第513話 妖刀を見る・鍛冶屋編


 桐箱を抱えて通りを歩いて行く。


 広場まで行くと、いつもより人が多い。


(お?)


 魔術放映に目を向けると、一目で分かった。

 これはやり手だ。


 するりと相手の剣を流す。

 崩れたと見えた瞬間、相手の腕に矢が刺さる。

 剣を流した男が吠え、相手が顔を向けたと思うと、剣の男の後ろから槍。

 あっと思うと、土壁が出来て、槍を止める。

 ずがっと剣が頭を割る。

 土壁が崩れると、槍の者の首に矢が刺さっている。


(ほう)


 乱れが全くなかった。

 剣の男は後ろから来た槍に気付いていたはずだが、全く気にしていなかった。

 仲間が止めると分かっていたので、目の前の男に集中していたのだ。


 人気のある組の立ち会いだったのだろう。

 集まった人々が声を上げる。


(ふむ)


 頷きながら、マサヒデは広場を後にした。



----------



 ホルニ工房。


 がらり。


「こんにちはー」


「トミヤス様!」


「先日のパーティーでは申し訳ありません。父が随分と呑ませたとか」


 ぷ! とラディの母は吹き出して、


「ええ! 昨日は朝からラディが大変で!

 カオルさんがお薬を持ってきてくれたから、助かりましたよ」


「ははは! 私もタマゴが産まれた日、父にしこたま呑まされまして。

 ラディさんもああなるかな、と」


 くすくすと2人が笑う。

 マサヒデはマサムラの桐箱を置いて、


「こちら、ラディさんとお父上に見てもらいたんです」


「刀ですか?」


「ええ。すごいって物ではありませんが、珍しい物です。

 未鑑定ですから、良さげなら、文科省に出して鑑定してもらおうかって。

 そのまま文科省か、どこかの美術館にでも売ろうかな、と」


「へえー」


「お二人は仕事場に?」


「はい」


「失礼しても」


「構いませんとも!」


「では、お邪魔します」


 がらっと仕事場の戸を開けると、ラディとホルニがこちらを見た。

 槌の音がしなかったが、注文の確認をしていたようだ。

 机の上にいくつも剣やら槍の穂先やらが乗っている。

 注文表をみながら、指差している。


「仕事中にすみません。失礼します」


 歩いて行くと、


「マサヒデさん」


「お世話になっております」


 と、2人が軽く頭を下げた。

 マサヒデが桐箱を机の上に差し出して、


「ちょっと珍しい物が贈り物の中に入ってたんです。

 まあまあって所ですが、未鑑定品でして、少し見てもらえますか。

 良さげなら、文科省に鑑定に出して、買い取ってもらおうかなって」


「ほう。珍しい物ですか」


 2人の目に、少し期待の色が見える。


「軽く見てもらえますか?」


「では」


 ホルニが箱を取って、蓋を開ける。

 ラディも横にぴったりくっついて、刀に目を向ける。

 すらっと抜いた所で、


「ああ。マサムラ・・・」


「・・・」


 立てたまま軽く回して、すいっと水平にして、目を近付ける。

 ちょっとがっかりした感じが見える。


「ふふふ。がっかりさせてしまいましたか?」


「いや、そんな事は・・・」


「いえ・・・」


 2人の声が、明らかに落胆している。


「まあ、大した物じゃないってのは、私も分かってますよ。

 ただ、彫りが入ってますよね」


 ああ、と2人が小さく頷く。

 ラディがマサヒデの方を向いて、


「彫りが入ったマサムラは、ない」


「そういう事です。特別保存は通ると思いますが、重要まで届きますかね?」


 ホルニが目を細める。


「ううむ・・・」


「ん・・・」


 ラディも首を傾げる。

 やはり、特別保存までか。


「私の見立てでは、特別保存ですな。保存は確実。重要までは届きません」


「私もそう見ます」


 マサヒデは苦笑して、


「やはりそうですか。皆、重要には届かないって言うんですよ」


 ホルニが鞘を取って、すいっと納める。

 箱に納め、蓋を閉めて、マサヒデを見て頷く。


「ですが、貴重な品という事には変わりありません。

 文科省に鑑定してもらうだけでも良いと思います。

 来年から発行される刀剣年鑑や図鑑に、新しい物が増えるのですから」


 ラディも頷く。


「ああ! 確かにそうですね。では、鑑定には出しておきますか」


 ん、と2人が軽く頷く。


「で、あとこちら」


 マサヒデが腰から雲切丸を抜いて机に置く。

 む! と2人の目が見開く。


「イマイさんにも、そのマサムラ見てもらうので、その間、どうぞ」


 桐箱からマサムラを出して、雲切丸の代わりに腰に差す。


「箱、こちらで預かってもらって良いですか。

 帰りに取りに寄ります」


「は・・・」


 くるっと振り返って、あ、ともう一度振り向き直し、


「そうでした。ラディさん、髪が長いから気を付けて下さい。

 それ、髪の毛乗せると切れちゃいますから。

 うっかり切り落としたりしないように」


 2人がぎょっとして、雲切丸に向けていた目をマサヒデに向ける。

 くす、とマサヒデは笑って、


「まあ信じられませんよね。後で試してみて下さい。

 といっても、間違っても束のまま乗せてはいけませんよ。

 1本だけ抜いて、置いてみて下さい」


「はい・・・」


 マサヒデはにやにやしながら、


「父上から聞きました? それ、コウアンの強い思いが宿ってるって」


「はい」


「強い思いが宿ると、そうなるんです。霊とか、呪いは一切ありません。

 虎を真正面から斬ったのに、瑕ひとつありません。曲がりもないです。

 そこも確認してみて下さい」


 くるっとマサヒデは振り返って、肩越しに顔だけ少し振り返り、


「あの魔剣にも、お二人の思いがしっかり宿っていますよ。

 戻ってきた時、知識のないマツさん、クレールさんもはっきり分かった」


 そう言い残して、マサヒデはがらっと戸を開け、工房を出て行った。

 少し間を置いて、ホルニが雲切丸を手に取る。

 髪の毛を乗せただけで斬れる刀・・・実在するのか・・・


「ラディ・・・抜くぞ・・・」


「はっ、はい」


「抜くからな・・・」


 ごく、と2人の喉が鳴る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る