第509話 召し上がれ
マサヒデとカオルの簡単な仕分けが終わる。
陶器、磁器、酒、その他の服や装飾品など。
食べ物は地下に置いてあるはず。
シズクが全部食べてなければだが。
懐紙を出してさらさらと「和物の器」「洋物の器」「酒」「その他」と書いて、分けられた箱の上に置き、石を乗せておく。
「さてと。どうしますかね」
まだ日が沈むには早い。
「奥方様とクレール様に、休憩頂きましょう。
目を皿のようにして、ずっと見ておられるようですし」
「ははは! 皿のようにしてですか!
うん、そうしましょう。カオルさん、お茶お願いします。
私、地下に行きます」
カオルが怪訝な顔をして、
「地下? 書庫ですか?」
「食べ物類は、涼しい地下に置いたんですよ。
今日、明日には食べてしまわないと」
「ああ、なるほど。茶は紅茶にしましょうか?
洋菓子の類が多そうですし」
「お願いします」
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地下の書庫に下りて、適当に箱を上から3箱。
あまり減っていない。
夕餉の後に、クレールとシズクに半分くらい食べてもらおうか?
(あ、そうだ!)
他の箱は、庭にいるレイシクランの忍にあげてしまおう。
彼らもレイシクラン一族なのだ。
食べる時は、大量に食べるはずだし、皆で分けたらすぐ終わるだろう。
台所まで上がって行き、箱を棚に置く。
「カオルさん、この3箱が私達の分」
「はい」
「他にもありますけど、忍の方々に全部あげましょう。
皆さんもレイシクランなんですから、食べ物には目がないはずです」
「ご主人様、流石です」
カオルはマサヒデのこういう所が好きだ。
上は居ても、下はいないのだ。
「おお、そうだ!」
「何か」
「蔵に持って行く予定の刀。
あれも、皆さんが欲しい物があったら、あげましょう。
どうせ我々は使わないんですから、マサムラだけ残しておいて・・・」
そこまで言って、うん? とマサヒデは小さく首を傾げ、
「いや、でも、やはり小太刀の方が多いでしょうか?」
カオルは頷いて、
「でしょうが、磨り上げて、寸を詰めてしまえば問題ないでしょう。
彫りのある物は、皆様もあまり好まれないかもしれませんが」
「やはりそうですか。では、欲しかったら持って行ってもらいましょう。
しかし、あの弩はどうですかね・・・カオルさんだったら、使います?」
「いえ。絶対に使わないです」
「ははは! ですよね! では、先に休憩してて下さい。
他の食べ物は、私が全部庭に持って行きます」
「お手伝いしましょう」
「重い物ではないですから、構いません。先に食べてて下さい。
あ、私の分は残しておいて下さいよ」
「承知致しました」
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えっちらおっちらと菓子の箱を全て庭に運び、横に蔵行きの刀の箱を置いて、
「皆さん。このお菓子、皆で食べて下さい。
あと、刀で欲しいのがあったら、持ってって下さい。
マサムラだけは残しておいて下さいね」
すうー、と家の向こうから手代風の男が出て来て、
「マサヒデ様! ありがとうございます!」
と、びし! と頭を下げる。
「いつもお世話になってるんですから、このくらい当然です。
好きにして下さい」
「は!」
「あと、一応聞きますけど・・・あの弩、使います?」
「いえ・・・私は・・・」
「はははっ! ですよね!」
マサヒデが縁側に上がると、浪人姿の男と、中年の町人の女が出て来て、3人で箱を開け出す。
「よいしょ、と」
マツの隣に座ると、すっとカオルが茶を差し出す。
クレールが少し困惑した顔で、
「マサヒデ様、良いのですか?」
マサヒデはにこっと笑って、
「構いません。良い得物を持って頂く程、皆さんの戦力も上がります。
即ち、今まで以上に活躍出来、我々も安心出来る、ということです」
「な、なるほどー!」
「お菓子だって、ここの護衛にずっとついているんですから、あのような上等な菓子など、皆さん食べる機会は中々ないはず。たまにはああいうのも食べておかないと、舌が鈍ります。毒見をする際に舌が鈍っていてはいけません」
クレールが感心した顔で頷いて、
「マ、マサヒデ様・・・流石です!
私には、そこまで考えが及びませんでした!」
くす、とクレールの後ろでカオルが笑う。
マツがにっこり笑って、
「うふふ。良く回る舌ですこと! 私には分かっておりますよ」
え、とクレールがマツの方を向く。
「そんなに深く考えてはおられないでしょう。
単に、いつもお世話になっているお礼、ですよね?」
「や、ははは・・・ばれてましたか」
マサヒデが苦笑いをして、照れ臭そうに箱から菓子を取る。
「あははは!」
と、シズクも笑う。
ぐぐっとクレールが膝を進めて来て、
「あー! また騙したんですか!?」
ぐいぐい迫るクレールに、マサヒデは落ち着いたもので、
「騙しただなんて人聞きの悪い。
結果、そうなるんですから、変わりはしませんよ」
「では何故、あんな理由をつけるんです!」
マサヒデは口の中の菓子を紅茶で流し込んで、
「だって、クレールさん、甘やかすなとか、気を使うなとか言うでしょう?」
ぐぐっとクレールが顔を寄せて、
「そうです!」
ふっとマサヒデは笑って、
「今回甘やかすと、先程言ったような結果になりますが、どうです」
「む! むむむ・・・」
クレールが引いて、腕を組む。
「では、クレールさんは、日頃の働きの褒美だと考えて下さい。
皆さんの士気が上がる。おまけに戦力まで上がる。
どうです? これ、悪くないでしょう」
「ううん・・・悪くない、です」
「ま、そういう事です。カオルさん、お代わりもらえますか」
「は」
カップを差し出すと、カオルが新しい紅茶を注ぐ。
次の菓子を取って、一口かじり、口についたクリームを拭う。
クレールが顔を上げて、
「でも、マサヒデ様!」
「なんです」
「私、もっとお菓子が食べたいです!」
ぷ! とマツが吹き出す。
「あーははははー!」
シズクが大声で笑う。
後ろでカオルが口を押さえている。
「ははは! 主たるもの、質素倹約を心掛けて下さい。
勿論、箔は必要ですから、質素倹約はこっそりがコツです」
「こっそりなんて出来ません! いつも、皆がついてるんです!」
「ははは! 今日はもう駄目ですよ。あなたの夫があげるって決めたんです。
まさか、自分がお菓子食べたいからって理由で、反対なんてしませんよね」
ちら。にやり。
「もう小さな子供ではあるまいし」
「ぐぬぬ・・・」
クレールが下からマサヒデを睨む。
マサヒデが頷いて、
「今回は、私から、皆さんへの日頃の感謝ということで。よろしいですよね」
「ええい! よろしゅうございます!」
クレールは「ばん!」と畳を蹴って立ち上がり、庭の3人を睨みつける。
「マサヒデ様からのお気持ち、有り難く頂戴なさい!」
「「「マサヒデ様! ありがとうございます!」」」
庭の3人が土下座して、頭を地に擦り付ける。
マサヒデはクレールの後ろから3人を見て、3人に向き直り、
「頭を上げて下さい。それは、いつもお世話になっている皆様への礼です。
あなた方はクレールさんの配下ではありますが、私の配下ではありません。
上の者から下の者への褒美だと、勘違いをしないで下さい」
「「「ははっ!」」」
「今後とも、よろしくお願いします」
と、クレールの後ろで深く頭を下げた。
背を向けているクレールはぷんぷんしている。
マツとカオルとシズクは笑顔だ。
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