第544話 アルマダとの稽古・4


 ばったりと寝転んだアルマダの横にマサヒデが座る。


 カオルは部屋に上がり、がっくりと肩を落とす。

 マツ、クレール、ラディは、勝ったのに何故だろう、と小さく首を傾げたが、マサヒデとシズクは分かっている。


 ぐったりと目を瞑ったアルマダを見て、マサヒデが部屋に上がってくる。

 カオルの前に座り、


「私から見て、今のは及第点だったとは思います。

 ですが、カオルさんには不足というか、忘れてしまった所があります」


 肩を落としていたカオルが、顔を上げ、膝の上で拳を握る。


「お聞かせ願います」


「カオルさん、無願想流の振りだけに頼っていますね。

 忍の術も混ぜて使いなさい。例えば・・・」


 マサヒデは腕を組んで、ちょっと目を瞑って、


「カオルさん、分身の術みたいなの使えるでしょう。

 速く動けるんですから、あれを混ぜてみるとか。

 抜けながら、相手の足元に何かばらまくとか」


「は・・・」


「アルマダさん、カオルさんの振りに反応して、剣を出してきましたね。

 では、わざと外して振って、相手に出させる。

 次に、横や後ろから、手を出した隙に返していくとか。

 別に、初撃を外したら負けではない。最初で決めなくても良いんです」


 かくん、とカオルが俯く。


「・・・カゲミツ様にも、似たご注意を頂きました。

 私は最初の一振りだけで決めようとする癖があると。次が下手だと」


 マサヒデは頷き、


「今はもう、無願想流の振りがあるから、次は下手になっていません。

 どの振りも一撃必殺になっていますから、何度外しても良い。

 当たると分かるまで、余裕を持って、好きなだけ動いて構いません。

 今のように、じっと睨み合いをする必要はない。

 元々、カオルさんは動いて攻める形なんですから」


「は。お教え、ありがとうございました」


「ふふ。私の稽古に付き合いすぎて、剣に傾きすぎてしまったみたいですね。

 いや、申し訳ない」


 ば! とカオルが顔を上げて、


「そんな、滅相もない! 今まで通り、剣を叩き込んで下さいませ!」


「勿論、そのつもりですよ! ははは!」


 慌ててマサヒデの膝にしがみつくカオルを見て、マツ達がくすくす笑う。

 シズクはまだ険しい顔で、じっと寝転んだアルマダを見ている。



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 半刻ほど、アルマダは寝転んだまま。

 シズクも、険しい顔でじっとアルマダを睨んだまま。


「ううん」


 と小さく声を上げて、アルマダが起き上がる。

 部屋の方を向いて、


「いやあ、疲れました。さあ、いきましょう。次は?」


「はい!」


 とクレールが勢い良く手を挙げたが、す、とシズクが無言で手を挙げる。

 クレールが手を下げて、


「シズクさんはまだですから、譲ります!」


「ありがと」


 ゆっくりとシズクが立ち上がる。

 こき、こき、と首を左右に傾け、軽く肩を回す。


 顔がずっと真剣なままだ。

 何かいつもと違うな、と、皆がシズクを見る。

 アルマダが笑って、


「熱い視線を感じてましたよ」


「ん・・・まあ、ね」


 どすっと縁側から下りて、庭に下り、真ん中に立つ。

 皆が顔を合わせて、シズクを見る。

 別に殺気があるとかではないが、やけに気合が入っている。


「マツ様、どうしたんでしょう」


「さあ・・・でも、真剣なのは悪くないですから」


 アルマダがシズクの前に立つと、


「よろしくお願いします」


 と、シズクが頭を下げる。

 はて、とアルマダが怪訝な顔をしながら、


「よろしくお願いします」


 と、頭を下げる。

 シズクが中段に構え、アルマダも正眼に構える。


「はじめ」


 マサヒデの声がかかる。

 やはり、何か違う。

 さてどうか・・・アルマダが前に出る。

 立ち会った時点で、既にシズクの間合いだ。

 片手で突き出せば届く。


(とっくに間合いの中だが)


 アルマダが警戒しながら、もう少し前に。

 まだ、シズクが動かない。

 油断をしているわけではない。

 目だけでなく、身体全体で、アルマダの動きを見ている。

 はっきりと分かる。


(カウンターか?)


