第548話 アルマダとの稽古・7
冒険者ギルド、訓練場。
シズクがこてん、こてん、と次々と冒険者を転がして、
「次の人」
と声を掛けると、
「はい」
と、アルマダが立ち上がった。
(う)
小さく、静かな笑顔のアルマダが、何か怖い。
(あれ、これはやっばいかも)
シズクの勘が、びんびんと「何か危険だ」と伝えてくる。
得物は木剣だし、昨日と何も変わらない。
殺気も全く無いし、にこにこしている。
「何か?」
「ああーいやいや! 何も!」
「もっと力を抜いて下さい。ほら、昨日の通りで」
「あー、何て言うか、皆の前で立ち会うとなるとー、緊張しちゃって!
師範役は格好良い所を見せないと、でしょ?」
「ははは!」
アルマダが笑う。
冷や汗が脇の下を流れていく。
ちら、とカオルの方を見ると、表情こそ変わらないが、緊張が伝わってくる。
(やっべえー!)
危険だ、危険だ、逃げないとまずい、とシズクの勘が警鐘を鳴らす。
真剣ではないのに、これほど危険を感じるとは!?
「では、よろしくお願いします」
アルマダが構えてしまった。
笑顔が消えて、真剣な顔になる。
「む、む」
ぴた、とシズクが中段につける。
と、すたすたとアルマダが近付いてきて、剣を振り下ろす。
昨日と同じだ。
受けようと棒を横にして、こん、とアルマダの木剣が当たった。
(ありゃ?)
弾かない?
乗せただけ! 引かないと!
瞬間、がつん! と棒を握っていた指に木剣が入った。
「いっ!?」
無理矢理に棒を横に振ろうとして、棒の上をアルマダの剣が滑るように走っていくのが見えた。反対の手に当たり、みし、と嫌な音が骨を伝わって響く。
「い! でっ、いーででー!」
からん、と棒が落ち、シズクが手を震わせて膝を落とした。
そこに、ひゅん! と木剣が振られ、シズクの顎を掠め、シズクの頭が揺られて、ばったりと前のめりに倒れる。
アルマダが冒険者達の所に戻って来て、
「すみません、治癒魔術を使える方はいますか?」
「はい!」
「指と、顎を見て下さい」
冒険者が立ち上がり、シズクの所に走って行く。
あのシズクが一瞬だった!
ごくっと皆が喉を鳴らす。
はさ、と袴を捌いて、すっとアルマダがカオルの横に座る。
「ふふ。シズクさんは、皆の前で緊張してしまったようです」
「左様でしたか」
無表情で答えたカオルだったが、
(これはまずい)
と焦りを感じていた。
冒険者達の前だ。
せめて、マサヒデの内弟子としての面目は保ちたい。
昨日の立ち会いで、怒りに触れてしまうような事をしたか?
それはないだろう。
またマサヒデが焚き付けたのだ。
「ご主人様は、何か」
「今日は黒嵐と遊んでいるので、1日こちらで遊んで下さい、と」
「左様で」
4人がかりで、冒険者がずるずるとシズクを引きずってくる。
「次の師範役は貴方ですよ」
冒険者達の視線が突き刺さる。
「では」
さ、と立ち上がって、
(ご主人様は、無願想流なら勝てると言い切った!)
ぴ! と襟を正し、前に出て行く。
身体を温めておこう。
自分の欠点を見直せ。
自分の不足を見直せ。
睨み合わずに、動け。
「最初の方、どうぞ」
「はい!」
----------
ぱすん、ぱすん、と冒険者達に軽く竹刀を入れ、寸止めで止めて、あっと言う間にアルマダの番になってしまった。
にこにこ笑いながら、アルマダがカオルの前に立つ。
「竹刀で良いのですか? 私は木刀でも構いませんが」
「いえ。治癒魔術を使う方もおられるようですから」
「ははは! やられる前提で竹刀ですか? 弱気ですね」
「昨日の立ち会いはお忘れに?
