第549話 アルマダとの稽古・8
冒険者ギルド、食堂。
アルマダ、カオル、シズクが膳を囲む。
シズクががっかりしながら、
「参ったよー。何で昨日は勝てたの?」
ふ、とアルマダが笑って、
「緊張していただけですよ。
言葉に出してしまうと、余計に緊張するものです」
「そうかなあ。もう向き合った瞬間、逃げたくなったけど」
「ははは! それこそ緊張のし過ぎですよ!」
かちゃ、とカオルが椀を置いて、
「笑っておられましたね」
「ん?」
「足薙ぎを避けた後・・・笑っておられましたね」
やはり勘違いさせてしまったか。
アルマダは軽く頭を下げて、
「誤解させてしまったのは、許して下さい。あれは自分を笑ってたんです。
貴方を笑った訳ではありませんよ」
「自分を?」
「稽古でここまで本気になるなんて、と思ってしまって。
勝敗は、あの足薙ぎで、もう決まっていました。
2振り目の足薙ぎを避ける事が出来たのは、偶然です。
来ると分かって、避けたのではありませんからね」
許してくれたのか、カオルが椀を取る。
「しかし、ここまで速いとは思いませんでしたよ。
木刀、真剣だったら、もっと速くなるのでしょう?」
「はい」
「筋も変わるし、伸びてくるし、起こりもほとんど見えませんし。
躱したと思ったら、もう別の場所ですし、間合いも広い。
軽捷神業の如くと、サマノスケが言われたのも納得です」
「ご主人様の教えのお陰です」
「貴方とマサヒデさんにはぴったり合った振りです。
早くシュウサン道場に行きたいですね。
ジロウさんは、どんな顔をするでしょう」
言われると、カオルの心の中にも、むくむくと興味が湧いてきた。
ジロウは、自分とマサヒデが無願想流を使うとは、既に知っている。
だが、以前立ち会った時は無願想流ではなかった。
今の私なら、どうだろう。
「どうかな」
と言って、シズクがずずずっと汁を一息に飲み、軽く噛んでごくと飲み込む。
「私、マサちゃんとコヒョウエ先生の立ち会い見てたよ。
すぱん! て跳んだと思ったら、マサちゃんの後ろにぴったり。
ジロウさんを教えたコヒョウエ先生って、そんなんだよ。
無願想流なんてって言ったらあれだけど、最初は驚くくらいじゃない?」
「む、そうでした。コヒョウエ先生は、恐ろしい身の軽さだと・・・」
「ちょっとシズクさん」
アルマダが止める。
「何?」
「その立ち会いの様子、聞かせて下さい」
「コヒョウエ先生は片手で木刀持っててさ。
マサちゃんにすたすた歩いてったの。
で、ひょいっと振ったのさ。片手にしちゃあ速いなってくらいだった。
マサちゃんにも、普通に見えてたんだね。踏み落とそうって跳んだんだ」
「それで」
「誘いだったのさ。振り下げるみたいに、木刀放り出したんだ。
マサちゃんが跳んだ、その上を、コヒョウエ先生は跳んでった。
脇差が抜かれてて、マサちゃんの頭を掠めてったよ。
あ! ってマサちゃんが振り向いたら、後ろに脇差を持ったコヒョウエ先生。
完全に一本だったね。手も足も出ない感じ」
「跳んでいるマサヒデさんの上を跳んだんですか!?」
「そう! コヒョウエ先生は、あの歳でもそんなに身が軽い!
