2 惨敗からはじめてみよう2/4
ステラ様は僕が紹介するお店が気に入ったようで、それからも時折食事に誘われるようになった。
と言っても、色っぽい話はない。
ステラ様は「どうせ食べるなら美味しいものを」というお考えをお持ちなだけで、お急ぎの様子の場合は町の食事処に詳しい僕に店の場所だけ聞き出すと「今度行ってみるわ」と言うだけで済んでしまうこともある。
「でもさ、あの現場で食事に誘うの僕だけなんだよね。これって脈アリじゃない!?」
「あーそうだな、脈正常だな」
寝る前の部屋でソリスの生返事を食らう。ソリスはというと、自分の枝毛を探すのに一生懸命だ。ろくな手入れもできないのに艷やかな髪は、枝毛があった試しがないというのに。
「医者みたいなこと言ってんじゃねぇよ」
「はいはい、もう遅いから寝ような」
ソリスは毛先を手放すと、寝床に横になり壁のある方を向いてしまった。
「つれないなぁ……」
悲しげに呟いてみせても、ソリスはこちらを向かない。寝付きがいいからもう寝てる可能性もある。
僕も寝てしまおうと横になりかけた時、僕は顔を上げ、ソリスも上半身を起こした。
僕とソリスは、どれだけ深く眠っていても、例の気配があれば身体が勝手に起きるようになっている。
「本当に頻度高いな」
ソリスが顔をしかめる。
僕としては、寝る前のこの時間のほうが好都合だ。
こっそり行くことも、帰ってくることもやりやすい。
立ち上がり、寝衣の上から上着だけ羽織った。
「行ってくるよ」
「気をつけてな」
ソリスは無理に笑顔を作って僕を送り出してくれた。
「あれ? ここ……」
『外側』の世界は、ほぼ砂と石と岩でできている。
緑はごく僅か、木が一メートルも伸びていたら奇跡だ。
どこへ転移しても似たような景色だから毎度区別はつかないが、この場所は見覚えがある。
座椅子のような形の巨岩に、僕の膝丈ほどの高さの茂み。
前回、グリフォンを倒した場所だ。
「グオオオオオオオオオ!」
空気を震わす咆哮に振り返れば、前回より一回り大きいグリフォンがいた。
グリフォン型の魔物はそう珍しくない。年に何度かは倒している。
しかし、こいつは以前倒したグリフォンと大きさは違えど、毛皮の色や雰囲気がとてもよく似ている。
よくよくみれば、首をぐるりと一周する傷跡がある。
「おいおい、まさか……」
魔物や魔王は倒せば風化し、跡形も残らない。
同じ個体が蘇るはずはないし、転生なんて現象も今まで見たことがない。
「グオオオッ!」
魔物や魔王は僕の出現に毎度驚いてくれるので、その隙きをついての先制攻撃が有効だった。
今回は、今までと少し違う。
僕が違和感を抱き行動が遅れたのは、ほんの一瞬。
躊躇なく迫りくるグリフォンの前足を、左手で難なく受け止めた。
「グギッ!?」
「気にはなるけど……倒せば一緒か」
右掌をグリフォンに向けて、魔法を放つ。
「グアアアアアアア!!」
青白い閃光はグリフォンをあっさりと貫通した。
今回のグリフォンはしぶとかった。
魔法は胸のあたりから向こうの景色が見えるほどの大穴を開けたのに、まだ息があるのだ。
「ギ……ギガガ……」
息はあるが、流石に立てないようだ。グリフォンは僕を憎々しげに睨みつけ、尚もギィギィと声を絞り出している。
僕は右手に、今度は剣を創り出し、前回と同じようにグリフォンの首を斬り落とした。
「同じ個体なんてこれまで一度も出なかったのにな」
部屋へ戻ると、ソリスは起きていた。
僕に治癒魔法を掛けながら僕の話を聞くと、綺麗な顔をしかめ、ベッドに腰掛けた。
「ただ単に首周りに傷跡がついた、似てる個体だったかもしれないし」
「その可能性は否定できないが……気にしておこう。何か嫌な予感がするんだ」
僕が動物的な直感に優れているとすれば、ソリスは神秘的な勘に優れている。
そんなソリスの「嫌な予感」は外れたことがない。
一年ほど前「今回は特に気をつけて」と送り出された時、相手がちょっと強い魔王で、僕は左腕を折る怪我をした。
多少の怪我はよくあるが、骨折はその時だけだ。
