アルマダとの稽古

第540話 アルマダは留守居


 翌朝。


 相変わらず、マサヒデとカオルが緊迫した顔で向かい合っている。


(全然抜けてねえなあ)


 シズクが呆れて、縁側のマツを見て肩を竦めると、マツも小さく苦笑した。

 少し離れた所で素振りを初める。


「昨日、アルマダさんと素振りをしていて、新しい発見がありました。

 本日はこの練習をしましょう。簡単な身体の使い方です」


「はい」


「では、いつも通り、力を抜いて振り被って下さい」


 頷いて、カオルが振り被る。


「ほんの少し、1寸も動かさないで股関節を開いて下さい。

 向きはどっちでも構いません」


 く、とカオルが微妙に動くと、すとん、と刀が右肩に落ちる。


「ん!」


 カオルが目を見開き、マサヒデが頷く。


「これで、左右の袈裟斬りが出来ますね」


「これだけでしたか・・・」


「股関節というより、仙骨を少し開くような感じでしょうか。

 その方が、起こりが見えづらい」


「はい」


「では、今日は向き合って素振りをします。

 カオルさんは、私の起こりを良く見ていて下さい。

 私も、カオルさんの起こりを見ています」


「はい」


 マサヒデがカオルから少し間合いを離して立ち、練習用の刀を抜く。


「上に振り被るまでは同じ。

 その後、唐竹、左右の袈裟と、順に振ります。

 では、振り被って」


 ぴたりと止めて、


「カオルさん、もっと脇を閉めて。手首がブレる」


「は」


「正面から見た方が良いですね。では・・・1」


 ぴゅん! 2人の刀の樋音が被って、同時に振られる。

 振り被る。


「右袈裟」


 すとん、と右肩に刀を落とす。


「2」


 ぴゅん! 2人の刀の樋音が被って、同時に振られる。

 マサヒデが振り被ったが、カオルが止まる。


「ご主人様。落としてから振り下ろすのではなく、振りながら落とすのでは」


「ん・・・どうですかね・・・」


 マサヒデがゆっくり振り下ろしながら、股関節を回す。

 筋は曲がっていき、三日月のような薄く丸い軌道になってしまう。


「これではまともに斬れませんし、下手に入ってしまうと刀が曲がる。

 あ、いや、少し待って下さい」


 腰の高さで刀を止めたマサヒデが、首を傾げる。

 切先が左を向いている。

 このまま下まで下げて左からの切り上げはどうだろう。


 もう一度振り被り、同じ様に振り下ろす。

 くると手首を軽く回せば、切り上げだ。


「うん、使える。初撃をわざと外して、こうやって手首を回せば左の切り上げ。

 鼻先を掠める程度、当たらないように下ろして、返す刀で斬る」


 マサヒデが逆袈裟に振り上げる。


「カオルさん、これいけます。

 まだ切り上げ方は分からないですけど、これは無願想流で振れば良い」


 カオルが首を傾げ、


「手首は回し切らずとも良いのでは?」


「というと?」


「そこから無願想流に繋げるのであれば、どの筋でもいけます。

 身体ごと持っていくのですから、深く踏み込んで薙いで胴も良し。

 手が出ていれば、浅く踏み込んで小手も良し。

 相手の左足が出ているのであれば、足の付け根の内側を狙うも良し」


「確かに・・・そうか、無願想流なら返す筋はどうでも良いんだ。

 いや、改めて、無願想流って凄いですよね」


 カオルは一旦刀を垂らして、小さく首を傾げ、


「私が思うに、無願想流は横から、下からは強いですが、真っ向から振り下げるとなると、身体ごと場所を動く振りがどうしてもその場で止まり、無願想流の強みがなくなります。コヒョウエ先生のこの振りで、そこを埋められます」


「なるほど・・・」


「逆に言えば、袈裟斬りより下は考えなくても良いのでは。

 いや、むしろ袈裟もいらないのでは?

 真っ向の振り下げ以外は、全て無願想流で振れます。

 私もご主人様も、無願想流の振りが身体に合っております」


「・・・」


 マサヒデが顎に手を当てて黙り込む。

 本当に必要ないだろうか?

 確かに、カオルの言う通り、自分もカオルも無願想流が身に合っている。


「我々は無願想流をやっと身に付けたばかりです。

 イマイ様からは三傅流の抜刀も教えて頂きました。

 この上アブソルート流までは、贅沢に過ぎると思いますが。

 稽古も追いつきません」


「それは・・・」


 マサヒデが顔を上げて、ぐ、と言葉に詰まる。

 全く返す言葉がない。


「それは、私も・・・そうだと思います」


「では、他の筋の振り方は、まず真っ向の振り下げが出来た後で良いのでは?

