妖刀

第507話 妖刀・1


 庭の茣蓙の上に刀の桐箱を置いて、マサヒデとカオルが仕分けを行う。


 カオルがぱかっと蓋を開け、刀を取って、


「む?」


 と、怪訝な顔をした後、くす、と小さく笑いを漏らした。


「どうしました」


「ふふふ。マサムラです」


「ははは! 名前で高く売りつけられましたかね?」


 マサムラ。

 戦争時代中期から末期に、数打ちとしては質の高い作を大量生産した刀匠。

 何故か、絵物語やおとぎ話では『妖刀』としてよく出てくる有名刀匠。


 妖刀という言葉の印象からか、細く、反りのある形で描かれるが、全く逆。

 無骨な実戦重視の、身幅が広い頑丈な作り。

 何代も続いたが、2代目、3代目が特に優秀な作を残している。

 実際に何代続いたかは書によって違い、不明な部分が多い。

 大量生産が何代も続き、大量に数があるのに、その中で刀は重要保存が2本。

 短刀や脇差の短い作に、特別保存が数本。


 普通は刃紋は表裏で違うものだが、マサムラは表裏がぴったり同じなのが特徴で、一目で分かる。一応、重要保存もあるので、良い品質の数打ちを量産していたということが良く分かる。実際に良く斬れるし、非常に人気があったというのも納得だ。


「む・・・中々良いではありませんか。この切っ先の延びは、3代かな?

 身幅も広いし、反りは・・・半寸くらいですか。

 うん、この無骨でいかにも頑丈な姿。さすがマサムラです」


「しかし、これは彫りがありますね。注文打ちでしょうか?」


「ふむ?」


 マサヒデが首を傾げる。


「カオルさん、これ、マサムラにしてはかなり良いですね?

 それに彫りも入ってる・・・マサムラの彫りは、なかったと思いますが。

 ぱっと見ですけど、重要の申請も通りそうです」


「そこまで届くでしょうか? 私は特別保存と見ました」


 カオルが箱を改め、


「鑑定書は入っておりません。

 この出来なら、保存の審査は必ず通るはず。

 文科省では未鑑定の品でしょうか・・・」


 ぷ! とマサヒデが口を押さえて笑い、カオルに顔を近付けて、小声で囁く。


「ク、クレールさんに見てもらいますか? 呪いはないかって・・・」


 カオルも聞いて吹き出す。

 また、マサヒデのいたずら癖。


「うくく・・・ご主人様!」


「さ、笑いを収めて・・・くくく」


 しばらく肩を震わせながら、2人で笑いを堪えてから、顔を見合わせ、頷いて立ち上がる。ぐっと眉を寄せ、真剣な顔を作る。


「クレールさん」


 マサヒデが声を掛けると、ぷす! とカオルが吹き出す。


(堪えて!)


