第546話 閑話・ミカサ王の書き置き
あばら家での稽古が終わり、アルマダの授業が始まった。
立ち会い稽古が早く終わってしまったので、まだ日は高い。
クレールがアルマダに人の国の歴史の話を聞き始めて、始まってしまった。
「では、ミカサの国の王のお話と致しましょう。
ミカサ伝の刀を持つマサヒデさんには、よく聞いて頂きたい」
「ええ?」
マサヒデがうんざり、という顔でアルマダを見る。
真剣な顔をしていないのは、マサヒデとシズクだけだ。
シズクは既に寝転んでいる。
「あなたも、既にカオルさんという家臣を持つ身。
ないとは思いますが、この先トミヤス流を継がず、独立するかもしれません。
上に立つ者の心構えは、しかと心に刻んておかねばなりません」
「皆で仲良くしていれば、適当でいいですよ・・・」
ぎらっとアルマダがマサヒデを睨む。
「すみません」
アルマダがラディに顔を向ける。
「ホルニコヴァさん」
「はい」
「あなたも、治癒師としては破格。既にマツ様、クレール様を超えている。
死霊術を学び、鍛冶師としても、名を残す事になるでしょう。
将来は、必ず人に物を教える立場になる。良く聞いておいて下さい」
「はい」
「カオルさん」
「は」
「あなたも将来は教員となるのです。
教える者として、よく聞いておいて下さい」
「は!」
む、とアルマダが頷いて、
「まずは簡単に、ミカサの国の歴史からいきます。
ミカサは現在は一地方となっていますが、戦乱期は独立国でした。
初代のミカサ王は、隣国のトオトエの国の臣下で、トオトエ王の叔父でした。
ここで辣腕を振るい、トオトエの国から独立、ミカサの国が出来た」
「はい!」
クレールが手を挙げる。
「独立とは、反乱ですか?」
「違います。初代王はトオトエの国で宰相の地位にあり、隠居するまでトオトエの家臣でした。つまり、ミカサは属国として産まれたのです。肥大化した国を分割し、信頼出来る部下に分けた。王とは名ばかりの、まあ上級貴族です」
「なるほど!」
「しかし、初代ミカサ王は、本心には王になりたいという考えがあったのです。
それをひたすら隠し、トオトエ王に仕えていたのです。辣腕を振るいながら。
能ある鷹は爪を隠す。大賢は愚なるが如し。
政の世界では、能がある者ほど、周囲からは危険視されるもの。
ですが、彼は腕を振るいながらも、厚く信頼されていました。
これだけ見ても、尋常の者ではないですね」
うむうむ、とマツとクレールが頷く。
「当時のトオトエの国は、大まかに、西をトオトエ王。東をミカサ王。
このように、戦力を分けていました。
そして、東の地方を治めた初代ミカサ王が、地方を与えられて独立。
ミカサの国が誕生したというわけです」
「はい!」
「クレールさん」
「隠居するまで、隣国のトオトエの国の家臣だったということは、初代王は国には居なかったんですか?」
「いかにも、その通り。
国王という地位こそ与えられましたが、宰相でもあった。
隠居するまで、トオトエの国の宰相だったのです。
その間、ミカサの国を統治していたのは彼の息子、2代目ミカサ王です。
有能な者を宰相に置いておきたかったのもあるでしょうが、半分は人質です。
初代王は、隠居後、数年で病没。自分の国を統治する事は出来ませんでした。
その間、着々と完全独立の基盤を作っていたのは、2代目のミカサ王です」
興味なさそうに、マサヒデが茶をすする。
マサヒデを見て、ふっとアルマダが呆れ笑いして、
「まあ、国の成り立ちはこの辺にしましょうか。
マサヒデさんが聞いてくれませんし」
ちらちらとマツ達がマサヒデを見るが、マサヒデは暇そうな顔だ。
「本題は、この2代目ミカサ王が、息子の3代目ミカサ王に残した遺言。
ミカサ五箇条の書置というものです。
上に立つ者として、非常に大事な事が書かれていました」
「お聞かせ下さい!」
アルマダが頷き、
「原文は長いので、要約します。私見はご容赦下さい。
ひとつ。
王から一兵卒に至るまで、義を重んじること。
義を重んじずに国を拡げても、必ず後世に恥辱を受ける。
自分が恥辱を受けても、後代に続けば良いという考えは甘い。
代が続く限り、恥辱の王の子孫として、永劫に後ろ指を指される」
「ううん・・・」
