第四十一章 シュウサン道場、再び

ビビり治療

第550話 ビビり治療・1


 冒険者ギルド、訓練場。


 今、この訓練場の片隅で、怖ろしい『治療』が始まろうとしている。


 カオルが許可を取り、アルマダと2人で真剣の脇差を持って、正座したシズクの前に立つ。


「あの魔術の練習している方に付き合ってもらいますか」


「呼んで参ります」


「お願いします」


 アルマダがカオルから借りた脇差を抜く。

 1尺3寸、素晴らしい出来だ。


 カオルが銘を見た所、ヒロテルの作。

 中央出身で、抱えていた貴族が南方に転封となったため、南方に移った刀工。

 まるで古刀のような肌の美しさだが、新刀の作。

 南方の鉄は総じて粘りがあり、どうしても肌がねっとりしてしまう。

 名工の作でも、肌の美しさは・・・と、言われる作がほとんどだ。

 そのような鉄で、これほど美しい肌を出すのは、容易ではない。

 ミカサ上工(名工の総称)と言われても分かるまい。


「ううむ・・・素晴らしい・・・」


 脇差を見つめるアルマダを、正座したシズクがちらちらと見上げる。

 一体何をされるのか。

 横には水が張られているたらい。

 真剣を持ったアルマダとカオル。

 どこかを斬られ、治癒するのか?


「お待たせしました」


 カオルが女冒険者を連れて戻って来た。

 始まってしまう。

 胸を高鳴らせながら、シズクがカオルとアルマダを見る。

 もちろん、喜びで胸が高鳴っているわけではない。


 すっとアルマダが脇差を納め、


「では、シズクさん。これから、貴方の病気の治療を始めます」


「はいー・・・」


「先に説明した通り、これは荒療治。

 失敗すると、鼠のような小心者となるかもしれません。

 最後に確認します。それでも、やってよろしいのですね」


 何? 何が始まる? と、女冒険者があたふたして、


「あ、あの! ハワード様!」


「なんでしょう?」


「私は、怪我を治癒して欲しいと言われて来たのですが」


「そうですよ。まあ、上手く行けば見ているだけですから」


「何をするんですか? 病気の治療って?」


 アルマダがシズクを見て、


「精神的なものですから、治癒や解毒で治るものではないのです」


 カオルも頷き、


「ご安心下さい。武術家の間では、知られた治療法ですから」


「そ、そ、そうなんですか?」


「まあ、流派によりけりですけどね。

 トミヤス流ではこれをしますが、他派でもよくやりますよ。

 滝から突き落とすとか、色々あるらしいですが」


「い!?」


 シズクと女冒険者が、あからさまに引く。

 2人を無視して、アルマダとカオルがついに治療を始める。


「カオルさん、初手はどうします?」


「お譲りします」


 カオルがシズクの横に座り、懐から紙の束を出す。

 たらいに張った水の上に浮かせて、ぴっと拾い上げ、


「シズクさん」


「はい・・・」


「動かないで下さい」


 ぺたり、とシズクの額に濡れた紙を乗せる。


「おい! ちょっと!」


 さー・・・と女冒険者の顔が青くなる。

 シズクの顔も、紙のように白い。


「動かないで下さい。さ、落ちないように」


 カオルが繰り返し、シズクの手を取って、紙の左右に置く。


「さ、シズクさん。治療開始です」


 アルマダが脇差を抜く。


「ハワードさん!? まじで!?」


「やると言ったからには、やって頂きます。

 仰け反ると、鼻や顎が縦に割れます。

 驚いて首を竦めたりすると、頭が割れます。

 絶対に、髪の毛程も動かないで下さいね」


「ひ」


 ぴすん!