骨折そのものはソリスが治癒魔法であっさり治してくれたが、帰宅時運悪くシスターに見つかり、怪我を誤魔化すために無理に左腕を振り回したものだから、大変痛かった。
「でも、どうやって気をつければ」
「だよなぁ」
普段『内側』で暮らしている僕たちに、『外側』の動向を知る手段は、魔物か魔王が現れたときの「気配」しかない。
干渉できることも、魔物か魔王の討伐のみだ。
しばらく二人で唸っていたが、答えが出るはずもなく、どちらからともなく眠りに就いた。
ソリスの勘が当たったのか外れたのか、結果が出ないまま、数日が過ぎた。
「ルクス君、ちょっと」
現場で荷運びをしていると、ステラ様が僕を呼んだ。
休憩時間ではないし、まだ昼時にも早い。
僕がほんの少し浮かれた気持ちでステラ様に近寄ると、ステラ様は僕になにかが入った袋を押し付けた。
「中に服が入っているから、これに着替えてきてくれないか? その後、付き合ってもらいたいところがある」
「は、えっと……ですが……」
今は仕事中だ。ステラ様の命令といえど、仕事を放り出す訳にはいかない。
「ああ、現場監督には話をつけてあるから心配するな」
「そういうことなら、わかりましたっ! 少々お待ちくださいっ!」
なんと、ステラ様は先回りして手を打っておられた。
僕はそそくさと簡易テントに設置してある衝立で区切られた場所へ入り、袋の中身を取り出した。
出てきたのは、新品の真っ白なブラウスに、紺色のスラックス。どちらもテラテラとした光沢があり、見るからに上等そうだ。
サイズはピッタリ。
でも、どうしてこれを僕が着るのだろう?
疑問を持ちつつも手早く着替え、簡易テントから出た。
「うん、サイズは良さそうだな。窮屈な格好をさせてすまない。では、行くぞ」
ステラ様に連れられて、僕は町を歩いた。途中、ステラ様に「おすすめの屋台飯はあるか?」と尋ねられ、揚げた白身魚に酢漬けの玉ねぎを掛けたものを紹介すると、奢っていただけた。
ステラ様もその場でおしとやかにかぶりつく。
「やはり、ルクス君が勧めてくれるものは美味いな」
「光栄です」
ここで僕はようやく気がついた。
これって、デデデ、デデデ、デートでは!?
新品の服を着せられた理由は謎のままだが、一緒に町を歩いて買い食いするなんて、男女がやったら完璧にデートですよね!?
スススステラさま、もしかして、ぼぼぼ僕のこと……!?
ちなみに僕はというと、とっくの昔にステラ様のことが好きになっていた。
お忙しい身ながら屋敷の様子をまめに観にいらっしゃり、現場で働く人達一人ひとりに労いの言葉をかけてくださる。
ステラ様本人がいらっしゃらない日も、使いの方が差し入れを言付かってくる。
話し言葉は男性口調ではあるが、誰に対しても平等で、穏やかだ。
何より、相変わらず食事に誘ってくれるのは僕だけ。
期待せずにはいられない。
「ルクス、こっちを運んでくれ。ルクス。ルクス?」
「あっ、はい! すみません!」
ステラ様に思いを馳せていたら、本人は既にどこかへ行っていて、親方がしきりと僕を呼んでいた。
慌てて木箱を担ぎ上げ、指定の場所まで運ぶ。
移動中もあたりを見回してみたが、さっきまでいたステラ様が見当たらない。今日はもう帰られたようだ。
妄想のステラ様なんかじゃなくて、実物をしっかり見ておけばよかった。
僕がとぼとぼと持ち場へ戻ろうとすると、再び親方に呼ばれた。
隣には、ステラ様の使いとしてよく現場に来る小柄な初老の男性がいる。
「お前に手紙だと」
親方が使いの方を促すと、使いの方は僕に真っ白な封筒を差し出した。
封蝋のついた手紙なんて、初めて貰う。
「この場でお返事を、とのことです」
使いの方にこう言われたので、僕はその場で封蝋を割って中身を取り出し、手紙を読んだ。
『明日の夕食をご一緒したい』
花の香りがする便箋には、流麗な文字でこう書いてあった。
文面が単純明快なのは、庶民の僕に配慮してのことだろう。
いや、それよりも……これは……。
「あ、あの」
「明日の夜のご都合は如何ですか?」
「空いてますっ!」
僕は食い気味に即答した。
教会では時折、結婚式が行われる。
