第511話 盗み合い


 朝の素振りを終え、朝餉。


 マサヒデは真剣で、カオルは木刀で。


(ううむ)


 箸を持つ手が少し重い。疲れている。

 これでは、2000回もとても振れない。

 出来ていないのだ。


 じっと碗を見つめていると、


「どうかなさいましたか?」


 と、マツが声を掛けてきた。

 はっとして、箸を進める。


「いや、ちょっと今朝の素振りで疲れまして。

 流石に真剣であれだけ振ると、疲れてしまいますね」


「うふふ。しばらく忙しかったですから、剣が鈍ってしまいましたか?」


 マサヒデは苦笑いをして、


「いや、全くですよ」


「いいや! マツさん、違うよ!」


 シズクがにやにやしながら箸でマサヒデを指して、


「マサちゃん、また何か閃いちゃったんだよ!

 今度は何かな? ただの刀で、かまいたちの術みたいの飛ばしたりして?」


「え?」「ええっ!?」


 マツとクレールが驚いてマサヒデを見る。

 マサヒデは飄々としたもので、


「シズクさん。箸で人を指さない。下品ですよ。

 あと、そんな恐ろしい物ではありません。基本です」


 シズクが箸を上に向けてくるくる回し、


「まあたまたー。無願想流だって、基本があれじゃんか。

 とんでもない基本でも思い付いちゃったんじゃないの?」


「いえ。コヒョウエ先生に教えてもらったんです。

 アブソルート流の基本の振り方です。

 コヒョウエ先生が、独自に見つけた振り方かもしれませんが」


 お、とシズクが少し驚いて、


「コヒョウエ先生の?」


「これが難しくてですね。コヒョウエ先生が道場を開いていた頃は、まず素振りを日に2000回振れるようになってから、稽古に参加させたそうです」


「2000回かあー。私なら出来るけど、マサちゃん達はきついよね」


 マサヒデは箸を握って、ゆっくり振って椀の上に置く。


「きついなんてもんじゃありません。

 ところがですよ。コヒョウエ先生は3000回でも振れるんですよ。

 木刀じゃなくて、真剣でも」


「ええー!? あんなお爺ちゃんなのに!?」


 うんうん、とカオルが頷く。


「まあ、仕掛けはおおよそ分かったんですよ。

 ですが、実際にやるとなると、これが難しい。

 それで、難儀してるって訳です」


「じゃあ、出来るようになったら、マサちゃんも3000回振れる?」


「ええ。振れます」


 シズクがカオルの方を見て、


「カオルも?」


 カオルが頷く。


「はい。きちんと振れて、時間があるなら、4000もいけるはずです」


 ぐぐっとシズクが身を乗り出し、


「ねね、それ、私にも教えてくれる?」


 ぷ、とマサヒデは小さく吹き出して、


「シズクさんは、なくたって2000、3000と軽く振れるでしょう?」


「あ、そうか!」


 ははは! と皆が笑いを上げ、いやあ、とシズクが苦笑いして、頭をかく。

 マサヒデも笑いながら箸を進め、


「ところで、シズクさん、カオルさん。ギルドの稽古、頼んで良いですかね。

 あの妖刀マサムラを、ラディさんとイマイさんに確認してもらわないと」


 ぷ! とカオルが吹き出し、む! とマツとクレールが顔をしかめる。


「もう! おやめ下さい!」


「マサヒデ様!」


「ははは! まあ、妖刀はどうでも良いですが、もし良さそうなら、そのまま役所に持って行って、文科省の鑑定に出そうと思っています」


「お任せ下さい」


「りょーかい!」


「それと、カオルさんにもこの振りの秘密がバレてしまいましたから、アルマダさんにも話してきます。不公平ですからね。ただ・・・」


 ううむ、とマサヒデが首を傾げる。


「ただ、まだ分かったのは途中なんですよね・・・

 今のまま2000回を出来たら、分からない所も分かりますかね」


 カオルも箸を止めて、険しい顔になる。

 少し考えて、にやっと笑い、


「ご主人様。まずは今のまま、2000回を振ることを考えましょう。

 出来るようになりましたら、分かるかもしれません。

 分からなかったら、盗みに行くのはどうでしょうか」


「盗みに?」


「コヒョウエ先生が言っておられたではありませんか。

 次にジロウ様の道場に来る時は連絡を。

 ジロウ様との立ち会いを見てみたい、と」


「む・・・カオルさん、やりますね」


「あれはきっと、出来るようになったら来い、と言っておられたのです。

 ご主人様もハワード様も、次は勝てぬと言っておられましたが・・・」


 カオルが湯呑を取って一口飲み、


「まず2000。振れるようになりましたら、今より遥かに上になるはず。

 そして、我らには無願想流。ハワード様には、凶暴な振り。

 我々も皆、もうあの時とは違います。

 ジロウ様も、我らとの立ち会いで、大きく上に上がっておられるでしょう」


 とん、とカオルが静かに湯呑を置いて、


「腕比べついでに、ちょっとだけ、見せてもらえれば・・・」


 にや、とマサヒデとカオルが笑みを浮かべる。


「そうですね。コヒョウエ先生から、何かお言葉も頂けるかもしれませんし」


「ふふふ・・・他流派との交流稽古は、実に良い物です」


 にやにやする2人を見て、シズクが笑い、


「うっわあー! 二人共、今すっごい悪い顔してる! あはははは!」


「本当! マサヒデ様がこんな顔をされるなんて!」


「驚きました!」


 マツとクレールもくすくす笑う。

 ふふん、とマサヒデは背筋を伸ばし、


「今頃になって気付いたんですか? ギルドでの稽古だって同じです」


「え」


