第541話 アルマダとの稽古・1


 魔術師協会、昼。


 冒険者ギルドで朝稽古を終え、マサヒデ達が帰ってくると、


「おや」


 からからから、と玄関を開けると、見覚えのあるつっかけ。


「ラディさんか」


 死霊術の稽古に来たのだろう。

 これは悪い事をしてしまった・・・

 上がっていくと、


「おかえりないませ」


「どうも」


 と、マツとラディが頭を下げる。

 マサヒデが気不味そうな顔で、


「ああ、ラディさん。こんにちは。

 すみません、今日はクレールさん、午後は予定があって」


「それで来ました」


 マツが笑って、


「マサヒデ様。死霊術の稽古ではありません。

 ハワード様と、本気で稽古が出来るようにと」


「それで呼んだんですか? ラディさん、お仕事は?」


「大丈夫です」


「ううむ。付き合わせてしまって、申し訳ありません」


 空いた時間は、死霊術や鉄砲の稽古に使いたいだろうに。

 ラディは首を振って、


「本気の立ち会いを見るのも、私には勉強です」


「いやいや、本気とは言っても、さすがに真剣ではないですよ」


「十分です」


 ラディが真剣な顔で頷いた。


「ありがとうございます。では・・・」


 くるっと振り向いて、カオルとシズクを見る。

 居間に目を戻す。

 皆が小さく頷く。


「それでは、行きますか」



----------



 マサヒデ達があばら家に着くと、アルマダが稽古着のまま寝転んで、読売を読んでいて、ん? とマサヒデ達に顔を向けた。行儀が良いアルマダにしては珍しい。完全に気が抜けていて、入るまでマサヒデ達に気付かなかったようだ。


「あっ」


 マサヒデだけなら構わないが、女性陣までいる。

 アルマダはさっと身体を起こして、


「いや! 違う・・・ううむ、お恥ずかしい所を」


 マツとクレールがくすくす笑う。

 マサヒデも笑って、


「何を言ってるんです。道場では大の字に寝転んでいたではありませんか」


「そんな事はしません」


「父上にのめされて、庭で寝ていたじゃありませんか。

 いや、あれは気を失っていたのか」


「ははは! まさか」


「アルマダさん。これ以上、言わせないで下さいよ」


 観念したように溜め息をついて、


「ふう・・・何なんです」


 マサヒデが両手に持った弁当を置いて、縁側に座り、


「1人で暇を持て余していると思いましてね。

 ひとつどうです。皆さんと立ち会いでも」


 ん、とアルマダが庭に立っている皆を見る。

 皆、弁当を抱えている。


「それはありがたいですが・・・その弁当の山は何です」


「ああ、これはちょっと理由がありまして。

 余ったら、夕餉に食べて下さい」


「余ったら?」


「クレールさんが、とっておきを出すかもしれませんから。

 あれを使うと、一気に空腹になってしまうもので」


「とっておき」


 と、胡乱な顔をして、は! と目を開いた。

 クレールはレイシクランだ。

 霞のように消えるという・・・

 すっとアルマダの目が細くなる。


「ああ、なるほど。クレール様のとっておきですか」


 アルマダがクレールをじっと見つめる。

 う、とクレールが視線に絶えきれず、目を逸らす。


「ははは! アルマダさん、私の妻に色目を使うのはやめて下さいよ!」


「ふ、レイシクランのとっておきと聞いたら、色目も使いたくなります」


 冗談を返しつつも、アルマダの目が据わっている。

 手を伸ばして木剣を取って、すっと立ち上がり、


「やりましょう」


「まあ、そう焦らず。まずは弁当、置かせてもらって良いですよね」


「む、そうですね」


 皆が縁側に弁当を運んで来て、マサヒデとアルマダが部屋の奥に運ぶ。


「後は・・・」


 騎士達の馬はいないが、ヤマボウシが居る。

 マサヒデが近付いて行って、手綱を取り、


「マツさん、ちょっと来て下さい」


「はい」


 2人で外に出て、入り口から少し離れた所で、


「この変に、石で柱を立てて下さい。こいつ繋ぎますから」


「はい」


 ずん、と一瞬で土が細く盛り上がる。

 マサヒデが、ぽん、と触ってみて、がす! と蹴りを入れる。

 腕くらいの太さしかないのに、びくともしない。


「ううむ・・・マツさん」


「もっと高い方が良かったですか?」


「いや、この程度の細さしかないのに、なんでこんなに硬いんですか?

