第551話 シュウサン道場へ、再び


 郊外のあばら家。


 まだ日は高かったが、アルマダが1人だということで、トモヤが坊主に頼み、早く帰らせてもらったのだが、アルマダは出掛け、代わりにマサヒデが居た。


「こうだ」


 3一飛。


「甘いの」


 5一銀打。


「良いのか? これは取るぞ」


 同金。


「ふふん」


 同と。


「ならばこうよ」


 2三金。


「今ので良いのか? 待ったありじゃぞ」


「いいや! お前の言には惑わされぬ。これで良い」


「そうかのお?」


 4一と。


「ふふん! 将棋の兄さんも節穴だな!」


 同飛。


「おい、マサヒデ・・・盤を良く見よ。節穴はお主じゃ」


 同桂成。


「む! むう・・・」


 同王。


「しかないわの。では、ワシはこうよな」


 6一飛打。


「待っ・・・たんで良い」


 3二王。


「ほおう。待たんで良いのか」


 5一馬。


「く・・・」


「ほれほれ」


 トモヤが手に持った歩と金を、ちゃらちゃらと鳴らす。


「・・・」


 マサヒデが顎に手を当てて盤を睨む。

 考えて、2二王。


「では、こうじゃな」


 2四馬。


「む、ならば上げる」


 同金。


「ほい」


 同飛。


「う・・・くそ!」


 2三歩打。


「ううむ、これで良いかのお? いや! やはりこうかの」


 2一飛成。


「むう」


 同王。


「終わりじゃ」


 2三飛成。


「いや待て待て」


「詰んだぞ」


「いいや! まだだ」


 ば! とマサヒデが手を出す。


「マサヒデ。3一に王しかないじゃろ」


「・・・」


「4一に金打、同王とくるしかないの。

 で、ワシは4三に龍。ほれほれ。詰むぞ」


「く、く・・・参った」


 がっくりとマサヒデが下を向く。


「わーははははー! お主がワシに勝てる訳がなかろうが!

 お主が木刀を振っておる間、ワシは坊様と毎日勝負しておるのじゃ!」


 トモヤがげらげらと笑って、


「ほおれ、弁当を買ってこい。大盛りじゃぞ。酒も忘れるなよ!」


「ふん!」


 大小を取って、ばん! と勢い良くマサヒデが立ち上がる。

 薄っぺらい板の将棋盤が揺れて、駒が跳ねる。


「わははは! 相手にならんのお! マツ殿でも連れて来たらどうじゃ?」


 ぎろっとトモヤを睨んで、マサヒデが早足で出て行く。

 くくく、と笑いながらトモヤも庭に下り、木に繋げてある黒嵐に歩いて行く。


「どうじゃどうじゃ! 見たか? ワシはマサヒデより強いぞ!」


 ぽん、と手を黒嵐に当てる。


「わはは! のう、ワシに鞍替えせんか?」


 ふん、と黒嵐が鼻を鳴らす。


「なんじゃ? 嫌か? ワシの方が強いぞ? んんー?」


 すっと鞍に手を伸ばすと、黒嵐が前足を離す。


「ううむ、そんなにマサヒデが良いか。まあ良いわ」


 鞍袋に手を突っ込んで、ブラシを出す。

 すりー、すりー、と梳いていると、嫌がりはしない。


「全く、ワシにも1頭、捕まえてきてくれんかの。

 ヤマボウシだけでは寂しいのう」


 すりー、すりー。


「騎士殿が帰ってきたら、ワシも馬術を習うてみるが良いかの?

 のう、どう思う?」


 すりー、すりー。


「む、そろそろ日も傾いてきたの。

 お主も、厩に帰る前に、夕餉を済ませておくか?」


 ブラシを鞍袋に入れ、木から解いて、入り口を出る。

 草ぼうぼうの、あぜ道とも言えない所に出て来て、


「うむ、やはりこの辺を食うてもらおう。入りにくいでの」


 しばらくすると、黒嵐が草を喰みだした。


「全く、何で騎士殿はこの道の周りを食わせんのじゃ?

 お主もここに入って来るに、足が痒かろうが?」


 もしゃもしゃと口を回して草を噛む黒嵐を見て、


「そう言えば、繋ぎ場も作らねばと思うのじゃ。

 杭を打ち込むだけで良かろうに、何で壁の隙間とかに縄を突っ込むのじゃ?

