第553話 ビビり治療・2
魔術師協会。
日も沈み、月明かりが明るくなってきた頃。
からからから、と玄関が開く。
びくりとシズクが玄関の方を向く。
「只今戻りました」
マサヒデが上がってくる。
マツとクレールとシズクが、不安そうな顔で、黙ってマサヒデを見上げる。
「おや。どうしました、そんな顔で」
怪訝な顔で、マサヒデが刀架に大小を掛ける。
空いた座布団に座ると、シズクがじっと畳を見つめている。
(ははあん)
ぴんときた。
アルマダに聞いてはいたが、確かにこれは重症だ。
及び腰になったシズクが、不安になっているのだろう。
マツもクレールも、不安そうな顔でマサヒデを見ている。
かちゃかちゃと膳を鳴らして、カオルが膳を持って来て、
「おかえりなさいませ」
と、膳を並べていく。
シズクは肩を竦めて、膝の上に拳を握っている。
「ふ」
と、思わず小さく笑ってしまった。
膳が並び終わって、
「いただきます」
と手を合わせる。
カオルだけが「いただきます」と言い、皆、黙ったまま箸を取る。
カオルは箸を取らず、険しい顔をマサヒデに向け、
「ご主人様」
「どうしました」
カオルは、ぴ! とシズクを指差して、
「この者は、もはや勇者祭に相応しくありません。
他の者を探すよう、上申致します」
びく! とシズクが肩を震わせる。
いつもなら、お前こそ、とカオルに突っかかって行く所だが。
マサヒデは知らないふりで汁をすすって、
「一体、どうしたんです? あ! まさか、何かしでかしたんですか?
まさか・・・奉行所にでも行かなければならないような?」
「違います。この者はもはや臆病者!
立ちはだかる者に向かっていけぬ者に、勇者の資格なし!
皆が戦う中、一人怯えて竦んでいる者など、荷物にしかなりません!」
「ええ? シズクさんがですか?」
「そうです! 少し守りを考え出したばかりに、及び腰に!
脇差程度に震え上がり、大声で叫ぶ始末!
これが鬼族かと我が目を疑いました」
「ふうん・・・それほどですか。
ま、決めるのは、今すぐでなくても良いでしょう。
ただし、訓練場での稽古では、もう師範役に立たないで下さい。
そんな臆病者を師範役にと立たせるのは、皆さんに申し訳ない。
臆病者でなくなったら、師範役に戻って構いません」
「ご主人様。それはいささか」
「なにか障りでも」
「・・・いささか、甘いかと」
「ふうむ。甘いですかね?」
「はい」
マサヒデがじっとシズクを見る。
取り敢えず、すぐにはクビにしないという言葉に、少し安心したのか。
ちらちらと、下からマサヒデに目を向ける。
「では、少し厳しく」
ぎく、とシズクが肩を竦める。
「ご主人様」
「何です?」
「額に紙を乗せるのは、先程」
「え? やってこれですか?」
実は知っていたが、驚いてみせる。
「ううむ、そうですか・・・」
腕を組んで考え込むふり。
「では・・・あまり、やりたくはないですけど・・・薬を使いますか」
「え!?」「マサヒデ様、それは」
マツとクレールが顔を上げる。
何も知らない2人は、麻薬などの類かと心配しているのだろう。
「いや、精神的な作用があるからと言っても、麻薬の類ではありません。
中毒性はないのですが、ただ、副作用が少し・・・」
クレールが心配そうな顔で、
「マサヒデ様、その副作用とは」
「副作用が出てしまうと、腹を下すんですよ。
2、3日は、酷い下痢になってしまうと思います」
「え? 下痢ですか?」
マサヒデは苦笑して、
「ええ。実は、私もこれ飲んだんですよ。
父上に無理矢理に飲まされましてね」
「マサヒデ様も・・・こんな風だったんですか?」
クレールがシズクを見る。
マサヒデは頷いて、
「ええ。ですので、効果は確かにあるんです。
ただ、私は副作用が出てしまいまして・・・
食事中にする話ではありませんけど、食べても飲んでも水のように。
下痢が収まった頃には、げっそりと痩せてしまいましたが」
「トミヤス流に、そのようなお薬があったのですか」
「いえ。これは、父上がコヒョウエ先生から教えてもらったものです。
門弟に飲ませていて、そのような効果があったのかと驚いたそうで」
カオルが不満そうな顔で、
「ではそちらを? 薬に頼るなど」
「私も飲んだんですが」
「む・・・」
「カオルさん、多分手持ちで出来ると思います。
材と混ぜ方は」
マサヒデは懐紙を出して、違い棚の筆を取り、さらさらと書いて、
「これです。シズクさんは人族とは違いますから・・・
あれだけ酒が飲めるんです。量は10倍くらいで良いでしょう。
効果がないなら、増やして試してみましょう。
無味無臭だし、濃くても味が凄くて飲めない、なんて事もないはず。
これを湯で溶かして、冷めないうちに」
懐紙をカオルに渡す。
『材料、熱い湯、片栗粉』
これは?
「・・・」
マサヒデが真面目な顔で頷く。
そういう事か。
カオルが一瞬目を丸くして、目だけで笑い、苦り切った顔をして、
「薬でなどと・・・」
「もう、それを言わないで下さいよ。私も飲んだんですから・・・
治るなら、下痢くらい安いものです」
「ううん、分かりました」
「普通に食材として使える材料だから、鬼族にも同じように効くと思います。
ただ、シズクさん」
シズクが、まだ少し不安気な顔を上げる。
「言った通り、副作用が出てしまうと、かなり腹にきます。
食欲がなくても、今のうちに食べておきなさい」
「分かった」
やっと箸を取って、シズクがもそもそと箸を進める。
「良かったですね。シズクさん」
「シズクさんは仲間です!」
マツとクレールもにこにこして、箸を進めだす。
カオルも不満そうな顔で箸を進めるが、嘘の顔。
ささっと食べて、ふん、と立ち上がり、
「作って参ります」
と、出て行った。
マサヒデはもそもそ食べるシズクに、
「作り方は難しいものではないので、すぐ出来ます。
冷めないうちに飲まないといけませんから、急いで食べて下さい」
「うん」
シズクががつがつと膳の上を平らげていく。
ごっくん。
「た、食べた!」
と、顔を上げると、カオルが椀を持って入って来た。
シズクの前に座り、無言で椀を突き出す。
「あー、ありがと・・・」
椀を受け取って、シズクが中を見つめる。
熱々の湯気が上がっており、すんすん、と鼻を鳴らす。
「熱いけど・・・これ、何の匂いもしないね?」
「ええ。味も、微かに甘いくらいです。さあ、冷める前に」
「うん」
くいっと椀を傾けて、
「んん? あれ?」
と椀を戻し、くい、くい、と傾ける。
粘って流れてこない。
「使っている材料のせいで、粘り気が出てしまうんです。
多分、それが胃腸に長く染み付いて、下痢になる事があるんでしょうね」
「ううん・・・」
シズクが首を傾げ、怪訝な顔をする。
はて。勘が全く働かない。
つまり、危険なものではないのだ。
副作用の話を聞く限り、何か危険を感じるかな、と思ったのだが・・・
あれ? と首を傾げ、もう一度、湯気を上げる椀の中身を見つめる。
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