チートガン積み最強勇者なのに、この恋だけが実らない

桐山じゃろ

1 惨敗からはじめてみよう1/4

「えっ、ゴメン。私、ルクスのことをそういう目で見たことない」


 僕の幼馴染のうち、唯一同い年の女の子に「好きだ、付き合ってくれ!」と告白したら、秒で振られた。

 場所は海の見える丘。夕陽が間もなく沈む頃合い。

 僕に考えうる限り、一番ロマンチックなシチュエーションのはずだった。

 頑張って手に入れたカーバンクルの宝石をあしらったミスリル銀製の指輪は、僕の手に残ったまま、夕陽を受けてキラキラと輝いている。つい先程の瞬間から、その煌めきは甚だしく場違いとなったが。

「話それだけ? じゃあね」

 幼馴染ことウィーナは青い瞳をわずかにしかめてそれだけ言うと、綺麗なプラチナブロンドをなびかせながら、足早に立ち去った。


 僕はたっぷり一時間、指輪をウィーナに見せながら告白したときの姿勢のまま、そこから動けなかった。




「ただいまー……って、居たのか。明かりくらい付けろよ」

 ウィーナが去って一時間経ち、すごすごと住処へ戻ってきた僕は、部屋の隅で膝を抱えてしくしく泣いていた。

 たった今無遠慮に扉を開けて明かりをつけたのは、同室のソリスだ。


 僕とソリスは孤児院育ちで、ここは町の教会の一室。

 孤児院で比較的まともに育った僕は、十三歳の時に教会の雑用係みたいな仕事をすることになった。二歳年上のソリスも同じ経緯で僕より二年早く、ここに住んでいる。

「泣いてたのかよ。今度は誰だ」

「ウィーナ」

「ウィーナで駄目だったの?」

 ソリスは歳上のくせに、言葉をオブラートに包むということを知らない。

「そっかー、ウィーナで駄目かぁ……」

 追い打ちまでかけてくる。悪魔か。祓ってやろうか、丁度ここは教会だ。

 僕が泣き腫らしているであろう目でじっとソリスを睨みつけると、ソリスは腹立たしいほど綺麗な顔に「しまった」という表情を浮かべた。

「や、悪い。つい思ったことが口から……」

 トドメを刺された。


 今言った通り、ソリスは顔立ちがとても整っている。

 ざっと切りそろえてまとめただけの長い銀髪は、ろくな手入れもできないのに艷やかで、夜空の月のような色の瞳は理知的な眼鏡の奥にあってもキラキラと主張している。

 身長も高い。肌は白い。男の僕から見ても素直に「綺麗だ」という感想が出る。

 対して僕は、平均的な身長に平凡な顔つきだ。

 黒い髪はくせ毛がちで伸ばすともつれるから、いつも短めに切っている。瞳は真っ黒で例えられる宝石や天体は思い浮かばない。

 同じ男なのにこの差はなんだ。悔しい。

 とある事情で身体は鍛えているものの、この平和な世界じゃお披露目する機会が全く無い。お披露目したにしても「それが何か?」と反応されるのことは容易に想像できる。


 そう、この世界は平和だ。

 時折、大きな国同士が戦争を起こしたり、人間が太刀打ちできない天災が起きたりするけど、普通に暮らす一個人の平和が脅かされるような事態はそうそうない。


 だから僕の唯一の長所である「強さ」は、恋愛において全く武器にならないのだ。


 僕がどのくらい強いかというと……。


 僕とソリスは同時にその気配を察知した。

「まただ」

「またか。最近頻度が高いな」

 ソリスの右手が僕の目元に近づくと、腫れぼったかった瞼がすっきりした。

「そんなツラの勇者・・に倒される魔王・・なんて気の毒だからな」

 ソリスはソリスで、膨大な魔力と最強クラスの治癒魔法を持っている。

 普段使う機会が少ないので、僕や他人のちょっとした怪我に対し、ほいほいと気軽に使ってくる。

「ありがと。じゃ、ちょっと行ってくる」

「森でいいか?」

「……うん」

 森へ行って迷子になり、帰宅が遅くなる。僕が「魔王」を倒しに行くときの言い訳はいつもこれだ。

 お陰で「方向音痴」などという不名誉なレッテルを貼られているわけだが、仕方ない。

 小さく溜め息をつく僕を見送ってくれるのは、ソリスだけだ。

「気をつけてな」

 僕は片手を軽く振って、転移魔法を発動させた。




 世界には『外側』と『内側』があって、普段僕やソリス、つまり人間が暮らしているのは『内側』だ。

 普通の人間は、『外側』があることを全く知らないし、仮に説明したとしても認識することができない。

 しかし『外側』の存在は、『内側』を知っている。

 外側の存在――簡単に言ってしまえば魔物や魔王といった、人外だ。

 魔物たちは豊かで安全な『内側』を虎視眈々としていて、ある時その思いが募り、一部が魔王化する。その魔王や魔王になりそうな魔物を定期的に排除するのが僕の使命であり役割だ。