 のう? お主もそう思わんか?」


 もしゃもしゃ・・・



----------



「む」


 マサヒデが不機嫌な顔を菅笠で隠して歩いていると、広場の向こうに歩いて来るアルマダを見つけた。


「やあ、マサヒデさん」


「アルマダさん・・・」


「トモヤさんが帰ってきたんですね」


「ええ」


 ふい、とマサヒデが横を向く。


「どうしました」


「将棋で負けました。酒を奢らないと」


 ぷ、とアルマダが吹き出し、


「何で将棋になったんです!? 勝てる訳がないでしょうに!」


 マサヒデが苦り切った顔で下を向く。


「まあ、今夜は酒にありつけそうですし、私は構いませんが。

 さ、三浦酒天に行きましょうか」


「はい」


 並んで歩き出す。

 アルマダが笑いながら、


「そう言えば、シズクさんが悪い病気に掛かってしまったんですよ」


「えっ」


 驚いてマサヒデが顔を上げた。

 あのシズクが病気? いや、如何に肉体は頑健と言えど、病には勝てまい。

 ギルドの医者や治癒師には診てもらったのだろうか?

 アルマダはマサヒデの顔を覗き込んで笑い、


「病といっても、守りを覚えたばかりの、剣術始めたての者がかかる病です」


「ああ」


 守りを覚えたばかりの、と聞いてぴんときた。

 相手の気迫に簡単に飲まれて、腰が引けてしまうあれか。

 しかし、あのシズクが?


「今までは、ほとんど攻めしか考えてなかったから、相手が上だと分かっていたとしても、なにくそ! と突っ張っていったのに、少し守りを考え出したばかりに、今日の稽古でも、簡単に私に飲まれてしまって」


「あのシズクさんがですか?」


「勘が良すぎる上に、単純だからでしょう。

 少し危険を感じとったら、引かないと! って直結してしまうんですよ」


「なるほど」


「少し治療はしましたがね。完治にはまだまだ」


「治療と言いますと」


「紙を乗せる、あれです」


「ああ」


 ふう、とアルマダは小さく息をついて、


「脇差程度で、ぶるぶる震えてしまって。

 脇差で、シズクさんが斬れる訳がないのに。

 そんな事もすっかり忘れて、震え上がる始末ですよ」


「ううむ、それ程ですか。重症ですね」


「ええ。後は任せます」


 マサヒデは腕を組んで、少し考え、


「ふむ・・・またカオルさんと立ち会わせてみますか?」


「あれでは相手にもならないでしょう。

 萎縮して、手も足も出ずに終わると思います」


「それは困りましたね」


「それと、シュウサン道場ですけど」


「なにか」


「私の所の皆が戻って来たら、行ってみませんか」


 アルマダは真面目な顔だ。

 マサヒデは、2000回が出来てからと考えているが・・・


「いくら何でも、まだ早くないですか?」


「そうでもないと思いますよ。

 貴方、もう50回に1回は振れるでしょう?」


「まあ、そのくらいは」


「1回振れるなら、後はジロウさんと立ち会った方が早いと思いますが」


 マサヒデが首を傾げる。

 それで良いだろうか。

 コヒョウエは、2000回振れてから稽古に参加させた、と言う。

 シュウサン道場を跨ぐのは、それが出来てから、という意味と捉えていたが。


「アルマダさん。コヒョウエ先生は、2000回振れるようになってから、稽古に参加させていたと言っておられましたよね」


「ええ」


「私は、2000回振れるようになってから来い、という意味も含めて、言っていたのだと思います。違うでしょうか?」


 ふむ、とアルマダが首を傾げる。


「かも、しれませんけど・・・」


「なにか問題でも」


「ええ。問題は私です。得物の違いですね。剣では非常に難しい。

 私では、1ヶ月で出来るとは思えません。短くても数年はかかると思います。

 さすがに、そこまで待って頂くのもどうかと思います。

 まあ、マサヒデさん達だけで行って頂くのも良いのですが・・・」


「ううむ」


「出来なければ駄目だ、と追い返されたなら、振れるようになってから、改めて行けば良いではありませんか」


 ううん、とマサヒデが考え込む。


「駄目ですか? 私は行きたい。確認するだけでも」


「そう、ですね。確認するだけなら・・・」


「決まりですね」


 騎士達が帰ってきたら、シュウサン道場。

 あのジロウと、改めて立ち会い。

 次は、コヒョウエ先生も見に来る。

 マサヒデの身体に、急に火が入って来た。

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