 返し技を狙っているのだろうか?

 分からないが、考えるのはやめよう。

 一歩前に。

 もうアルマダの間合いだ。

 火に近付いて熱を感じるように、はっきりと危険を感じる。


「ふ!」


 かん! と木剣が弾かれる。

 弾かれながら下がったが、何もしてこない。

 手が軽く痺れているが、様子見に打ち込んだだけだから、大した事はない。

 縁側で、マサヒデもカオルも首を傾げている。

 アルマダも怪訝な顔をして、シズクを見つめる。


 シズクがすっと元の構えに戻る。

 アルマダも構え直す。


 シズクが棒に添えていた手を軽く上げ「かかってこい」と、ちょいちょいと動かす。顔は真剣なままで、とても余裕のある感じではないが・・・


 す、す、と足を運び、また間合いに入る。

 シズクは動かない。


 横から払おうとして、くいっと肩の下の辺りを押され、アルマダが横に飛ぶ。

 横っ飛びで転がって起き上がり、ぱっと構えて、


(これはおかしいな?)


 と、首を傾げる。

 壁まですっ飛ばされてもおかしくなかったが、軽く押されただけだ。


 飛び込む。かつんと木剣を横に弾かれる。

 もう一度、振り上げながら飛び込む。

 顔の前に棒が置かれる。

 下がってもう一度振り被る。

 振り下ろした木剣が、押し出すように弾かれ、かあん! と音を立てて、木剣が飛ぶ。


(ほう!)


 マサヒデが笑う。

 アルマダが跳び下がると、初めてシズクがどん、と小さく跳んで前に出る。

 木剣に手を伸ばしたアルマダの目の前に、ぴたりと棒の先。

 これは跳び下がっても突かれてしまう。

 くい、と棒が出され、アルマダの胸を軽く押す。


「そこまで」


「くはあー!」


 シズクが大きく息をついて、どさっと座り込む。


「ふう!」


 アルマダも木剣の横で座り込む。


「何だったんです。いつもと全然違うじゃないですか」


 ずっと険しい顔をしていたシズクが笑って、


「私も少しは成長したかな?」


「ええ。これは敵いませんよ」


「ふ、ふふ。あーははは! 良い稽古だったあー!」


 大声を上げて、よっとシズクが立ち上がり、部屋に上がっていく。

 アルマダも木剣を拾って立ち上がる。


 にやにやしながら、シズクがどすん、と座る。


「マサちゃん、カオル、どうだったよ」


 マサヒデがにやっと笑う。


「悪くない。いや、良かった」


「・・・」


 カオルが目を細めてシズクを見る。


「これで良かったんだ。これでね。んふふふ」


「そうですよ。元々、あれで良かったんです」


 ギルドの冒険者達を相手にする時は、シズクはまともに攻められないから、いつもこんな感じで軽くいなしている。マサヒデ達、腕の立つ相手だと、本気で攻めてくる。当たっても大丈夫、当てられないかも、と、安心して、というのも変だが、攻めてくる。そして、攻めに寄りすぎ、隙を作って、返される。


「どうどう? マサちゃんにも勝てる?」


「ふふふ。かもしれませんね」


「もうカオルには余裕で勝てるだろ?」


「今のカオルさんが相手では、ぎりぎり五分です」


「五分なの? ぎりぎりで?」


「私が見た所は、ですが。さて、クレールさん、どうぞ」


「はい!」


 ちら、とクレールが弁当の山を見る。

 やるのか。


「ふふ。やりすぎないようにして下さい」


「頑張ります!」


 とすん、と縁側を下りて、クレールがアルマダの前に立つ。

 アルマダが引き締まった顔のクレールに、笑顔を向ける。

 視線に期待がこもっている。

 期待以上のものを見せてみせる!

 クレールがぐっと拳を握った。

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