 クレールが箸を止め、にやっとマサヒデが笑う。


「道場稽古でなく、実戦を重ねた方々から、実戦の知識を盗んでるんですよ」


「ああー!」


「クレールさんだってそうでしょうに。

 他の魔術師さん達から、色々教えてもらってるでしょう? 同じ事です」


「ちっ、違います! 教え合うのと盗むのは!」


 言い返すクレールに、マサヒデはぴしりと返す。


「同じ事です。

 私だって、冒険者の皆さんには、私から学んで下さいって言ってます。

 私も、皆さんから学びますって言ってます。

 言葉が違うだけで、技術と知識の盗みあいです。

 冒険者の皆さんも、そんな事は言われなくたって分かってますよ」


「むっ・・・」


「他人との稽古というのは、盗みあいです。

 助言を与えるのは、お布施みたいなものですね」


 うんうん、とカオルが頷く。


「クレールさんも、お布施を待つだけでなく、盗める技術は盗みなさい。

 そういう姿勢でいると、早くものに出来ます。

 お布施を待っているだけでは、中々延びませんよ」


「ううん・・・分かりました」


 マサヒデは残った汁をずずっと飲んで、真面目な顔になり、


「例えは悪いですが・・・

 今、私達はコヒョウエ先生に財布を見せてもらっただけです。

 財布の紐は、まだ切れていない・・・」


 そう言って、マサヒデが湯呑を取る。

 カオルが言葉を引き継ぎ、


「しかも、まだまだいくつも別の財布を持っている。

 そして、同じ財布を、ジロウ様が持っている」


「その通り。まずは財布のひとつ。2000回。

 必ず、頂きましょう」


 ぎら、とマサヒデとカオルの目が光る。

 シズクが2人を見て、にやっと笑い、


「良いじゃん! 燃えてるじゃん!

 ところでさ、マツさん、クレール様」


「何でしょう?」


「どうしました?」


 シズクがげらげら笑い出し、


「あーはははは! 洞窟見つけた時、2人とも同じ顔してた!

 マサちゃん、あれは悪い顔だったよねー! あはははは!」


「んっ」「むっ」


 2人がぎくっとして、言葉に詰まる。

 ふ、とマサヒデは笑いを漏らし、


「ええ。絵に描いたような悪代官って顔でしたよ。カオルさんも」


「・・・」


 ぐ、とカオルも言葉に詰まる。

 シズクがにやにや笑いながら、


「ねえねえ、雨上がってから結構経つし、そろそろ良くない?」


「そうですね。落ち着きましたし・・・

 ところでクレールさん。忍の皆さんは?」


 ぎく。


「あの天気の中、こっそり向かわせてたりしませんよね?」


「・・・」


 黙ってしまったクレールを皆が見つめる。

 クレールの脇を、嫌な汗が垂れていく。


「と、途中・・・まで・・・」


 はあー、と皆が溜め息をつく。


「だと思いましたよ。鉱脈見つけて、隠したりしてませんよね」


「そんな事はしません!」


 勢い良くマサヒデに向いて声を上げたが、皆が冷たい目で見ている。


「そうですか・・・そのまま調査を続けてもらっても構いませんが・・・

 後で、調査の結果は教えてもらえますよね」


「はい・・・」


「マツさん。楽しみですね」


「ええ。とても」


「カオルさん。何か見つけられますかね」


「おそらく」


「シズクさん。あなたの勘と力、頼りにしていますよ」


「うん」


 マサヒデは床の間のタマゴの方を向いて、


「なあ、テルクニ。クレールお母さん、気が効くよな。

 俺たちに気を利かせないよう、こっそり調べててくれたんだ。

 いやあ、夫を影で支える、良妻賢母ってやつだよな」


 さすがにクレールはいたたまれなくなって、


「皆さん、すみませんでした・・・」


 と、頭を下げた。

 マサヒデは、ふう、と息をつき、


「まあ、事前に洞窟には送ると聞いてたので、別に構いません。

 私が怒っているのは別の所です」


 マサヒデはクレールの方を向いて、


「いくら皆さん腕利き揃いとはいえ、不死身ではありません。

 出来たばかりの洞窟、あんな雨の後、崩落や地滑りがいつ起こるか。

 カオルさんだって、危険だからと行くのをやめたんです。

 しかし、危険だと分かっていても、皆さんはあなたの命とあらば行きます。

 ですけど、皆さんが命の危険を犯したい場所は、別の場所です。

 そこを分かっておいて下さいね」


「別の場所って」


 マサヒデはクレールを指差し、


「あなたが居る場所です。

 命を賭しても、あなたを守る、という所です。

 分かりましたね」


「はい」


「もうひとつ。先日、私が剣を捨てよう、じゃあ記念に立ち会いを、と言った時の事、覚えてますか」


「はい」


「あの方、せめてあなたの子を見るまでは! って言ってましたね」


「はい」


 マサヒデは頷いて、


「皆さん、もう金で雇われた忍ではありません。

 あなたに心底から惚れ込んで、付いて来てるんです。

 この皆さんの気持ちは、決してお忘れないように。

 あなたはそこまでの忠誠を持った配下が持てた事を、誇りにして下さい。

 凄腕だから誇りに思うのではなく、あなたに惚れ込んだという所です」


「はい!」


「うむ、よろしい。ではクレールさん」


 びし! とマサヒデが庭の贈り物の山を指差し、


「今日中に贈り物を5個までに絞って下さい」


「うっ・・・はい・・・」


「マツさんもですよ」


「はい・・・」


 2人が寂しげに『良い物』の山積みの箱を見つめる。

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