 転移した先は、魔王の目と鼻の先。僕は『外側』なら狙った場所へピンポイントで転移することができる。

 僕の魔力量はソリスに及ばないが、治癒以外の魔法はすべて使いこなせる。

「ギッ!?」

 突然現れた僕に驚く魔王。

 今回の魔王は、獅子の身体に鳥の翼が生えた、グリフォン型だ。

 獅子は『内側』にも存在する。グリフォンは『内側』では創作物の世界の存在だ。

 ただし、『外側』の獅子のサイズは『内側』それの十数倍。貴族の屋敷よりも巨大で、普通の人ならその圧倒的存在感から放たれる威圧にひれ伏してしまい、立つこともできないだろう。


 魔王が驚き、戸惑ったのは一瞬だったが、僕にはその一瞬で十分だった。


「ギガアアアア!!」


 叫んでいたグリフォンの頭が、ぼとりと落ちる。


「ギ?」


 やったのは僕だ。魔法で剣を創り出し、グリフォンの首を刎ねてやった。

 首はしばらく「ギ?」「ギィ??」と喋っていたが、僕が首を持ち上げて胴の方を見せてやると静かになった。


 更にもう少し待つと、魔王の身体は急速に風化し、粉々になって風に散っていった。





 転移魔法で『内側』から『外側』へ行くのは簡単だが、帰りが少し面倒くさい。

 『外側』から転移魔法で『内側』へ戻ると、毎回住処からも人里からも遠く離れた場所へ転移してしまうのだ。

 僕の力は『内側』ではなるべく使わないようにしなければならないので、そこから更に転移魔法は使わない。

 人の気配が無いところを全力で走る。

 今回はどうにか、日付が変わる前に帰ることができた。


 しかし遅い時間になったのは確かで。

 僕は教会のシスターからいつものお小言を頂戴した。

「また森へ行ったのですか。貴方は方向感覚に難があるのですから、それをもっと自覚して……」

 僕の母親くらいの年齢らしいシスターはいつもベールを被っているから、髪の色を見たことがない。

 薄い青色の瞳が僕を厳しく見下ろしている。

「シスター、もう遅いですから今夜はそのくらいで。シスターの明朝のおつとめにも差し障りますよ」

 横から助け舟を出してくれたのはソリスだ。

「……そうですね。早く寝なさい」

「はい、シスター」

 シスターはソリスに甘い。多分顔のせいだ。ずるい。


 僕が部屋に入るなり、続いて入ってきたソリスが僕に治癒魔法を発動した。

 僕の力を使うと、身体への反動が大きい。

 魔王や魔物を討伐する際に怪我を負うことは稀だが、ソリスの治癒魔法を受けずにいると、翌日は全身筋肉痛で歩くのも困難になってしまう。

「ありがと」

「どういたしまして」

 治癒魔法はすぐに終わった。今回は殆ど動いていないし、転移した場所も比較的近めだったからこの程度で済んだ。




 僕の日常は、『外側』の魔物・魔王討伐以外はごくごく平凡だ。

 教会の雑用係の他に、頼まれれば町の人からの力仕事も請け負う。

 今日は町外れに大きな屋敷を建てている現場に呼び出された。


「お、おい、それ一人で運……片手でっ!?」

「落ち着け。あいつはそういう奴なんだ」

 僕がレンガの入った木箱を両手に一つずつ無造作につまんで持ち上げると、先日この仕事を始めたばかりという新顔が大いに慌てた。久しぶりに驚かれたなぁ。

 町の建設業の人たちは、だいたい知り合いで、僕が腕力お化けなことを知っている。

 『内側』しか知らない人たちに対し、僕がこういう『力』を見せても「個性」とか「ちょっと腕力が強い」程度にしか認識されない。

 それでもやはり、あまり見せびらかすものではないし、積極的に使うものでもない。

 建設現場の荷運びくらいで丁度良いのだ。


 主に重たいものの運搬の仕事を予定より二時間早く終わらせ、現場の仮設テントでお茶を一服していると、男性貴族のような装いの女性がやってきた。

 ピンクブロンドのアシンメトリーなショートカットのその女性は、気難しそうな黄緑色の瞳で現場のあちこちを見て回った。

「順調のようですね。この調子でお願いします」

「へぇ、尽力します」

 現場監督こと親方がぺこぺこしている様子を見るに、この屋敷の依頼主なのだろう。

 どうして男物の服を着ているのかが気になるが、女性の凛とした佇まいを際立たせており、似合っている。


 何より、顔が好みだ。


「親方ー」

