第515話 鑑定は面倒
オリネオ町役場。
(ううむ)
相変わらず混んでいる。
刀の桐箱を持っていると、邪魔で仕方がない。
きょろきょろと顔を回し、案内を探す。
文科省に提出すると言っても、どこで受け付けてくれるのか分からない。
案内の列に並んで、うんざりしながら四半刻。
受付の中年男が小さく笑って、
「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょう」
マサヒデは抱えた桐箱をくいと上げて、
「この刀を、文科省に鑑定に出したいのですが」
お、と受付の男は少し驚いて、
「文科省の鑑定ですか?」
「あ、珍しいは珍しいですが、中身は大した事ない物ですから」
「珍しい、ですか・・・」
言いながら、机の横の小さな引き出しを開けたり閉めたりして、2枚の書類を出して、マサヒデの前に置く。
「まず、鑑定費用として、銀貨が50枚必要になります」
「え、鑑定ってお金がかかるんですか?」
「はい。あと、送料も別途かかります。
こちらは、大きさと重さで変わりますので、後ほど。
お金はお持ちですか?」
「ええ、まあ」
一応、出る時は金貨を数枚は懐に入れている。
これだけあれば、足りるとは思うが・・・
受付が1枚目の紙を指差し、
「では、こちらの『刀剣類鑑定希望書』という書類のここですね、お名前とご住所と。買い取り希望の際は、ここにもですね。鑑定後、まず鑑定結果の報告が届きます。で、こちらの売却先が決まりますと、その報せも届きますので」
2枚目を指差して、
「こちらが同意書ですねー。簡単に言うと、配送途中に盗まれた場合はどうなるとか、そういう事が書いてあります。面倒でしょうが、しっかり読んで下さい。同意ということでしたら、一番下のここにサインをお願いします」
「はあ」
差し出された2枚目の紙には、細かい字でびっしりと上から下まで。
うわあ、と顔をしかめたマサヒデに、受付の男が笑いながら、
「あちらの机で、まず書類に目をお通し下さい。
で、必要な項目を書き込んで頂いて、同意書にサインを願います。
終わりましたら、その書類を持って2階の16番の受付に行って下さい」
「2階の16番ですね。分かりました」
受付の男が小さく笑って、
「2階は混んでませんから」
マサヒデも苦笑いをして軽く頭を下げ、
「ありがとうございました」
と、書類を持って受付を離れる。
「次の方どうぞー」
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まず1枚目。
鑑定希望者名。
(マサヒデ=トミヤス、と)
希望者名住所。筆を下ろそうとして、ぴたりと手が止まった。
(・・・住所?)
そう言えば、オリネオ魔術師協会の住所はどこなのだろう?
この町では『魔術師協会』と言えば通じていたので、分からない。
聞けば分かるだろうか、と受付を見たが、またあの列に並ぶのは・・・
(2階で聞けば良いか)
買い取り希望。
どうしようか?
イマイが見るには結構良い品のようだし、買い取ってもらわず、蔵に送るか。
おや。
下まで見ていくと、返送先がある。
※希望者と返送先が違う場合、こちらに返送先の名前と住所をお書き下さい。
(ああ、ここに道場の住所を書いておけば)
これで、鑑定後にトミヤス道場の蔵に送られる。
カゲミツ=トミヤスと名を入れて、トミヤス道場の住所を書く。
もう一度、上から下まで見直して、記入漏れがないか確認。
(よし、と)
筆を置いて、2枚目。
手に取って、かくん、と首を落とす。
これを全部読むのか・・・
うんざりしながら、上から目を通す。
配送の際について。
事故、盗難、破損等の責任は、役所、文科省、その他関係者の全てにおいても、一切負う事はありません。
(はあ?)