 普通の石なら折れてしまいそうですが」


「うふふ。中に石の芯を入れて、表を土で固めたんです」


「ううむ・・・上手いこと作りますね・・・」


 ヤマボウシの綱を縛り付ける。

 トモヤが遊んでいてくれているお陰か、随分と大人しくなったものだ。

 ぽすぽす、と首に手を当てると、ん? とマサヒデに顔を向ける。


「こいつも、大人しくなりましたね。

 捕まえた時は虫でも驚いて駆け出しそうなくらい、ぴりぴりしてましたが」


「一度、毛を揃えてあげては? たてがみも尻尾も伸ばし放題ですから」


「そうしましょうか」


 中に戻って、入り口の所で、


「では、マツさん。壁の内側、思い切り硬い土の壁で囲ってもらえますか。

 石の魔術とか飛ばしても平気なように」


「壊れても、私が直しますよ」


「念の為です。通行人に当たったら大変ですから。

 家の方は、壊してしまったら頼みます」


「はい。分かりました」


 どん! と音を立てて、あばら家の周りの壁沿いに、土の壁が出来る。


「如何でしょう?」


「ありがとうございます」


 すたすたと皆の所に歩いて行く。


「さて、これで準備は出来ました。始めましょうか」


 にやっと笑って、アルマダが立ち上がり、肩をくるん、くるん、と回す。


「焦らさないで下さいよ」


「あ、そう言えば、床板は変えたんですよね。シズクさん、入れます?」


 アルマダが部屋の方に首を回して、


「大丈夫でしょう。ほら、鎧も置いてありますし」


「うん、では皆さん。順番を決めましょう。最初は」


 はい、と皆が手を挙げたが、マツも手を挙げたので、さっと下げる。


「ははは! アルマダさん、いきなり大物です!」


「うふふ。譲って頂き、ありがとうございます」


 にっこりマツが笑う。

 アルマダの顔が引き締まる。


「む・・・いきなりマツ様からですか・・・」


「ふふふ。さ、皆さん上がって。マツさんの魔術を見せて頂きましょう」


 ぞろぞろと皆が上がる。

 シズクだけ、そーっと足を乗せて、慎重に歩いて来る。


「うん・・・大丈夫そうだ」


 皆が座った所で、マサヒデがにやっと笑って、


「そうそう。ラディさんが来ていますから」


 む、とアルマダがラディを見る。


「マツさん、殺さなければ大丈夫ですよ」


「はい。では、ちょっとだけ本気で行きます」


 皆が緊張した顔で、マサヒデとマツを見る。

 アルマダが小さく喉を鳴らして、


「ホルニコヴァさん。頼みます」


「は、はい!」


「アルマダさん。相手は魔術師ですから、初手だけ譲って下さいね」


「えっ」


「えって何です。やっぱり、速攻で終わらせようとしてたんですか?」


「いや、それは」


「まあ、真剣勝負であれば当然ですけど、稽古なんですよ。

 初手だけ譲って下さい」


 くす、とマツが笑って、


「鎧は無くても宜しいのですか?」


 ははは! と、マサヒデだけが笑う。

 アルマダも苦笑して、


「マツ様相手に、鎧の意味ってありますか?」


「うふふ」


「ははは! さ、位置について下さいよ!」


 笑いながら、マサヒデが声を掛ける。

 マツはにこにこしながら。

 アルマダは緊張した顔で。

 2人が庭の真ん中に立つ。

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