 女性が立ち去った後、僕は平静を装って親方に声を掛けた。

「今の、どなたですか?」

「この屋敷の依頼主、ステラ・メルクリウス様だ。会ったらちゃんと挨拶するんだぞ」

「ステラ・メルクリウス様……」

 名前を忘れないように復唱し、頭の中で何度も反芻する。

 顔が好みではあるが、まだ惚れてはいない。

 まずはステラ様の人となりを知るために現在のお住まいがどこかを調べる必要がある。

 そこから生活圏を見て回り近隣住民に聞き込みを行って趣味嗜好を把握し、食事に誘う時やプレゼントをするときの参考にする。

 僕自身についてもステラ様の好みに沿うように、身だしなみに気を遣ったり、ステラ様のご機嫌を損ねるような言動は控えねば。

 ウィーナは幼馴染である程度知っていることが良くなかった。ある程度知っているなら大丈夫だろうという満身が、振られた原因に違いない。

 今度は、徹底的に調べ上げて失敗のないように……


「ルクス。どうしたルクス?」

 親方の心配そうな声で、現実に引き戻された。

 ステラ様について思いを巡らせすぎて、意識が飛んでいたようだ。

「なんでもないです、ちょっと疲れたかな、ハハハ」

「お前でも疲れる時あるんだな。今日のぶんは終わってるから、もう上がっていいぞ」

「はい。お疲れ様でした」

 どうにか誤魔化せた。



 教会へ帰り、あとは寝るだけになった時、ソリスにステラ様のことを打ち明けた。

「ふーん」

 ソリスの反応は、孤児院でよく飲んでいた雑草茶よりも薄い。

 だがそんなことは想定内だ。

 打ち明けた最たる理由は……。

「ステラ様の前に顔を出すなよっ」

「はいはい、わかりました」

 この顔面凶器を、ステラ様と会わせてはいけない。

 ステラ様の好みがどうであれ、防げるライバルは防いでおくに越したことはない。

 憂慮がひとつ消えた僕は、安心して眠りに就いた。




 翌日の現場にも、ステラ様はやってきた。

 なんでも、この屋敷はステラ様の希望が全て詰まった、夢の屋敷なのだそうだ。

 ステラ様による微に入り細を穿つ点検と確認に、親方の顔色は若干悪い。

 僕の仕事は今日も荷運びだ。

 本当に偶然、ステラ様の後ろを通りがかった。あ、いい匂い。


 その時僕の耳に、きゅう、と可愛い音が聞こえた。


「っ! そ、そろそろ休憩の頃合いでしょうか」

 どうやらステラ様の腹の虫だったらしい。まだ昼には少し早いのに、ステラ様がほんのり顔を赤らめながら現場見学を切り上げた。

 朝ごはん、あまり食べない方なのかな。あと腹の音は多分僕にしか聞こえてないからそんなに慌てなくていいのに。可愛いなぁ。

「あ、えーと、そこの君、近くて美味しい店を知らないかい?」

 ステラ様が指さしたのは……僕だ。

「ぅえっ!? ぼ、僕ですか?」

「そ、そう! 案内してくれたら、ご馳走するから」

 喜んでー! と叫びたいのをぐっとこらえた。僕偉い。

「おうルクス。ステラ様に失礼のないようにな」

「勿論ですっ! ご案内します!」

 親方の注意を軽く受け流し、僕はステラ様を案内した。


 町の食事処は全て調査済みだ。

「どんな味や食べ物がお好みですか?」

「そうだな……肉より魚で、薄味なのが好みだ」

 早速頭の中のステラ様メモに追記しつつ、食事処の最適解を導き出す。

「ではこちらへ。魚料理と言えばこのお店です」


 案内したのは、表通りから二本ほど裏の道にある、小ぢんまりした店だ。

「いらっしゃい。おや、別嬪さんを連れてるじゃないか」

「現場で行ってる屋敷の依頼主さんだよ。魚料理がお好きだって言うから、ここへご案内差し上げたんだ」

「ほう、お前も気が利くようになったじゃないか」

 店主とは顔見知りだ。気安い会話をし、料理を適当に見繕ってもらった。


 料理は十分もしないうちに出てきた。

「む、これは……生か?」

「刺し身です。お嫌いでしたか」

「そうか、これが刺し身か。家では火の通ったものしか出てこないからな。……うん、旨い」

 しばらくステラ様と、料理についての会話をしながら食事を楽しんだ。

 ああ、もうなんだか多幸感でいっぱいなんですけど!

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