「む、上手く行きました。短い方で良かった」


「さ、シズクさん。手を」


 カオルがシズクの手を取って、左右に開く。

 ぴったり張り付いた紙が、両断されている。

 シズクと女冒険者が、ぷるぷる震えながら、濡れた紙を見る。


「ひい・・・」


 アルマダが怯えて小さな声を出すシズクを見て、


「む。やはり1枚では足りないようですね。

 カオルさん、次を」


「は」


 カオルがシズクの手から両断された紙を取り、袂に入れて、はらりと次の紙を水に浮かせる。


「さ、シズクさん。押さえて」


 濡れた紙をシズクの額に貼り付け、震えるシズクの手を紙に押し付ける。

 アルマダがカオルの方を向いて、


「ううむ、これは重症ですね。シズクさんは、この程度で驚いたりはしなかったでしょう。貴方と真剣勝負をする前はどうでした?」


「むしろ楽しみだと」


「ふむ。この程度でこんなに驚くようでは・・・

 せいぜい、額に傷が付く程度なのに」


 シズクが慌てて、


「ち、違う! これは違うよ! こんな」


 ぴしゅ!


「ひっ・・・ひぇー!」


 シズクが目を瞑って首を竦める。


「目を瞑ってはいけません。カオルさん」


「は」


 シズクの手から両断された紙を取り、ぺたり。

 シズクは震えながら、目をぎゅっと閉じている。


「シズクさん。震えると額が斬れますよ。収めて下さい」


「無理無理!」


「目を瞑ってはいけません」


「無理ー!」


「ふむ」


 アルマダとカオルが顔を合わせる。

 アルマダが小さく頷いて、


「カオルさん。シズクさんにお手本を見せて下さいますか」


「は」


「シズクさん、カオルさんを見て下さい」


 カオルがぺたりと額に紙を貼り付ける。

 シズクの頬にぺちぺちと手を当てて、


「さあ、シズクさん。目を開けて」


 ごっくん、と喉を鳴らして、シズクが目を開ける。

 カオルが綺麗に正座して、シズクの横で額に紙を付けている。


「見ていて下さい」


 ぴ、と両手で紙を押さえ、カオルがアルマダの方を向く。

 アルマダが無言で脇差を振り下ろす。

 ぱらりとカオルが額から両断された紙を取り、ふ、と小さく笑う。


「シズクさんも、臆病になったものです」


 めちゃ、と濡れた紙を丸めて、袂に入れる。

 じわり、とカオルの額に血。

 シズクがカオルの額を指差して、


「カオル、カオル、血・・・」


「ん?」


 ぺた、と額に手を当て、指先に付いた血を見て、


「この程度の傷が怖いのですか? 全く・・・」


 はあー、とカオルが息をつく。

 やれやれ、とアルマダも首を振る。

 カオルが困ったような顔で女冒険者の方を見て、


「治癒を願います」


「はははーい!」


 手が当てられると一瞬で治癒が終わり、呆れた顔でシズクを見る。


「腕1本、足1本は平気でしたでしょうに・・・

 身体を燃やされても、私に向かってきたシズクさんは何処へ行ったのやら」


 やれやれ、とカオルが首を振る。


「さあ、シズクさん。いきますよ」


「待った!」


「駄目」


 ぴ!


「です」


「っはぁー! は、は、は」


 ふむ、とアルマダとカオルが小さく頷く。


「うむ。少しは治りましたかね? さ、カオルさん。次を」


「は」


「ちょっと! もう! もう!」


 ぺたり。


「さ、シズクさん。紙を押さえて」


「嫌だ!」


「やると言ったのは貴方です。さあ」


「い、いやいやいやー!」


 ぶんぶん首を振るシズクの額を、カオルが押さえる。


「仕方ありませんね。私が押さえますので」


 カオルがシズクの後ろに回り、ぴたりと紙を押さえる。

 アルマダがシズクを見下ろして、


「さ、振りますよ。顔を振っていると、首に入ってしまうかもしれませんから。

 それでは、10数えますよ」


「はっ、はっ」


 震えながら、シズクが正面を向く。


「目を開けて。10、9・・・」


 シズクが目を開ける。

 目の前に、ぴたりと脇差を振り上げたアルマダ。


「6・・・5・・・4」


 ぴし!


「ああー!」


「3、2、1。10数えました」


「かっ、かっ、数える前に! 数える前に!」


「私は数えると言っただけです。うん、少し良くなった。

 さ、カオルさん。次を」


「はぁー、はぁー・・・」


 ぺたり。

 シズクの治療はまだまだ続く。

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