第543話 アルマダとの稽古・3


 クレールがアルマダの周りにびっしり虎の魔獣を並べ、立ち会いは終わった。


 縁側に来た2人に、マサヒデが声を掛ける。


「さて、クレールさん。今の立ち会いで反省点は」


「え!? ええと、ええと、すぐに飛び掛からせなかった所でしょうか」


 マサヒデは不満そうに眉を寄せ、


「アルマダさんはどう思いました?」


 アルマダは腰の剣を外しながら、


「呼びすぎですね。あんなに隙間なく並べては、折角の虎が動けません。

 同じ数なら、何頭かずつ、2重、3重に囲んだ方が良かったのでは?」


 マサヒデが頷き、


「私もそう思います。クレールさん、最初の狼でもそうです。

 囲みが1枚だと簡単に破られますが、2枚、3枚と重ねれば、狼で十分です。

 アルマダさんにも、当てることは出来たと思いますよ」


「ううん・・・勉強になりました。ありがとうございました!」


 ぴし! とクレールがアルマダに頭を下げる。


「更に、いつも通りの虫や水の魔術を絡めたら、相当いけるはずです。

 上手くやれば、私やアルマダさんでは、1手譲ったら負けですね」


「はい! 精進します!」


 クレールが上がって来て、マサヒデの隣に座る。

 眉間に皺を寄せて、ああして、こうして・・・と、ぶつぶつ言っている。

 今ので色々と閃いたのだろう。


「では次は」


 ぱ、とカオルが手を挙げた。

 おや。シズクが手を挙げない。

 あれ? とカオルがシズクを見る。

 シズクは手に顎を乗せて、じー・・・とアルマダを見ている。


「シズクさん? 良いんですか?」


「あ? あーっと、うん。私は次で良い。カオル行きなよ」


 最初はいきなり手を挙げのに、何故だろう。

 皆がシズクを不思議そうな顔で見る。


「珍しいですね。何か、思う所でも」


「まあ、ね」


「ほう・・・」


 何を思い付いたか分からないが、練習したい事があると言っていた。

 シズクがそこで思う所があったのだろうか。

 マサヒデはカオルに顔を向けて、


「では、カオルさん。あなたの無願想流を見せてやりなさい。

 アルマダさんも急に強くなりましたが、それはカオルさんもです。

 今の私達なら、勝てます」


「は」


 静かにカオルが立ち上がり、むっとアルマダが顔を向ける。


「マサヒデさん。今、勝てると言い切りましたね?」


「はい」


 ぴぃん、とアルマダの空気が変わり、静かにカオルを見る。

 マサヒデは静かな口調で、全く煽るような言い方ではなかったが、


(うわあ!)(言い切った!)(マサヒデさん!)


 と、マツ、クレール、ラディが顔を見合わせる。

 縁側から下りて行くカオルの空気も、冷たくなる。

 一気に空気が張り詰めた。

 シズクだけが、変わらずアルマダをじっと見ている。


 無言のまま、アルマダとカオルが庭の真ん中で向かい合った。

 互いに礼。

 互いに正眼に構える。


「では、始めて下さい」


 マサヒデの声が掛かったが、どちらもぴくりとも動かない。

 マツ、クレール、ラディは胸に手を当てて、目を皿のようにしている。


 じー、じー、じー、と蝉が鳴いている。

 小さく風が吹いて、さわさわと外の草が揺れる音がする。

 カオルの結んだ髪の先が揺れる。

 アルマダの前髪が揺れる。


 ぴく。

 ほんの少しだけ、アルマダの剣先が上げられたが、カオルは動かなかった。


(ほう!)


 マサヒデが少し驚いた。

 せっかちなカオルが、見事に抑えている。

 今までだったら、ここで動いてしまったはず。

 技の面だけでなく、心の面も大きく成長している。


 アルマダも、少しだけ目を細くした。

 誘いに乗らないとは、と驚いたのだろう。

 カオルの欠点は、せっかちな所だと、アルマダも良く知っている。


(さて、どうするかな)


 無願想流は基本的に攻め、躱す剣。

 思いもよらない所から、速く重く斬れる剣が出てくる。受けられない。

 剣だけでなく、身体も恐ろしい速さで動く。当てられない。


(受けずに躱す。当たらなければ良い)


 コヒョウエも言っていた。

 そもそも、当たらなければ良いのだ。

 受けなどいらない・・・


(1対1なら)


 マサヒデもそう思う。しかし、対1ならば、だ。

 対複数ならどうだろうか。

 魔術師も捌けない。


 マサヒデは期待している。

 このカオルとアルマダの立ち会いに、何か見えるだろうか。


 じー、じー・・・

 じじっ! と蝉が鳴いて飛んだ。

 すとん、とカオルの木刀が下段に落ちた。

 やはり攻めるつもりだ。


 だが、アルマダが正眼に構えたまま動かない。

 攻められない。

 このまま攻めても、アルマダならカオルを止める。

 止まれば斬られる。


 ちり、とアルマダの剣がほんの少し前に出た。


(おっ!?)


