4 惨敗からはじめてみよう4/4

 町役場を出て、そのまま職場へ向かった。

「おうルクス、早速で悪いが頼む」

 到着するなり、親方が僕に仕事を命じる。

 そりゃそうだ。ほぼ僕一人でやっていた大きめの荷運びの仕事が、この数日滞っていたはずだ。


 案の定、資材置き場には普通の人じゃ一人で運べない大物が、山と積まれた状態でシートを掛けられていた。


 僕が久しぶりの仕事に精を出していると、見慣れた馬車が現場近くに到着した。

 ステラ様の馬車だ。


 ところが、降りてきたのは見慣れない貴族の男性だった。

 長身で、淡い金髪を背中で一つにまとめていて、雰囲気だけでイケメンだとわかるようなオーラがある。

 男性が馬車の方へ手をのばすと、その手にエスコートされて降りてきたのは……とろけるような笑みを浮かべたステラ様だ。

 なんだ、あれ。

 笑顔はよく見たことがあるけど、あんな表情みたことない。


 僕が呆然としていると、ステラ様がこちらをちらりと見て、興味なさげに男性の方へ向き直り、それから親方のところへ歩いていった。男性も一緒だ。

 親方は男性をみるとのけぞりつつ、握手に応じてなにやら話し始めた。

「お、おいルクス、いくらお前でもそれは……持ち上がった!?」

 僕はいたたまれない気持ちになり、その場にあった資材を全て掴んで持ち上げ、運ぶべき場所へ運ぶ作業に没頭した。




 それから程なくして、ステラ様の屋敷は竣工した。

 完成の数日前には、既に荷運びの仕事は終わっていたから、仕事は休みになっていた。

 だから、親方の元へ屋敷の引き渡しに来たのが例の男性であることや、例の男性がステラ様の……夫だということは、ソリスが町で情報を仕入れてきて聞かせてくれた。


 人妻に興味はない。というか、人様のものを盗るなんてことはしたくないから、絶対に手を出さないと決めている。

 貴族で屋敷を建てるのは、主に男性だとか。

 親方から「この屋敷の依頼主」と聞いていたから、てっきりステラ様のものだと思いこんでいた。


 ステラ様の要望が詰まった夢の屋敷は、あの男性がステラ様のために建てたのだ。


「そう落ち込むなよ、ルクス。話にはまだ続きがあるんだ。役所の連中が『これはあんまりだ』ってお前に聞かせたがらない話があるんだよ」

 僕はソリスの話を、自分のベッドのクッションに顔を埋めながら聞いていた。

「……『あんまりだ』?」

 だが、聞き捨てならない言葉に、思わず顔をあげる。


 ルクスは複雑そうな顔をしていた。




 先日の破落戸は、ステラ様に恋する貴族だったらしい。

 奴の場合は、人妻だろうと何だろうと、欲しいものは相手を殺してでも奪い取るタイプの人間だ。

 ステラ様は再三に渡るつきまといに辟易し、ある計画を立てた。


 ステラ様は例の男性、つまり自分の夫が一番だ。

 彼を守るためなら、どんな労力も厭わない。

 それが、庶民一人を犠牲にすることになるとしても、なんとも思わない。


「そ、そんな……」

「この件以外でのステラ様は、民を重んじる良い貴族だそうだ。旦那が狙われていると感づいて、箍が外れたんだろうな」

 今日ばかりはソリスの慰めが空虚に聞こえる。


 端的に言ってしまえば、僕は囮、または男性の盾として都合よく利用されたのだ。


 僕であった理由は特に無い。ステラ様の誘いに乗り、ついてくる男なら誰でもよかったのだ。


「僕が普通の人間だったら、死んでたかもしれないのに」

「全くだよな。だから、制裁しといた」

「は?」

 ソリスは綺麗な顔に綺麗な笑顔を浮かべながら、さらっとそんな台詞を吐く。

 当然、僕は「制裁って何だ」と問いただしたが、ソリスは「そのうちわかる」と繰り返すだけだった。




 ステラ様の夢の詰まった屋敷は、完成し人が住み始めてからたったの一ヶ月で、無人の廃墟になった。

 なんでも、郊外とはいえ新築の物件なのに、幽霊騒ぎがあったとか。


 表向きは人徳のある貴族夫妻だが、裏では汚いことをたくさんしてきた。

 幽霊はその犠牲になった人たちで、わざわざ新築の家までついてきて夫婦に取り憑き、様々な霊障を起こした。

 霊障は住んでいる貴族夫婦と下働きの者たちだけでなく、屋敷を訪れた者以外にも、夫婦と関わりのある人達にまで及んだという。


 夫婦は半月ほど我慢したが、ひと月経つ前に音を上げて、取り壊し寸前だった前の家へ戻った。

 前の家が老朽化で人が住めるギリギリの範囲を越えたからこの家を建てたというのに、逆戻りするはめになってしまったのだ。


 貴族夫婦は「身に覚えのない恨み」を周囲に切々と訴えたが、夫婦と関わるだけでとばっちり霊障を受けるので、夫婦の周囲からは次々と人が離れていった。


 二ヶ月も経つ頃には、貴族夫婦はいつの間にか町から姿を消していた。

 どこへ行ったかは、誰も知らない。




「どうやったの、ソリス」

 僕が疑いの目を向けると、ソリスは肩をすくめた。

「俺はただ、仲のいい奥様方に『あの家から変な気配がする』って言っただけだ」


 ソリスは治癒魔法が使える。魔法使いは『内側』にそこそこいて、「幽霊」を「退治」するのも治癒魔法使いの仕事だ。

 では幽霊は何かというと、実は誰にもわかっていない。

 一部の治癒魔法使いは自身を神秘的な存在であるとアピールするために嘘をでっちあげることもあるが、幽霊は確実に存在するのにその正体について誰も知らないので、治癒魔法使いが「いる」と言えば周囲は信じてしまう。

 ソリスの今回の言動は、でっちあげギリギリだ。

 ソリスほどの腕の治癒魔法使いが「いる」と言い、広まってしまえば、人は不思議なもので、なにもない場所に幽霊の存在を感じてしまう。


 僕がじっとソリスを見つめると、ソリスは「誰にも言うなよ」と前置きし、僕の耳に口を寄せた。


 ――一度だけ、あの屋敷の二階の窓から、後ろ姿を見せた。


 あの屋敷の二階の窓に、人が立てる場所はない。

 そんな窓の外にぼうっと浮かび上がる人影。勘違いするのは当然だ。

 ソリスは魔力で自分を浮かせたのだろう。

「どうしてそこまでしたんだ」

 僕が当然の疑問をぶつけると、ソリスも「当然だ」と胸を張った。


「ルクスが傷つけられたんだぞ。追い出される程度で済ませてやったことを、感謝してもらいたいものだ」


 ソリスのやつ、僕が思ってるより怒ってた。




 僕の恋はいつも、塩っぱい思い出を残して終わってしまう。

 恋が実る日は来るのだろうか。

 不安だ。

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チートガン積み最強勇者なのに、この恋だけが実らない 桐山じゃろ @kiriyama_jyaro

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