さらにさらに! カゲミツ様は、あんなの全然本気じゃねえって言ってた。
ジロウさんは、そんな人に鍛えられてるんだよ」
「ううむ・・・」
ふふん、とシズクが笑って、カオルの方を向き、
「なあ、カオル。ジロウさんに無願想流、通じるか?」
カオルの胸にむくむくと湧いてきた興味が、一気にしぼんでしまった。
が、アルマダは首を傾げる。
「通じると思いますが」
「なんで?」
「立ち会って一番恐ろしいと思ったのは、起こりが分からなかった所です。
次に恐ろしいと思ったのは、筋や間合いが変わる所です。
これらと速さが加わるから恐ろしい訳であって、ただ速いだけではない」
「ううん? よく分からないけど・・・」
「確かに速い。私でもぎりぎり追える。
カゲミツ様のような、見えない速さではない。
ですが、速さだけでは、私に勝てなかったと思います」
カオルがアルマダに目を向ける。
「私は、ジロウさんに通じるでしょうか」
「以前のジロウさんなら、確実に一本取れます。
今は・・・どうでしょうか」
アルマダは腕を組んで、顎に手を当て、
「私達と立ち会って、大きく腕をあげたはず。
無願想流は見たことは無くても、コヒョウエ先生から話は聞いているはず」
そこでアルマダが少し黙した後、
「・・・五分、ではないですかね」
「五分」
「はい。五分です」
「五分もありますか?」
アルマダが不思議そうな顔をして、
「カオルさん、先回は取られたとはいえ、あれは五分でしたよ。
ジロウさんがどれだけ伸びているかは、実際に立ち会わないと不明です。
しかし、我々と同じくらい伸びたと考えたら、カオルさんは五分のままです。
問題は、シズクさんです」
「え、私? 今日は簡単にやられたけど、昨日は結構良くなかった?」
「良かったですけど、あなたは悪い癖が出来ました」
「ええっ!? どこどこ!?」
がちゃ、と皿を鳴らして、シズクが前のめりになる。
アルマダが笑って、メイドに「紅茶を」と言って、
「まあ、落ち着いて」
「うん・・・」
ゆっくりとシズクが座る。
アルマダはカオルの方を向いて、
「今日のシズクさんの立ち会いはどうでした」
ん、とカオルが首を傾げ、少し考えて、
「あっと言う間に倒されてしまったので、何とも」
「言うなよ」
「ははは! 言ったでしょう。緊張しすぎだって。
シズクさんは、簡単に飲まれるようになってしまいました」
「え」
「恐らく、守りを考えるようになったせいです。
昨日立ち会って、こうなるかもと心配しましたが、やはりですか」
「なんで!?」
「勘が良すぎるからです。相手がそれなりで、ちょっとでも危険を感じると、守りを考えるようになったせいで、簡単にそっちに気が行って、腰が及んでしまうようになりました」
「ええと、つまり? ビビりになっちゃったって事!?」
「そうです」
「うっそおー!」
シズクが頭を抱える。
くす、とカオルが笑う。
「今までは基本的に攻める姿勢だったから、少しくらい危険だと分かっても、貴方は攻められました。今日の稽古では、守りを意識するようになって、がちがちに固くなってましたね。初心者によくある病気みたいなものです」
メイドが紅茶を持って来て、アルマダの前に置く。
アルマダはカップを取り、
「まあ、今まで我流でやってきたんですから・・・
乗り越えれば、守りながら攻め、攻めながら守るという事が出来ます」
シズクが泣きそうな顔を上げて、
「どうしたら治るの?」
「数をこなすしかないですが、出来るなら荒療治もあります」
「教えて!」
「ふふふ・・・構いませんが、厳しいですよ。
逆に、鼠のような小心者になる恐れもあります」
「やる!」
「ふむ。覚悟は出来たようですね。
では、午後はそちらの特訓をしましょう。
カオルさんも手伝って頂けますか?」
「構いませんが、どのような?」
アルマダが一口飲んで、
「カオルさんはやりませんでしたか? 紙を乗せて」
ぽん、とカオルが手を合わせ、
「ああ! あれですか! ええ、やりました!」
「正直に言いますけど、私、あれは上手く出来る自信が無いんです。
カオルさんは如何です」
「む! う、ううむ・・・」
カオルが腕を組んで考え込む。
「な、何だよ、何するんだよ。不安じゃないか」
カオルは難しい顔のまま頷いて、
「いや、シズクさん。効果は本当にあるんです。
ですが・・・ハワード様、これはカゲミツ様にお頼みした方が」
「やってくれると思います?」
「む・・・」
シズクが不安そうな顔で2人を見る。
「まあ、ここには治癒師の方も居ますし、平気でしょう。
傷跡が残っても、ラディさんに治してもらえば良い」
「ハワードさん、何するの? 私、不安なんだけど」
アルマダはシズクに厳しい顔を向けて、
「やると言いましたよね。
今の自分を見て下さい。
悪い癖が出ていると思いませんか」
「うっ・・・」
「では、午後も訓練場で。得物は必要ありませんよ」
たじろいだシズクに、アルマダがにっこり笑い、カップを傾ける。
カオルもにやりと笑って、不安気なシズクを見る。
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