僕とソリスは教会住まいとはいえ、神に仕えているわけではないので基本は関わらないが、時折、手伝いとして参列することがある。
そんなときのために、僕とソリスには正装が一着ずつ与えられている。
「貴族の方とお食事をするといっても、いつも普段着だったのでしょう?」
「でもわざわざお手紙でご招待されたのですから。それに、いつもは仕事の合間の昼食ですっ」
シスターとやや揉めたが、僕はその正装を、ステラ様との食事のために着ることに成功した。
タイを締めて、ソリスに髪を整えてもらう。
「相変わらず太い毛だなぁ」
ソリスはぶちぶちと文句を言いながらも、かなりいい感じにセットしてくれた。
「ありがとう、ソリス」
「どういたしまして」
そろそろ時間……より少し早いが、僕は指定された店の前まで早足で向かった。
指定されたのは、町の中心部にある大きな食事処だ。
ここは確かに美味しいが、値段が高いので僕は親方の奢りで一度しか入ったことがない。
一時間ほど待っていると、質素ながらも品のある馬車が僕の前で停まった。
「やあ、待たせてすまなかったね」
「いえ、僕が早く来すぎたんですよ。あ、どうぞ」
こんな時のために、エスコートの練習はしっかりしてある。
僕がステラ様に手を差し出すと、ステラ様は少し驚いたような表情になったが、すぐにいつもの凛々しいお顔になって手を乗せてくれた。
あとはお店に入って……というところで……最悪だ。
何も今じゃなくてもいいじゃないか。
いっそ無視しようか。
ダメだ。
僕はこの気配を察知したら、行かなくては。
「! す、すみませんっ、先にお食事していてください。ちょっと、急用がっ!」
「えっ?」
呆気にとられるステラ様を置いて、僕は一旦教会へ向かって駆け出した。
「! お前、いいのか」
教会の僕たちの部屋では、ソリスがおろおろと立ち尽くしていた。
「よくないけどっ! 仕方ないじゃないか!」
僕は急いで服を普段着に着替え、転移魔法を発動した。
またグリフォンだった。
首周りと……胸元に、大きな傷跡がある。
観察したのはそこまで。僕はさくっと右手に剣を創り、グリフォンに振り下ろした。
ギィン、と聞き慣れない金属音がして、僕の剣は弾かれた。
「え……ぐっ!?」
腹を横薙ぎに払われ、僕は軽々とふっ飛ばされた。
空中で身体を捻って着地し、そのまま地を蹴ってもう一度、今度は少し本気を出してグリフォンの首を狙う。
グリフォンは僕の動きが見えているかのように僕の腕を前足で止めようとしてきたが、前足を押しのけて剣を振るった。
今度こそ、グリフォンの首を斬り落とした。
戻りの転移魔法は教会から数キロ離れた場所に出た。
全速力で戻り、着替えて食事処へ向かったが、ステラ様の姿は既になかった。
変わりに手紙が置かれていた。
『忙しいところを呼び出してしまったようだな。食事はまたの機会に』
ステラ様がもう帰られたと聞いた時は足の力が抜けて立つのもやっとだったが、手紙の最後の一文に、僕は蘇った。
よかった、まだ嫌われてない!
手紙を大事に懐に仕舞い、教会へ戻った。
「ルクス」
部屋へ入ると、やや怒気を孕んだ声色のソリスが近寄ってきた。
討伐後の治癒魔法を受けないまま、町へ舞い戻ってしまったのだ。
「気持ちはわかるが、治癒魔法は時間が経つほど効きが悪い」
「知ってるよ。ごめん」
どんなときでもルクスの治癒魔法は温かく心地よい。
「肋が折れてるじゃないか!」
「そういえば、今回のはちょっと強かったんだ」
「この怪我で全力疾走したのか、馬鹿」
ルクスが声を荒げる。僕は何度も謝り倒して、なんとか許してもらった。
「ったく……。まあタイミング最悪だったのは解るが。で、また転生体だったのか」
転生体というのは、僕とルクスが例のグリフォンに勝手につけた呼称だ。
転生という現象自体は、現実にある。但し、一部の人間に限った話で、動物はどうかわからないし、これまで魔物や魔王でこんなことはなかった。
「一体何が起きてるんだろうな」
ルクスの呟きに、僕は何も答えられなかった。
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