 カオルが反応していない。


「んっ!」


 と、シズクも小さく声を出した。

 今度は、ちり、とアルマダの身体が前に出た。

 カオルが反応しない。


(ただの稽古で使うか!)


 1戦で凄い集中力を使うから、これは滅多に使わない。使えない。

 それも、1対1でなければ使えない。

 マサヒデも、この町に来てから使った事はない。

 ぶっ倒れてしまうほど、集中力を使うからだ。


 また、ちり、とアルマダが前に出る。

 は! とカオルが驚いて、大きく跳び下がった。

 ほんの少し下がられたら、またやり直し。


「ふっ」


 アルマダが小さく笑って、すたすたと跳び下がったカオルの前に歩いて行き、同じ間合いで構える。


(カオルさん、気付くかな)


 また出てこられても、追い詰められる前に、ひょいと広い方に動けば良い。

 アルマダはがっつり集中力を削られて、簡単に決着を着けられる。


「マサちゃん」


 シズクが庭の2人に目を向けたまま、小さな声でマサヒデに声をかける。


「ん?」


「トミヤス流の奥義?」


「違います。私達は、道場破りに来た人から教えてもらいました」


「カゲミツ様も?」


「父上は知ってました。というか、普通に使ってます」


「そう」


 徒手の拳法家であったが、マサヒデもアルマダも手も足も出なかった。

 なにせ、瞬きに合わせて動いてくるのだから・・・


 間合いの外に居たのに、あっと思ったら、木刀を握る手の上に相手の手が乗っていて、驚いたものだ。

 カゲミツが同じ事をしたので、相手は驚いて頭を下げ、勝負は終わった。


 カオルは初めて見るのだろう。

 アルマダも小さく動いているし、何をされているのか分かるまい。

 また、ほんの少しアルマダが動いた所で、カオルがぐるりと広い方に回った。


(それで良い。長くは持たない)


 アルマダがカオルに合わせてくるりと回って、ふ、と小さく息を吐いた。

 限界ではないが、ここまで。

 まだ、マサヒデとシズクが待っている。

 すっとアルマダも剣を落とし、下段に構え、微笑んだ。


 瞬間、木刀が恐ろしい速さで下段から振られ、カオルが飛び込む。

 ひょいとアルマダが向かってくる木刀に木剣を出す。

 カオルの木刀はアルマダの木剣の上を滑るように伸び、喉元で寸止め。


「そこまで」


 マサヒデの声。


「ふふ。お見事です」


 アルマダがすっとカオルの木刀を手で軽く押して、縁側に歩いて来る。

 カオルは寸止めした体勢のまま、ぴたりと止まっている。

 どすん、とアルマダが縁側に座り、


「ふうー! 今のは疲れました!」


 と、がっくりと肩を落とす。


「マサヒデさん、台所に水瓶がありますから」


「持ってきましょう」


 と、マサヒデが立ち上がりかけて、


「あ、私が」


 クレールがアルマダの前に水球を浮かばせると、ざば! とアルマダが顔を突っ込む。ごくごくと飲んで、そのまま水球の中に手を突っ込んで顔を洗う。

 ばしゃっと顔を勢い良く上げて、


「はあ!」


 と、大きく息をついて、ばたん、と仰向けになる。


「いやあ、今のは参りました! 少し休憩を下さい」


「そうしましょう。あれは疲れるでしょう」


 そう言って、マサヒデは庭に下り、固まったままのカオルの横に立つ。


「終わりましたよ」


 カオルの顔が青くなっている。

 ぽん、と肩に手を置くと、カオルがゆっくりと木刀を下げた。


「単純な仕掛けです。教えてあげますよ。

 多分、忍の術にも同じようなのあると思いますから」


「あれは、あれは何だったのでしょう」


「カオルさんの瞬きに合わせて、動いていただけです」


「えっ!?」


 カオルが驚いて、ば! とマサヒデに振り向く。

 マサヒデは笑って、


「ははは。言うは易し行うは難し、とは正にこのことですか。

 気疲れが凄いので、余程の方でなければ、長くは出来ません。

 アルマダさんが剣を下げてしまったのは、もう持たないという判断です」


「そうでしたか・・・」


「今のは良い経験になったでしょう? 離れて正解でした」


「ご主人様も」


「出来ますよ。出来ますけど、疲れますからね。

 1戦出来れば良い所ですし、少し長引けば気疲れで隙を作りかねないし。

 勝てても・・・」


 縁側のアルマダに目をやって、


「あんな風にばったりですので、やりません。

 私達程度では、ほとんど捨て身の技術ですから。

 これを稽古で使うか、と思いましたけど、稽古じゃなきゃ使えない、ですね。

 良いものを見せてもらったでしょう」


 マサヒデもアルマダも、こんな技術を持っていたとは・・・

 カオルは寝転んだアルマダを見て、ぞく、と小さく身震いした。

 部屋の中で、シズクが凄い目でアルマダを見ている。

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