第516話 妖刀を見る・受付嬢編


 冒険者ギルド、受付。


「こんにちは」


 は! と受付嬢が顔を上げて、


「あっ! トミヤス様、こんにちは・・・」


 おや?

 何かもじもじしている。

 いつも元気な声で挨拶してくれるのだが・・・


「どうかされましたか? 体調でも」


「あ、いえ、そうではないんですけど」


 下からちらちらとマサヒデを見ている。

 先日、何か、不味いことでも言ってしまったか?

 それとも、あの贈り物におかしな所でもあったのか?


「あの」


「はい!」


「昨日あげた、あの贈り物に、何か」


 びく、と受付嬢が身を固める。


「気に入りませんでした? やっぱり金属だから重すぎるとか」


「いえいえ! そうではないんです、素晴らしい品でしたけど」


 狼狽える受付嬢。

 もらったその場で売ってしまった、なんて・・・

 もじもじ。ちらちら。


「一体どうしました? 何か変ですよ」


「・・・あ、あの!」


 ば! と顔を上げて、ばしん! と手を付いて机に額をこすりつける。


「わ!?」


 マサヒデが驚いて、身を反らせる。

 勢いで、置いてあった書類がばさっと受付の向こうに落ちてしまった。


「ももも申し訳ありません! あのティーセット、売ってしまいました!」


「ええ?」


「私が使うには高すぎて! 怖くて使えないから! 売ってしまいました!

 申し訳ありませんでした!」


 大声で謝る受付嬢に驚いて、ロビーがしんと静まり返り、冒険者達が驚いてこちらを見ている。


「ふっ、ははは! なあんだ、そんな事! 気にしなくていいですよ!」


「い、いえ! あんなに高い物を頂いてしまって!」


「大丈夫です。だって、私ももらった贈り物、売っちゃうんですから。

 今も、マツさんとクレールさんが、売る、売らないって分けてるんですよ。

 なので、気にしないで下さい」


「お許しありがとうございますうー!」


「ははは! 大袈裟な!」


 マサヒデがげらげら笑っていると、冒険者達も、なあんだ、と元に戻る。

 おずおずと受付嬢が顔を上げると、マサヒデは笑いながら桐箱を置いて、


「ま、お気になさらず。で、今日は、配達の依頼をしたいのですが」


「は、はい! えと、この箱ですか? 刀?」


「ええ。鑑定の為に、文科省に運んで頂きたいんです。

 それと、鑑定の後、トミヤス道場に送ってほしい、という感じです」


 マサヒデはがさっと袂から『刀剣類鑑定希望書』を出す。


「さっき役所に持ってったんですけどね。酷いんですよ。

 配達で何かあっても、役所も配達も文科省も一切責任取りません、だなんて。

 それじゃ、配達人が盗んで逃げても責任無し、問題なしじゃないですか」


「ええー! それはちょっと酷いですねえ・・・」


 受付嬢もさすがに呆れ顔だ。


「なので、この鑑定希望書って奴と一緒に、文科省に運んで頂きたいんです」


 一瞬、マサヒデは笑って、ちらちらと周りを見てから、口に手を当てて、そっと受付嬢に顔を近付ける。受付嬢も、顔をぐっと寄せてくる。


(これ、ただの刀じゃないんです)


(と言いますと、魔剣みたいな?)


(マサムラです。あのマサムラ。本物の)


「え!?」


 がたん! と椅子を倒して、受付嬢が驚いて仰け反る。

 やっぱり引っ掛かった。

 マサヒデは神妙な顔で頷き、


「・・・ですので、見るのは構いませんけど・・・

 絶対に鞘から抜かないよう、厳重に注意して頂いて」


「はっ・・・はっ・・・」


 受付嬢の額の横に、つうー・・・と冷や汗が落ちていく。

 顔も真っ青。

 我慢し切れなくなって、思わず吹き出す。


「ぷっ・・・あはははは!」


 また、マサヒデが大声で笑い出して、冒険者達も今度はなんだ、とにやにやしながら受付の方を見ている。


「ど、どど、どう・・・」


「マサムラは妖刀なんかじゃありませんよ!」


 聞こえた冒険者達が、げらげら笑い出した。

 受付嬢がマサムラと聞いて驚いてしまったのだ。


「え、え」


「あんなの嘘っぱちです。マサムラって、実は大量生産の刀です。

 そこら中にごろごろ転がってますよ」


「ええっ!? そこら中に!? 妖刀が!?」


 また冒険者達がどっと笑いを上げる。


「ははは! だから、妖刀なんかじゃありませんって!

 呪いとか、霊が宿ってるとか、そんなのなし!