ご主人様は、勝てると言い切りました」
「ふふふ。稽古でなら、ですよ。今回も勝って下さいね」
ぴく。
抑えろ、と気を静める。
「勿論です」
この余裕の笑みを消してやらねば。
すっと正眼に構える。
「参ります」
「ああ、本当に竹刀で・・・」
ううん、とアルマダが少し顔を曇らせたが、正眼に構える。
煽ったように受け取られてしまったのか。
竹刀では重さが乗らないし、無願想流の振りが鈍るのでは、と思ったのだが。
「始めましょう」
す! とカオルが飛ぶように向かってきて、胴を払いに来る。
アルマダが剣を立てる。
ぱん! と木剣の柄に竹刀が当たる。
「お!」
危うく、手に当たる所だった。
途中で筋が微妙に変わったが、これで斬れるのか。
受けた手にはっきりと重さが乗っている。
とても女が振る剣ではない。
なるほど、無願想流は恐ろしい。だが、見えない事はない。
後ろに弾かれる剣についていくように、くるりと振り向くと、カオルもこちらを向いていて、アルマダのつま先に突っ込むように、足を払いに身体ごと低く突っ込んでくる。
おっと。
下がると、カオルの竹刀が伸びてくる。
反射的に木剣を出したが、ぴたっと竹刀もカオルも止まり、カオルが下からアルマダを見上げる。
伸びる斬り上げ! と、ぱっと跳び下がると、足の裏を竹刀が掠めた。
大きく距離を取ろうと跳び下がらなかったら、足首が砕かれていたところだ。
止めてもう一度足薙ぎとは。
(今のは運)
見ると、カオルは斬りながら横に跳んでいて、もう元の位置にいない。
身体ごと持って行くから、あんな斬り方でも斬れるのだろう。
アルマダが驚いていると、低い体勢のカオルがすうっと立ち上がった。
ゆっくりとアルマダの方を向く。
(おやおや)
目が真剣勝負そのものだ。
いつの間にか、試合の時のような、冷たい忍の空気を丸出しにしている。
稽古なのに、と、思いつつ、自分も本気なのを思い出して、苦笑する。
きり、とカオルの目が細くなり、ゆらりと踏み出した。
(笑われたと勘違いさせてしまったかな)
と思った瞬間、び、と袖を竹刀が掠めていった。
「う!?」
横を通り過ぎていくカオルが目の隅に映る。
ぱ! と前に跳んで、転がりながら後ろを向く。
カオルがゆっくりとこちらを振り向く。
全く起こりが見えず、目を疑った。
いくら速いとはいえ、あの距離を一瞬で詰めてくるとは!?
緩急のようなものではなく、純粋にただ速い!
しかも、動きの起こりが分からない!
ここまでは、本気ではなかったのか・・・
驚いていると、カオルがすうっと歩いて来た。
立ち上がろうとした時、ぴたっと足を止め、竹刀を片手で垂らし、
「今のは浅かったですから、一本ではございません。さあ、お立ち下さい」
「そのつもりです」
「昨日のようにしていただいても結構です。
貴重な技術を見せて頂き、ありがとうございました」
一度見たら、もう通用しないぞ、と言っているのだ。
「ふふふ。マサヒデさんの言う通り、力を抜かなくて良かった」
言いながら、ぱたぱた、と埃をはたく。
「・・・」
乱れた稽古着の襟を正し、
「私も、本気でいきませんとね」
「ハワード様、お願いします。
ご主人様は、本気の私を軽くのされます。
ハワード様が出来ない訳はありますまい」
「そんな安い挑発には乗りませんよ。
貴方も、竹刀では無願想流を出し切れないでしょう」
アルマダが構えると、カオルも構える。
ぴ! と真っ直ぐ突きが出されて、右足を軸に半身に回る。
喉元を竹刀が通り過ぎ、避けたと思ったが、半身になって横を向いた目の前に、カオルが竹刀の中結(真剣でいう物打ちの下辺り)に右手を当てている。
ぱ! としゃがむと、頭の上を竹刀が通り過ぎ、斬り上げた瞬間、目の前にあったカオルの足が消える。
はっとして首を回すと、カオルが最初の位置に戻っている。
背を向けているが、顔がこちらを向いている。
目が合った。
間に合わない。
自分の身体は、上に伸び上がっている。
ぱん、と軽く横腹に竹刀が入った。
「く・・・」
アルマダが顔を歪めた。
大して痛くはないが、これは完全に一本。
思い切り踏み込んで低くなったカオルが、ゆっくりと足を引き付けて立つ。
「やはり、竹刀では無願想流は出し切れませんね。
今の斬り上げ、背筋が凍る思いでした」
カオルは竹刀を引いて、冷たく笑い、
「昨日のお教えは、実に為になりました。
勝つのは程々にせよ。勝ちすぎると相手を侮る・・・ふふふ・・・
では、ハワード様。次の師範役を願います」
皮肉を言って、くるっと回って冒険者達の方に歩いて行った。
皆が呆然とカオルを見ている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます