第542話 アルマダとの稽古・2
郊外のあばら家。
騎士達全員がカゲミツに呼ばれて出て行き、昼はアルマダが1人きりになってしまうため、皆でアルマダと稽古をしに来たのだが、初手がマツであった。
2人が庭の真ん中辺りで向き合う。
「それでは」
「うふふ。お手柔らかに」
マサヒデ1人だけがにやにやしながら、
「始め!」
ぺこ、とマツがにこにこしながら礼をして、アルマダも礼を返す。
す、とアルマダが正眼に構えて、マツがひょいと右手を上げた。
ずん! とアルマダの周りの地面が勢い良く屋根より高く上がる。
「うおっ」
と、アルマダの声がした瞬間、アルマダが空高く飛んでいく。
すっと地面が戻り、ちょいとマツが指を動かすと、背の高さ程の鍾乳石のような尖った石が隙間なく並ぶ。
「あらあ・・・」
シズクが点のようになったアルマダを見上げる。
魔術が使えないアルマダはもう終わりだ。
尖った石など無くても、落ちてきたら死ぬ。
「マツさん、もう、一本ですから」
マサヒデが声を掛けると、落ちてきたアルマダが、途中でゆっくりになり、ふわふわと尖った石が並んだ場所の隣に降りてくる。
どすん、と尻もちをついて、がっくりと項垂れて、
「くそっ! 参りました・・・」
「うふふ。どうでした? 土の魔術でも空高く飛べるんですよ」
ぱちぱちぱち、とクレールとラディが口を開けて拍手する。
「降りる時だけ、風で勢いを殺すんですね!」
「その通り。風の魔術で飛ぼうとすると、どうしても1拍必要ですけど、これなら即飛べます。空中で風の魔術を出しながら、方向を変えるんですよ」
「さすが師匠です」
マツが頷いて、
「雑で良いので、勢い良く持ち上げるだけ。ラディさんでも出来ると思います。
咄嗟に避ける時なんか、少し持ち上げるだけで、相手より高く飛べますね。
真っ直ぐだけでなく、斜めにしたり。
そのまま風の魔術をまとえば、着地する場所もずらせます」
「お見事です」
ラディが深く頷く。
マサヒデも頷いて、
「では次、クレールさん。試したい事があるって言ってましたね」
「はい!」
「お願いします」
「行きます!」
むん! と気合を入れて、クレールが立ち上がる。
えっ、とアルマダが座り込んだまま顔を向け、
「ちょっとちょっと! マサヒデさん!」
「なんです」
「次はクレール様ですか!? 死んでしまいますよ!」
「大丈夫ですよ。ラディさんも来てますし」
「・・・」
にやっとクレールが笑って、部屋の隅に立て掛けてあるアルマダの剣を取り、
「此度は真剣で!」
マサヒデとマツ以外、全員がぎょっとして両手で剣を抱えるクレールを見る。
「おや、クレールさん、自信ありげですね」
「真剣でないと、ハワード様が危ないです」
「ほう?」
クレールがぺたぺたと歩いて行って、縁側を下り、
「ハワード様」
アルマダが顔を引き締め、
「分かりました。そのつもりでいきます」
クレールから剣を受け取り、縁側に木剣を置いて、腰にベルトを巻き、剣の位置を直して、ぎゅっと締める。
「マサちゃん」
シズクが心配そうに声をかけたが、
「自信あるんじゃないですか。まず見ましょう。危なかったら止めれば良い」
「大丈夫?」
「大丈夫でしょう」
2人が庭の真ん中に立ち、礼。
「では、はじめ」
クレールが杖を構え、アルマダが剣を構える。
「参ります!」
「どうぞ」
む、と杖を立ててぶつぶつとクレールが呪文を唱える。
また大きいのを召喚するのか?
