第514話 妖刀を見る・研師編


 職人街、イマイ研店前。


 がらっ。


「こんにちはー!」


「はーい」


 起きていた。

 少し待っていると、イマイが出て来て、玄関に正座する。

 にっこり笑って、


「トミヤスさん、こんにちは! いやあ、パーティーは良かったねえ!」


「ふふ。死霊術の話ですか」


 おお! と「ぱん!」と手を叩いてイマイが身を乗り出し、


「それっ! あれを思い付いたカゲミツ様とクレール様、凄いよ!

 コウアンが見えるってのも、仰天したけどねー。他にも色々見えるんだよね。

 ラディちゃんとホルニさんが、これから新しい伝を作るんだ!

 いやもう大興奮! 何伝って名前がつくのかな!

 ホルニ伝? ラディ伝? オリネオ伝? トミヤス伝? カゲミツ伝?

 テルクニ伝? クレール伝? 死霊術伝もあるかな? これはないか。

 でもさ、歴史に残る死霊術の使い方の大発見! 楽しみだよねえ!

 きっと、死霊術使いの鍛冶職人が増えていくよ!

 ホルニさんは数ある伝でも一番難しいミカサ伝で、あの腕でしょ。

 他の伝の良い所どりなんて、簡単にとは言わないけど、多分出来ちゃうよね。

 刀匠は50、60で半人前、70で一人前って言うもんね!

 分かる? ホルニさん、50より全然前だよ? 分かるよね!

 まだまだホルニさんが伸びていくんだ! 今でもあんなに凄いのに!

 僕、それ研がせてもらえるんだよ!? いーやもう楽しみで楽しみで!

 人生の楽しみが増えちゃったじゃない! これからどうなるんだろうね!

 長生きしないといけないよね! 100まで研師やりたいよ!

 またシズクさんに肩こり治してもらって、寿命延ばしてもらわないとね!」


 イマイが喋りながらどんどん興奮して、恐ろしい勢いでまくし立てる。

 マサヒデが聞きながら苦笑していると、


「あ、あ! ごめんね、興奮しちゃって」


 イマイも苦笑いをして、恥ずかしそうに少し俯く。


「いえ。私もあれは凄い発見だと思ってますから。

 ところで、今日は見てもらいたい物がありまして」


「見てもらいたい物」


 ちら、とイマイの目がマサヒデの腰に向く。

 マサヒデは頷いて、ぽん、と柄に手を置き、


「ええ。これです。大した物ではないんですけど、珍しいですからね。

 文科省に鑑定に出そうかと思ってるんですが、まあその前にと」


「珍しい。へえ、興味あるなあ。じゃあ、上がってくれる?

 中で見せてもらうよ」


 マサヒデは脇差に手を置いて、


「ついでに、この脇差も見てもらいましょう。

 これも、贈り物の中に入ってたんです。こっちは中々ですよ」


「ほうほう! じゃあ、早く早く!」


 そそくさとイマイが中に入って行く。

 マサヒデもマサムラを腰から抜いて、イマイの仕事場に上がる。



----------



 イマイが湯呑を差し出して、


「さ、まずは一服」


「頂きます」


 ずずっと茶をすすり、


「これ、マサムラです」


「マサムラ?」


 ん、とイマイの顔から期待が抜けていく。

 マサムラには、そうそう大したものはない。

 ふふ、と小さくマサヒデが笑い、


「なんですけど、ちょっと珍しいマサムラです。

 未鑑定品なので鑑定に出して、来年からの年鑑に載ったらな、という事で」


「へーえ」


「ま、どうぞ」


 マサヒデが差し出すと、イマイが両手を出して、


「拝見します」


 と、受け取る。

 くい、と抜いて、


「あ」


 と小さく声を上げた。

 すぐに彫りに気付いたのだ。流石にイマイは目が違う。


「へえ! 彫りがあるじゃない! 出来も良いよ。これは3代だね」


「ええ。マサムラにこういう彫りって珍しいかな、という訳です」


 うんうん、とイマイが頷く。

 くるっと回して見て、にやにや笑い、


「ふふ。少し曲がりがあるね。誰か斬って呪いがついてたりして!」


「ははは! マサムラって聞いた時の、マツさんとクレールさんの顔!