嫌だったら自分で持ってけ、ということか。
もう次を読んでいく気にはなれない。
こんな事を同意書に書かれたら、とても役所任せには出来ない。
これは、冒険者ギルドに依頼して運んでもらった方が良さそうだ。
値は掛かるが、ギルドなら、事故などの保証もしてくれる。
1枚目の鑑定希望書だけもらって、ギルドに行こう。
一応、言われた所に持って行って、確認だけするか・・・
はあ、と溜め息をついて、マサヒデは書類を持って2階に上がって行った。
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言われた通り、2階は空いていた。
廊下に、番号が書いてあるドアの前に長椅子が置かれ、ぽつん、ぽつん、と人が座っている。桐箱を抱えて、すたすたと廊下を歩いて行く。
16番。
待っている者はいない。
ドアの横の窓口を見ると、眼鏡の老人が読売を読んでいる。
「失礼します」
「ああ、はい」
老人が読売を置いて、マサヒデの方を向いた。
「この刀を、文科省に鑑定に出したいんですが」
「ああ、はいはい。中に入って下さい」
「では」
ドアを開けると、受付の老人が「こちらへ」と、ソファーと机に案内する。
机の上に桐箱を置いて、マサヒデが座ると、対面に受付の老人が座った。
受付と手続きも両方やっているのか。暇なんだな・・・
と、思いながら、袂から先程の書類を差し出して、
「文科省に送るのは冒険者ギルドに任せたいので、この鑑定希望書ってやつだけもらうって事、出来ますかね?」
老人がにこにこしながら頷いて、
「や、なるほどなるほど。鑑定は初めてですか」
「はい」
「ま、刀剣みたいな高い物を役所から送る人なんて、ほとんどおりませんよ」
「そうだったんですか?」
「それも鑑定してもらいたい物となれば尚更ですわ。
では、その鑑定希望書の発行代が銀貨1枚です。
それを冒険者ギルドにお持ち下さって、お届けの依頼を出して下されば」
「銀貨1枚ですか。今、金貨しか持っておりませんが、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫ですよ。少々お待ち下さい」
金貨を受け取って、老人は奥に入って行き、すぐに小袋を持ってきた。
「銀貨99枚。お確かめ下さい」
袋を開け、銀貨が入っているのを見て、そのまま懐に突っ込む。
「数えなくてよろしいですか?」
マサヒデは笑って、
「ははは。数えるのも面倒ですよ。お役所で間違いなんかないでしょう」
「や、ご信用、ありがとうございます。
よろしければ、鑑定希望書の記載の確認を致しましょう」
「お願いします」
と、袂から鑑定希望書を出して、
「あ、そうだった。お尋ねしたい事があったんです」
「なんでしょう?」
マサヒデが机に鑑定希望書を置く。
「魔術師協会の住所ってどこでしょうか?
私、少し前から魔術師協会に住んでるんです。
この町だと『魔術師協会』で通じたものですから、住所知らなくて」
「ああ、左様で。住所は私がお書きしましょう」
老人は筆を取って、
「マツ様のお弟子さんでしたか」
「いえ。夫です」
筆を取った老人の動きが、ぴた、と止まり、じわりと汗が吹き出す。
「・・・は?」
「マツの夫です」
老人がゆっくりと鑑定希望書に目を向ける。
『マサヒデ=トミヤス』
返送先に『カゲミツ=トミヤス』『トミヤス道場』
「・・・」
マサヒデ=トミヤス。300人を抜いた若者だ。
この町の者なら、誰でも名前くらい聞いている。
そして、返送先に剣聖の名前と住所。
まさか、この刀はとんでもない刀なのか?
老人は震えを必死に抑え、魔術師協会の住所を書く。
「どうぞ・・・」
「ん、ありがとうございます」
書類を受け取って、マサヒデが袂に入れる。
「興味本位でお聞きするのですが、その刀は?」
「マサムラです。ちょっと珍しい物で。
出来も良いので、鑑定に出そうかと。
来年からの刀剣類の年鑑や図鑑とかに、これが載るかもと思って」
「ああ、マサムラ・・・ですか」
珍しいマサムラ・・・剣聖に送られるマサムラ・・・
この老人も、マサムラが数打ち職人というくらいは知っている。
妖刀なんかではなく、ほとんどは大量生産の物ばかり。
だが、ここにあるのは剣聖に送られるマサムラ。
まさか、本当にあるのか?
ごくっと老人の喉が鳴る。
マサヒデは老人の様子を見て、くすっと小さく笑い、
「変な物じゃありませんよ。
マサムラには珍しく、彫りが入っているんです。
年鑑には、マサムラの彫りがある作って載ってないですから」
「あ、ああ! 左様でしたか! や、この短い寿命が縮むかと・・・」
ふうー、と老人が息をついて、額の汗を拭う。
「ははは! では、失礼しますね」
桐箱を抱えて、マサヒデは出て行った。
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