と、マサヒデが見ていると、
「おっ!?」
アルマダが驚いて顔を左右に振る。
アルマダの周りを、ぐるりと狼が囲んでいる。
(ああ、なるほど)
クレールなら、虎ならおそらく2頭、熊なら1頭が限界。
魔剣で魔力を補充しながらなら、何頭でも呼べるだろうが・・・
あとは集中力が持つかどうかだけ。
今回は魔剣を使っていないから、狼程度。
「止めますか。クレールさんが危ない」
「え?」
ラディが驚いて皆を見たが、カオルもシズクも、ふうん、と言った顔だ。
「ほら。アルマダさんを見て下さい。余裕たっぷり」
驚いたのは、最初の一瞬だけ。
マサヒデが「ほら」と指差した瞬間、横薙ぎに正面の狼をばさっと斬り払いながら囲みから跳び出して、ぴたっとクレールの顔の前に剣を止める。
「あっ」
ぺたん、とクレールが尻もちをついて、
「そこまで」
マサヒデが止めた。
すうっと残りの狼も消える。
「お見事です」
と、アルマダが剣を納め、手を出して、クレールを立ち上がらせる。
「ううん・・・」
首を傾げながら、クレールが歩いて来る。
アルマダも縁側に歩いて来て、置いてある木剣を取ろうとしたが、
「アルマダさん、待って。クレールさん、もう1回。今度は魔剣を使って」
「えっ」
アルマダもクレールも、ぴたりと止まってマサヒデを見る。
「折角の真剣の稽古です。クレールさんも、本気でいきなさい」
「え、でも、でも」
「実戦では使うんです。今回も使いなさい。
使うとどうなるか、私達に見せて下さい。
使役するんだから、寸止めは出来ますよね。
当たっても、手足の1本や2本、アルマダさんなら平気です」
手足の1本や2本?
さすがにカオルもシズクも驚いて、
「ご主人様、ただの稽古でそれは、いくら何でも」
「そうだよ! ラディなら治せるけど、痛いじゃないか!」
2人が非難するように声を上げたが、マサヒデがアルマダに、
「どうします」
と尋ねると、アルマダは爽やかに笑って、
「やるに決まってるじゃないですか。
クレール様、今度は本気を見せて下さいよ」
「ええーっ!? や、やや、やるんですかあ!?」
クレールが仰天して仰け反ったが、
「本気でお願いします」
と、アルマダが頭を下げる。
「ほら。クレールさん、お願いされてるんですから」
「う、う」
「クレールさん。失礼のないよう、本気でお願いしますよ」
「ご主人様」「まじかよ」
カオルもシズクも顔色が変わっている。
クレールの顔も真っ青だ。
「さあ、位置について」
マサヒデの落ち着いた声。
ラディもマツも、唖然として歩いて行くアルマダを見ている。
「クレールさん」
「は、はー、はい・・・」
ごくっと喉を鳴らして、クレールがアルマダの前に立つ。
「ラディさん、念の為、私と縁側に。すぐ飛び出せるように」
「は! はい!」
マサヒデとラディが縁側に並んで座る。
さて、譲られた1手で、クレールは何を呼ぶのか。
クレールが右手を腰の裏の魔剣に手を添える。
もやもやと鞘から黒い霧が溢れる。
左手で、杖を立てて構える。
アルマダは、変わらず正眼に構えたまま。
「では、始め」
クレールが召喚した瞬間、皆が驚いた。
呪文も唱えず、一瞬でアルマダの周りを大きな動物が囲む。
ひ、と小さな声を出して、ラディが背を反らせる。
「ほう」
隙間なく、魔獣と化した虎がアルマダの周りを囲む。
実際に虎の魔獣を見るのは初めてだ。
高さはアルマダの背ほどの高さがあり、所々に鱗のような、石のような訳の分からない物が見える。
さすがにこれは大きすぎる。狼のように斬り払って前には出られないだろう。
「ううむ! これは参りました!」
囲みの中から、アルマダの声。
すうっと魔獣が消える。
マサヒデが縁側から中に振り向いて、
「ほら。何もなかったでしょう。
ちゃんとクレールさんが使役してるんです。
稽古なんですから、敵わないと思ったら、参りました、で済むんですから」
皆が顔を青くして、クレールに頭を下げるアルマダを見る。
慌てて、クレールも頭を下げた。
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