 ただの安物の刀! それがマサムラです!」


「ええー! 安物なんですか!?」


「ははは! そうですよ! 普通の刀です。しかも安い!」


 マサヒデがロビーの方を向いて、


「誰か来て下さーい! この妖刀マサムラ、どうぞご覧あれー!」


 と声を掛けると、にやにやしながら近くのテーブルの3人が寄って来た。

 1人が真面目な顔で、


「おおっ! トミヤス先生! これがマサムラでござるかー!」


 女冒険者が箱を取って、蓋を開ける。


「なんとまあ! この禍々しい姿よー!」


 と、にやにや笑いながら、ゆっくり鞘から抜く。

 出来の良さにちょっと驚いた顔をしたが、すぐに笑い出し、


「あははは! 今日のマサムラは血を求めておりますなあー! あははは!」


 笑ってから、すぐに鞘に納めた。


「ははは! という訳で、別に触ってもなーんでもない、ただの刀です。

 や、皆さん、ありがとうございました」


「あははは!」


 笑いながら、3人が戻って行く。

 ロビーの冒険者達も、腹を抱えて笑っている。


「ま、見ての通り、持ってもなーんて事のない、ただの刀!

 大量生産にしては、かなり綺麗な物なので、鑑定に出したいだけです」


「ひ、酷い!」


 マサヒデはにやにやしながら、


「私はこれが妖刀だ、なんて、一言も言ってませんよ」


「でも、でも! ただの刀じゃないって!」


「ええ。マサムラの刀にしては、えらく綺麗ですからね。

 多分、買ったら、金貨150枚くらいだと思います。

 いや、そんなにいかないかな?」


「え! ええっ!? そんなに!?」


 受付嬢が、今度は値段に驚く。


「まともに使える刀って、最近の物なら安くても金貨30枚って所です。

 昔の名のある人の刀になると、100枚超えてきます。

 これは昔の名のある人の刀で結構良い物なので、140か50でしょうか」


「刀ってそんなに高かったんですか!」


「そうですよ。冒険者さん達、見て下さい」


 と、マサヒデが頷いて、ロビーの方を向く。

 受付嬢もロビーを見る。

 刀を持っている者は1人もいない。


「そんなに高いくせに、すぐ折れたり曲がったり、欠けたり。

 壊れちゃった、じゃあ買い替え、なんて簡単に出来ません。

 皆さんが刀を使わないわけ、良く分かったでしょう?」


「はい。驚きました・・・」


 マサヒデは受付に向き直って、


「で、これ首都の文科省まで運んで、トミヤス道場に持って帰るとなると、いくらくらいしますかね?」


「え!? ええと・・・ええと・・・パーティーを雇って慎重に運ぶなら、多分、金貨5、6枚か、ううん、もう少しでしょうか? ただ早馬で運ぶだけなら、金貨1枚くらいだと思いますけど」


 ふむ、とマサヒデは首を少し傾げて、


「鑑定を待ってからこっちにまた運びますから、早馬で片道って訳にはいかないですよね?」


「あ、そうでした」


「別に、がっつり固めて運んで貰わなくても構いませんし、特に日限も切りませんので、ちょっとこちらを」


 と、マサヒデがにっこり笑って、親指と人差し指で丸を作る。

 くす、と受付嬢が笑って、


「分かりました! では、その旨お伝えしておきます!

 後ほど、魔術師協会にご連絡しますね!」


「ああ、構いません。

 こちらにはしょっちゅう来ますし、その時に教えて下さい」


 振り返りかけたマサヒデを、


「あの、ところで!」


 と、ぐぐっと受付嬢が身を乗り出し、マサヒデの雲切丸に顔を近付けて、そっと指を差し、


「これ、パーティーの時に、虎を斬ったやつですよね。

 いくらしたんですか?」


「いくら位だと思います?」


 鞘が凄くきらきらしている。

 金具には金が使われている。

 いくらだろう・・・


「えっと・・・金貨500枚?」


 マサヒデはにっこり笑って、


「もっとです。この鞘だけで、多分100枚は軽く超えます」


「ひぇー・・・」


「あ、どこかの美術館から盗んだりとかじゃないですからね。

 これは勇者祭の相手が持ってた物で、タダで入手しました」


 本当は無人の屋敷から持ち出したのだが、それは秘密だ。


「そんなのが、タダでですかあ・・・」


 マサヒデは口に人差し指を当てて、


「そんな物だってのは秘密ですよ。泥棒が来たら大変ですから」


「は、はい」


「では、また」


 振り返ったマサヒデの腰の刀が、日を浴びてぎらぎら光っている。

 いくらするんだろう・・・

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