第512話 妖刀を見る・アルマダ編


 まだ朝も早く、ホルニ工房は開いていないだろう。

 ということで、マサヒデはマサムラの桐箱を抱え、アルマダの所へ向かった。


 素振り2000回の秘密。

 腰には雲切丸。

 これも、アルマダとラディに見せなければ。


 歩いて行くと、いつものあばら家の朝の風景。

 騎士の皆が馬に草を食べさせている。


「おはようございます!」


 と声を掛けると、


「マサヒデ殿!」「おはようございます!」


 皆が手を振って返してくれる。

 がさがさと草を分け入って行き、中に入ると、アルマダが素振りを止めて、


「マサヒデさん。おはようございます」


 軽く見回すと、トモヤはもういない。

 もう寺へ行ってしまったのだろう。


「おはようございます。

 今日は、アルマダさんに見てもらいたい物が2つ。

 伝えることが1つあります。どれからにします?」


 アルマダが苦笑して、


「多いですね。見せてくれるのは雲切丸と、その桐箱ですか」


「そうです」


「伝えることは?」


「素振り2000回の秘密」


 ぴく、とアルマダの笑顔が固まった。


「もう出来たんですか」


「いえ。しかし、話を聞いた時に、大体の仕掛けは分かってました。

 ただ、カオルさんにバレてしまいましてね」


「バレた?」


 マサヒデが苦笑して、


「まあ、同じ庭で素振りしてますから」


「ははは! そういえばそうですよね! それはバレてしまいますよ!」


 アルマダが上を向いて笑う。


「ま、そういう訳で、出来たら教えるって言いましたけど、教えに来ました」


「では、まずそちらから教えて下さい」


「口で言うのは凄く簡単ですが、やるのは難しいです。

 まず、思い切り力を抜いて、真っ直ぐ剣を上げて下さい」


「はい」


「剣が頭に乗ってしまうくらい、力は抜いてしまって。

 握りが崩れないだけの、最低限の力で」


「ふむ」


「後は、力を抜いたまま、上げた時と同じ筋で、真っ直ぐ下ろす」


 しゅ! とアルマダの木剣が振られる。


「・・・これでは斬れないと思いますが」


「と、思うでしょう? 私も最初はそう思いました。

 もう一度、振り被って下さい」


「はい」


 振り被ったアルマダの前に立ち、カオルと同じように手を伸ばして、


「ここまでゆっくり振って下さい」


 アルマダの剣が下りてきて、マサヒデの手の上にアルマダの手首が乗る。


「ここです。合気上げを下げていくみたいに、下に私を崩していきながら」


 く、く、く、とアルマダの手が下がって行き、マサヒデの身体が崩れる。


「ふむ・・・」


 アルマダにも、何か手応えのようなものがあったようだ。

 少し目の色が変わった。


「多分、これです。カオルさんに紙を持ってもらって、斬った時の手応えを確認してもらったんですが、最初は軽いだけで、中まで斬り込める振りではありませんでした。次に、この合気のような感じですね。ここに気付いたら、まだ深く斬り込める程ではないが、確かに手応えが変わった、と」


「なるほど」


 厳しい顔で、アルマダが何度か振る。


「剣の重さをそのまま落とすだけですから、少しでも余計な力が入ると、剣筋がブレる。そうすると、全然斬れない訳です。ですが、これで斬れるなら、力は全くいらない。2000、3000、余裕で振れますよね」


「ううむ・・・確かに・・・」


「しかし、まだ分からない所もあります」


 アルマダが木剣を振り下げ、止める。


「横から、下から」


 マサヒデが頷く。


「その通り。あと、これがどう守りになるのか。

 守りにも使えると仰っておられましたが、そこも良く分からない。

 速い振りで叩き落とす、だなんて事じゃないでしょうし」


「でしょうね・・・」


 ひゅん、と音を立て、アルマダが一振り。


「ううむ・・・」


 目を細めて、振り切った所でぴたりと止まっている。


「それと」


 あ、とアルマダが振り向いて、


「失礼しました。つい・・・」


「見せたいもの。ひとつはこれです。約束でしたからね」


 ぽんぽん、と腰の雲切丸に手を当てる。

 アルマダがにこっと笑う。


「ふふ。楽しみにしてました」


「で、もう一つがこれ」


 マサヒデが桐箱を差し出す。


「これは」


「マサムラなんですが」


 くす、とアルマダが笑う。


「呪いでも?」


 マサヒデは笑い飛ばし、


「ははは! 違いますよ。マツさんとクレールさんは『妖刀だ!』なんて驚きましたけどね。未鑑定で、結構出来が良いんですよ。ラディさん、イマイさんに確認してもらったら、審査に出してみようかなって」


 アルマダがちょっと驚いた顔をして、


「ほう? そこまでですか?」


「珍しい事に、細かい彫りまで入ってましてね」


「細かい彫り? 樋ではなく?」


「ええ」


「マサムラで、彫りがですか・・・注文打ちですかね?

 確か、マサムラで彫りが入ったのは、年鑑にはなかったですよね。

 なるほど。貴重な品です」


「重要を通りそうなら、そのまま文科省か、どこかの美術館にでも売ろうかと。

 まあ、まずは見てみて下さい」


 2人が縁側に歩いて行き、座る。

 アルマダが桐箱を開けて、刀を取り、軽く礼をして抜く。


「ああ、これぞマサムラって感じですね。反りは半寸・・・もないですか。

 刃紋も表裏がぴったり同じ。間違いなくマサムラです。

 この切っ先、大きく延びてますね。3代と見ました」


 アルマダは角度を変えて、刃を横にし、片目でじっと見ている。


「重要、通ると思います?」


 くる、と反対向きにして、少し見て、


「・・・良くて特別保存じゃないですか? 重要までは届かないと思います」


「ううむ、アルマダさんもそう見ますか」


「まあ、ホルニコヴァさんと、イマイ様の意見も聞いてみましょう。

 私はお二方程の目はありませんし」


 と、惜しげもなくすっと納め、


「では、雲切丸を見せて下さい」


「ラディさんの所にも行くので、そこそこにして下さいね」


「ええ? じっくり見せて下さいよ」


 マサヒデが笑って、


「申し訳ありませんが、今日はそこそこで我慢して下さい。

 このマサムラを持っていかないと」


「置いてっても構いませんよ」


「ははは! 勘弁して下さいよ! 皆さんの稽古は私が引き受けますから」


 腰から雲切丸を抜いて、アルマダの横に置き、


「どうぞ」


「では」


 アルマダが雲切丸を持って、部屋まで上がっていく。

 マサヒデも上がって、転がっている竹刀を拾って、縁側を下りる。

 下りた時に、後ろですうっと刀を抜く音が聞こえた。

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