第547話 アルマダとの稽古・6


 郊外のあばら家。


 アルマダの授業が終わって、日が傾いてきた。


「じゃあ、今日はそろそろお暇しますか」


 と、マサヒデが言うと、カオルが5人分の弁当をさささと分ける。

 思ったほどクレールが食べなかったので、結構余ってしまった。

 アルマダが残りを見て、


「せっかく持ってきてもらって悪いのですが、もっと持って帰って下さい。

 私は先程も食べましたし、1箱あれば十分ですから」


「は」


 1箱だけ残し、残りをまとめる。


「終わったあ?」


 シズクが起き上がると、カオルがまとめた弁当を差し出す。

 ん、と頷いて、シズクが受け取る。

 皆が縁側から下りた後、マサヒデが振り返って、


「明日、また来ます」


「待ってますよ」


 アルマダが笑った。



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 ラディと分かれ、魔術師協会に戻ると、もう暗くなっていた。


 居間で弁当を囲みながら、マツとクレールは五箇条の話を思い出し、頷き合いながら、何か難しい事を話している。マサヒデには、右から左に抜けていく。

 ふと疑問に思って、カオルに尋ねてみる。


「カオルさん」


「はい」


「さっきのアルマダさんの話、聞いてましたよね」


「はい」


「私、出来てます?」


「ご主人様は良く出来ていると思いますが」


「そうですか。じゃあ、私はこのままで良いですね」


「そう思います」


 マサヒデが照り焼きをかじって、米をかきこむ。

 別に出来てないと言われても、今の生活を改める気は全く無いだろう。

 やれやれ、と思いながら、カオルも煮物を口に入れる。



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 翌朝。

 

 素振りを終え、ささっと朝餉を食べ終えて、


「私、すぐアルマダさんの所に行くので、ギルドの朝稽古は頼みます」


 と、カオルとシズクに頼む。


「は」「任せてー」


「代わりに、アルマダさんに行ってもらいます」


「おお、なるほど!」


「さっすがマサちゃん!」


「では、急いで行きます」


 と、さっと立ち上がって、マサヒデは刀架から大小を取り、出て行った。

 マサヒデが出て行った後、マツとクレールが満足気に顔を合わせて、


「マサヒデ様は、友達思いですね」


「はい!」



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 厩舎に寄って、黒嵐を出して行く。

 アルマダが帰って来るまで、黒嵐と思い切り遊ぶつもりだ。

 最近、一緒に居てやれなかったから、マサヒデの顔がにやける。


「ふふふ」


 少し怒っているような、喜んでいるような、そんな感じがする。

 嬉しいのに、拗ねた顔をしているマツみたいだ。

 にやにやしながら歩いていると黒嵐が近付いて来て、ごつんと鼻先を当てる。


「おっ! そんなに拗ねるなよ。本当は満更でもないだろう。分かってるぞ」


 ふん! と鼻を鳴らして、黒嵐が下がって行く。

 じゃれ合いながら、あばら家に近付いて行くと、ぴた、と黒嵐が足を止める。

 アルマダが素振りをしている。

 張り詰めた空気を感じる。


「大丈夫、大丈夫」


 黒嵐の首をさすりながら、ゆっくりと前に出る。

 少しびくついた感じがする。


「危なくないから」


 そのままゆっくりと歩いて行き、入り口で、


「アルマダさん」


 は、とアルマダがマサヒデに顔を向ける。


「おはようございます」


「ふう・・・おはようございます」


 剣を納め、アルマダが歩いて来る。


「留守居は代わりましょう。ギルドに稽古に行ってもらえますか」


「えっ」


「1人じゃ暇でしょう?」


 マサヒデが綱を引くと、黒嵐が、ぽく、と前に出る。


「私は黒嵐と遊んでます。1日、ギルドに居ても良いですよ。

 カオルさんとシズクさんも居ますから、昨日の復讐でもしてきて下さい」


 にやっとマサヒデが笑う。

 アルマダも笑い出して、


「ははは! 復讐ですか! ふふふ、ありがとうございます」


 アルマダは、ばさっと稽古着の上を脱いで、肩に引っ掛けて水場に向かう。

 マサヒデはそのまま、草の中に入って行って、足を止めている。

 しばらくすると、黒嵐が草を喰みだした。


 ブラシを出し、草を喰む黒嵐を梳いていると、着替えたアルマダが出てくる。


「では、お言葉に甘えて行ってきます」


「今日は、ちゃんと本気で叩きのめして下さいよ。特にシズクさん。

 もうカオルさんに余裕で勝てるだなんて、調子に乗ってましたから」


 アルマダが苦笑して、


「何言ってるんです。私は本気でしたよ」


「稽古だからって、抑えてたでしょう。分かってるんですからね。

 皆にバレてなくても、私にはバレてるんです。

 あ、カオルさんには良い物を見せてくれて、ありがとうございました。

 あれは疲れるでしょうに」


「余裕を持って勝てなければ、負けと同じです」


「あんな疲れる事までして、何言ってるんですか・・・

 稽古なんですから、あんな事せずに、普通に打ち合って下さいよ」


「それもそうですかね」


「そうですよ」


「では」


 かさかさと草をかき分けて、アルマダが歩いて行った。

 マサヒデは見送ってから、黒嵐に顔を向けて、


「なあ、このあぜ道の所、食べてくれ。歩きやすいようにさ。

 お前の図体なら、食えるだろ?」



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 冒険者ギルド、訓練場前、準備室。


 アルマダは午前中は騎士達とみっちり稽古をするので、訓練場に稽古に来る時は、大体午後になり、マサヒデ達と時間がずれる。

 今日はマサヒデとは打ち合えないだろうが、昨日の今日で、カオルとシズクと稽古が出来るとは。


(あの2人を叩きのめせだなんて、難儀な事を言う)


 訓練用の刃を潰した剣を取ったが、マサヒデが試合でシズクを木刀でのめしたのを思い出し、木剣を取る。さすがに、竹刀ではシズクは叩きのめせまい。痛くも痒くもなさそうだ。少しは痛い思いをしてもらうか。


(ふふふ)


 木剣を下げて、アルマダが準備室を出て行った。



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 ぎ、と重い扉を開けて、訓練場に入る。

 軽く見回すと、すぐにカオルとシズク、並んで座った冒険者達が見つかり、すたすたと歩いて行く。


「あっ」


 シズクが冒険者を軽く押してから、アルマダにぶんぶん手を振った。

 アルマダも笑って、軽く手を振り返す。

 座っていたカオルも、アルマダの方を向いて頭を下げる。

 アルマダはそのまま歩いて行き、冒険者達の所に正座して座る。

 あれ? と、皆がアルマダを見る。


「ハワードさん、おいでよ」


 アルマダはにっこり笑って首を振り、


「昨日はシズクさんに一本取られましたからね。今日は生徒役です」


「ええ?」


「よろしくお願いします」


 と、アルマダが頭を下げる。


「ちょっと、ちょっと・・・」


「お続け下さい」


 シズクが困惑した顔で、カオルを見る。

 カオルもどうしよう、とシズクを見る。


「ええと、じゃあ、次の人」


「はい」


 ちら、と冒険者がアルマダを見て、立ち上がった。

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