マツとクレールが唸る。
「マサヒデさん」
「え? はい」
「こういう事ですから、義を重んじて戦って名を残しなさい。
テルクニが後ろ指を指されないように」
「それは勿論ですとも。ええ」
「・・・ふたつ。
騎士から農民まで、全国民を愛せよ。能のない者はいない。
役に立たない者は、それは王が誤った使い方をしているからである。
王自身が能が無くとも、それは愚王ではない。
正しく人を見る目がない王こそを、愚王という」
「む・・・むむ・・・」
マツもクレールも感じ入り、深く頷く。
「マサヒデさん」
「聞いてますよ。要は、その人の才にあった教えをしろって事ですよね」
お? とシズク以外の皆がマサヒデを見る。
「む・・・その通りです。
みっつ。
決して驕らず、かといってへつらう事はするな。身に合った分限を守れ。
驕るなというのは当然ですが、へつらい過ぎもまた争いの元となる。
上に見せても、下に見せてもいけないのです」
「うう」
マツが項垂れた。
アルマダが頷く。
「マサヒデさんと結婚する時、冒険者ギルドは大騒動になりましたね。
私も、あまりの驚きに気を失ってしまいました。
マツ様が隠しきれず、うっかり口にしてしまったからです」
「はい・・・」
「しかし、隠居も同然ですし、既に皆にあれだけ派手な姿を見せているのですから、今は相応の者と知られました。もう騒動になることはないでしょう。家の名だけでなく、元王宮魔術師という肩書もある。あれで分相応です」
「気を付けます」
「しかし、私は、今まで通りで良いと思います。
その理由は次の言葉にあります」
こく、とマツが小さく頷く。
「よっつ。
万事倹約を守るべし。
王が華麗を望めば、それは民を貪ることとなる。
王が倹約を守れば、民は富む。
民が富めば、合戦の勝利に疑いはない」
今度はクレールががっくりと項垂れた。
「むぐ・・・」
「クレールさんは大丈夫ですよ」
マサヒデが軽く声を掛けた。
「え」
「ワイン減らして、三浦酒天とか虎徹の安い酒で呑んでるでしょう。
レイシクランのワインって、すごく高いんですよね。
今は安く済ませてるじゃないですか。ほら、倹約出来てます」
「そ、そうでしょうか?」
アルマダが頷いて、
「マツ様、クレール様、このふたつ、分かりましたか。
私見ですが、パーティーや公の場では分相応にして、舐められないように。
しかし、普段は隠れて質素倹約に、という事だと私は考えています。
お二方は、良く出来ていると思います。
どちらも過ぎない事が大事です」
「分かりました」「はい!」
アルマダがマサヒデを見て、
「そして、最後。これは私達武術家にとって、大事な事です。
勝つのは程々にすること。
勝ちを重ね過ぎると、自然と敵を侮る。
一時は勝てても、相手も強くなっていくのです。
次に対する時に、前と同じ相手だと思わないように。
武術では、たった1日で、大きく伸びる事がありますからね」
「言われなくても分かってますよ、そんな事」
マサヒデが、はあ、と息をついて、天井に顔を向ける。
やれやれ、とアルマダが苦笑して、
「ホルニコヴァさんには、何か参考になったでしょうか。
戦乱期の王の話ですし、あまり役に立たない話だったでしょうか」
「いえ。このような王があって、ミカサ伝の刀が産まれたと、心入りました」
ぷ! とマサヒデが吹き出し、
「ははは! いや、確かにそうですが! ははは!」
「ふふふ。まあ、面白かったなら良かったです。
マツ様、クレール様」
「はい」「はい!」
「知っての通り、人族の寿命は短い。
ですが、その分、優れた人物も多く産まれ、死の前に言葉を残しました。
特に戦乱期には、次代も国が平和であれと、言葉を残した者が多い。
小国が乱立していましたから、様々な王がいて、様々な歴史があります。
現代でも当てはまる言葉は多いと思いますので、興味があれば是非」
「お教え、ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
マツとクレールが手を付いて頭を下げた。
その後ろで、マサヒデが、ふわ、と小さく欠伸を噛み殺す。
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