する!」

「ふざけんな! キノコ派とタケノコ派はいつかきっと分かり合える! 力だけじゃ何も解決しないんだ!」

「愚かな息子よ。なぜこの世から戦争が無くならないかわかるか? それは全ての人間の遺伝子にキノコとタケノコの因子が刻まれているからだ。

 キノコ派とタケノコ派の戦いは遺伝子レベルで宿命づけられた人の本能なのだよ」


 その時だった。

 タカシは自分が走る先に、幼い少女の姿を見つける。

 少女はキノコの形をしたチョコを食べながら、自分の方に走ってくる二つの人影を見て不思議そうに首を傾げた。

 一方で、父親は少女の姿を認めると、口の端を切れ込ませ醜悪な笑みを浮かべる。


「キノコ派の少女か、貴様もタケノコにしてくれる!」


 父親の頭から生えた無数の蛇達がタケノコ型のチョコを咥える。

 そして蛇達は体を伸ばし、一斉に少女に襲いかかった。


「やめろおおおおおおお!」


 タカシの心に絶望が浮かぶ。

 見ず知らずの少女を自分達の戦争に巻き込んでしまった後悔。

 少女を助けようにも間に合わない。諦めそうになったその時!

 眩い閃光が走り、父親に襲いかかった。

 瞬間、父親の頭から生えた無数の蛇が光の洪水に焼き払われる。


「ば、馬鹿な! 私のメデューサのカツラがあああああああ!」

「親父がツルッパゲに! 一体何が起きたんだ?」


 蛇の髪が一本残らず蒸発したショックで父親は口から魂を吐き出し、抜け殻となった体は通りすがりのUFOに回収された。

 残されたタカシは周囲を見渡す。

 自分達を救った今の攻撃は一体どこから放たれたのか?


「今の光はまさか、聖剣ハルパー! この遠距離から敵を仕留めるなんて、超一流のパティシエが作った剣に違いない。どこの誰だか知らねえが、助かったぜ」


 タカシのその言葉は誰の耳に届くことなく、夜空へ溶けていった。

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