 びっくりして、顔が真っ青になってましたよ!」


「あははは! クレール様、これ見たの?」


 マサヒデは笑いながら頷いて、


「納品に間に合わねえ! ってマサムラが弟子に怒鳴ってたそうで」


「あーははははー!」


 ばしばしとイマイが膝を叩いて笑う。


「うくくく・・・さすがマサムラじゃない!

 いや、そういうのも職人の鑑ってもんだって!」


「ふふふ」


 イマイが笑いながら、ぴたりと平行にして、目を細める。


「いや、マサムラって聞いて、正直に言うと、ちょっと、って思ったよ。

 落ち着いて見ると、これは中々・・・いや、かなり良いよ。

 これは斬れそう。やっぱりマサムラは斬れるよねえ。数打ちとは思えない」


 段々とイマイの笑顔が収まって、真剣な顔に変わっていく。


「特別保存には通りますかね」


「特保は・・・間違いなく通ると見た。良いよこれ。

 重要・・・まではー・・・さーすがに、行かないかな・・・

 うん、凄く良い。この肌、板目がさ、刃の方に柾目になってく所。

 俺がマサムラだって言ってる肌だよ、うん」


 顔を遠ざけ、もう一度近付ける。


「刃紋も良い。この匂口の閉まり具合。

 大湾れに互の目でしょ。足も入ってるし・・・あ、葉もある。沢山ある。

 へえー・・・この刃中の働きも、結構面白いね」


「お目に適って何よりです」


 ん、とイマイが小さく頷いて、鞘に納める。


「これ、予備に持っておいても良いと思うな。

 マサムラって聞いて、正直かなり舐めてたけど、かなり良い」


「予備には、父上からもらった無銘がありますからね。

 イマイさんの目に適う程ですから、実家の蔵で預かってもらいますか」


 うんうん、とイマイが頷いて、にやっと笑い、ぐっと身を乗り出す。


「で? で? その脇差は?」


「これは中々だと思います。多分・・・いや、まずは見てもらいましょう。

 脇差の予備は、これにしようと思ってるんです」


 腰から抜いて、イマイに差し出す。

 にへ、と笑って、イマイが受け取って、


「では、拝見しまーす」


 くい、と抜いて「あ!」と声を上げ、手を止めた。

 ゆっくり、ゆっくりと脇差を抜いていく。

 笑いが消え、眉間にしわを寄せ、目が光っている。


「この濤瀾乱(とうらんみだれ)はヒロスケ・・・かな」


 くる、と回して横から見る。


「ナオスケじゃないね。うん、この肌はヒロスケだ。

 沸が凄く綺麗に付いてる。匂いも深い。

 ううん、すっごい肌・・・これは重要も通るね。間違いなく」


 小さく頷いてから、腕に手を置いてすりすりと腕を撫で、


「わ、鳥肌立ってきた。とんでもないよ、これ・・・」


 物打ち辺りを指差して、


「ここ、刃紋が樋まで届きそう。豪快な刃紋じゃない。

 いや、流石サキョウの2大巨頭だよ。

 それにこの肌よ。明るいじゃない。冴えてるじゃない。この沸だよ」


 マサヒデが小さく頷いて、


「ご満足いただけましたか」


「いやあ・・・満足なんて超えちゃったね・・・」


 口を半開きにして、微妙に角度を変えながら、凄い目でイマイが脇差を見る。

 マサヒデは残った茶を飲み干し、


「お楽しみの所、申し訳ありませんが・・・そろそろ。

 役所にこのマサムラを持っていきませんと」


「ああ・・・うん・・・」


 眉を寄せて、イマイがヒロスケの脇差を納め、


「ありがとうございました」


 と、マサヒデに差し出す。

 受け取って、腰に納める。

 マサムラを取って、立ち上がり、


「他にもいくつかありましたけど、父上が道場の蔵で預かってくれるそうで。

 そちらは、道場で見てもらえますか」


「あっ!」


「何か」


 にやっとイマイが笑って、肩をすくめ、


「そうだよ、そろそろホルニさんも仕事が一区切りするんだ。僕も。

 やっと行けるよ! もう楽しみでさあ! んふふふ」


「そうでしたか。いや、お楽しみ頂けると良いのですが」


「たーのしめるに決まってるじゃない!

 あのカオルさんの見ちゃったらさあ!

 あんなのが山積みだなんて、もう宝の山だもん!」


 イマイが子供のような顔で笑っている。


「ふふ。では、今日はこれで」


「はーい! また来て下さーい!」

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