 もう、袈裟斬りの振り方は分かったのですから」


 そうだ。まだ、真っ直ぐ振り下ろすだけの事が出来ていない。

 袈裟斬りなど、まだまだ先だ。


「ううむ、カオルさんの言う通りです。

 ただ上げた刀を、そのまま振り下ろす、というだけの事が出来ていない。

 なのに他の筋まで振ろうだなんて、私は何を考えていたのやら」


「いえ、振り方が分かってしまったのですから、興奮するのも当然です。

 ですが、まずは基礎を固めてからです」


 マサヒデは頷いて、


「その通りですね。袈裟斬りはまだ先です。

 では、振り上げて、振り下げて、あと48回です」


 少しだけ、マサヒデの緊張感が抜けた。


「は」


「構えて・・・3」


 ひゅん! とマサヒデの刀の樋音が高く鳴った。

 う、とカオルが目を見開く。

 真正面に立って見ていると、振りが変わったのが、はっきりと見てとれた。


「今、音が変わりましたかね」


 マサヒデが柄を顔の前に持ってきて、じっと手を見つめる。


「へえ・・・この感じか・・・」



----------



 朝餉を済ませた後、マサヒデ達はのんびりと茶を飲んで一服。

 マサヒデは縁側で木に止まった雀を眺めながら、くぴ、と茶を一口。


 この後は冒険者ギルドで朝稽古だ。

 こちらでは無願想流を磨きたい。


 そうだ。今日はアルマダが1人だし、午後はあばら家に稽古に行こうか。

 留守居で1人だから、アルマダはあのあばら家を離れられない。

 今、あのあばら家には、高級品が山になっている。


「マツさん」


 くるりと身体ごと振り返って、マツに声をかける。

 ちょうど湯呑に口をつけた所で、目だけマサヒデに向け、こくん、と飲んで、


「はい」


「午後は、いつ頃空きますかね?」


「もう溜まった仕事は片付けましたし、いつでも構いませんよ」


 マサヒデは頷いて、


「カオルさんは?」


「いつでも」


「クレールさんは?」


「お出掛けですか!? 大丈夫ですよ!」


「シズクさんは?」


「大丈夫だよー」


 マサヒデはにっこり笑って頷き、


「よし! 今日の午後は、皆でアルマダさんの所に行きましょう」


 おや? とマツが少し首を傾げ、


「全員で、ハワード様の所ですか」


「ええ。今日、明日、明後日かな? アルマダさんが1人ですから・・・

 特に、マツさんとクレールさん。魔術師相手の稽古を頼みます」


「あらあら」


 と、言いつつ、にやっとマツが笑った。

 クレールも嫌らしく笑って、


「んふ、んふふ・・・私も丁度試したい事があるんですよお。

 マサヒデ様に、練習相手になってもらおうと思ってたんですけど!」


 シズクも笑う。


「へっへっへ。私も! ちょーっと練習したい事、あるんだ!」


 カオルも笑う。


「やはり立ち会いでの稽古が一番ですね。

 以前は簡単にあしらわれましたが・・・

 今の私が、ハワード様にどこまで通じるか」


 マサヒデが頷く。


「ここには、魔術師に忍に棒使いと、色々揃ってますからね。

 ふふ、アルマダさんも、良い稽古になるでしょう。

 では、ギルドに朝稽古に行きますか」


 微笑んでマサヒデは立ち上がり、カオルとシズクも立ち上がる。


「今日の朝稽古は軽めにしましょう。午後は、全力になりますよ」


 座ったままのクレールを見下ろして、


「クレールさんは、今日は雀の稽古はやめて、読書でもしてて下さい。

 アルマダさん相手では、気疲れで簡単にやられます」


「え」


「そんなにです。何度か見ていたり立ち会ったりしましたが、魔術師は魔力が切れるより、集中力の隙間を突くと割といけます。得物を使う方も、魔術を同時に使うと、急に動きが単調になる方が多いですし」


 マツが小さく頷く。

 マサヒデも頷いて、


「三浦酒天で弁当を持てるだけ買って行きましょう」


 持てるだけの弁当。

 これはクレールに『本気』を出せ、と言う事か。

 嫌でもクレールの緊張感が高まる。


「忍の皆さんは消えたまま動いたり出来ますから・・・

 クレールさんは、そこの訓練も必要ですね」


「はっ、はっ、はいっ!」


「では、カオルさん、シズクさん、行きましょう」


「は」「はーい!」


 カオルとシズクも立ち上がる。


「行ってらっしゃいませ」


 マツが手を付いて頭を下げる。

 慌ててクレールも頭を下げる。


「行ってらっしゃいませ!」


 3人が出ていく。

 皆が出て行った後、ふふ、とマツが笑い、


「クレールさん、楽しみですね。ラディさんもお呼びしましょう。

 ラディさんがいれば、本気でいけます。

 建物が壊れても、私が直しますから」


「はいー・・・」


 クレールはどきどきと胸を高鳴らせる。

 マサヒデがあそこまで入念に注意する相手。

 稽古になるだろうか!?

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