 と、小さく声を出してカオルを肘でつつくと、んん! と小さく咳払いをして、カオルがきりっと顔を引き締める。


「はい?」


 箱の山の向こうから、クレールの返事。


「大変な物が見つかってしまいました」


「なんですか?」


「マサムラです。マサムラがありました」


「ええっ!?」


 ごとん、と何かを落とす音がして、クレールが立ち上がる。


「マサムラって、あの妖刀のマサムラですか!?」


「はい。そのマサムラです」


「ええーっ!?」


 マツも驚いて立ち上がり、


「妖刀マサムラですか!?」


 マサヒデとカオルが顔を見合わせて頷く。

 マツとクレールが顔を見合わせて、喉を鳴らす。

 マサヒデが縁側の箱の隙間から、マサムラの柄の方をクレールに突き出し、


「すみません。呪いがないか見てもらえますか」


「えっ」


「クレールさん。お願いします。何があるか分かりません。

 放って置く訳にはいけません。危険な物なら、封印してもらわないと」


 マサヒデはマツの方を向き、


「マツさん。クレールさんに異常が出たら、すぐに止めて下さい」


「は、はい!」


 マツが青い顔でクレールの方を向く。

 クレールも血の気が引いている。


「く!」


 カオルが背を向けて、ぷるぷると肩を震わせる。

 笑い顔が堪えきれなくなって、後ろを向いてしまった。


「わ、わわ、分かりました・・・いきます」


 ふるふると手を震わせながら、クレールが柄を握り、ぐっと目を瞑った。

 しばらくして、クレールが首を傾げる。


「ん? ん?」


 ぱちっと目を開けて、


「あれえ?」


 と、もう一度、柄を握り、また首を傾げる。


「どうしました!? やっぱり呪いですか!?」


 マツが真っ青な顔でクレールの横に座り、肩に手を置く。


「いや・・・ううん?」


「何が見えたんですか!?」


「あの、お弟子さんと、マサムラさんらしき方が見えたんですけど・・・」


「何がありました!?」


 クレールが怪訝な顔でマツの方を向いて、


「早くしろ、納品間に合わねえぞって、怒鳴ってました」


「・・・何ですって?」


「納品間に合わねえぞ、って」


 ぶは! とマサヒデとカオルが吹き出した。


「ははははは! 妖刀なんて嘘ですよ、嘘!

 あんな話、でっちあげです!」


「うくくく・・・」


 カオルが口を押さえ、涙を堪えている。勿論、笑いの涙だ。


「へぁ?」


 変な声を出して、クレールがマサヒデを見つめる。


「ほら、見て下さい。これがマサムラです」


 すらりとマサヒデがマサムラを抜く。


「え? これがですか?」


 太く、反りも少なく、無骨だ。

 イメージとは全く逆。


「そうですよ。絵物語に描かれているマサムラとは、正反対でしょう?」


「ええー!? 全然違います!」


「マサムラっていう刀匠はですね、数打ちで人気の刀匠だったんです。

 妖刀とか呪いの刀とか、そんなの嘘っぱちです。

 ま、数は多いですし、中には呪いが掛けられたのもあるかも、ですが」


「そうなんですかあー!?」


「ふふふ。そうなんですよ。

 納品が間に合わないって、注文取りすぎちゃったんですね! ははは!」


「ふ、はははは! ご主人様!」


 げらげらとマサヒデとカオルが笑い、かくん、とクレールが座る。


「どうです? 刀の勉強になったでしょう?」


 マツとクレールが呆けた顔でマサムラを見て、むきー! と立ち上がる。

 マツが顔を赤くして、


「マサヒデ様! 先に言って下さい!」


 クレールもぷんぷんして、


「そうです! 酷いです! びっくりしちゃったじゃないですか!」


「ははは!」


 マサヒデが笑いながら、すーとマサムラを納めて、


「これが妖刀マサムラの正体なんですよ! ははは!

 面白かったでしょう? さ、仕分けの続きをお願いしますね」


「もう!」


「驚かせないで下さい!」


「まあまあ。本当に呪いがかかってた・・・かもしれないじゃないですか。

 確認は大事ですよ。ねえ、カオルさん?」


 うん! とカオルが真面目な顔で頷き、


「そうですとも! これはまだ戦争時代の物のはず。

 嗚呼、一体、何人斬っていることやら!

 何か恐ろしい物が宿っていても、全然おかしくありません!」


「ですよね!」


「そうです!」


 うんうん、とマサヒデとカオルが頷き合う。


「カオルさんまで! 酷いですよ!」


 ばんばんとクレールが畳を踏む。


「まあ、しかしですね。真面目な話ですけど」


「何ですか!」


「先程見た所、どうでした?

 大量生産の品にしては、結構綺麗に見えませんでしたか?」


「だったら何だって言うんです!」


 マサヒデはちょっと笑いを収め、


「これ、もしかしたら、貴重な品かもしれません。

 彫りも入ってるし、多分、注文打ちですよ。

 確か、マサムラに彫りの作って、ありませんからね。

 鑑定書はついてませんでしたから、文科省に出してみますか。

 良い値で買ってくれるかも。美術館に展示されるかもしれませんよ」


 クレールが怒り顔のまま、少し驚いて、


「ええ?」


 と、声を出す。

 マサヒデはマサムラを見つめながら、


「まあ、審査を通れば、ですが・・・

 もしかしたら、結構すごい発見をしたかもしれません」


「またからかって!」


 と、マツがしかめっ面を向けたが、マサヒデは笑顔を返し、


「これは冗談ではなく、本当ですよ。

 ラディさんとイマイさんに見てもらいましょう。

 お二人が見て、審査に通りそうなら、役所に持って行きましょうか。

 ま、通りそうでなくても、珍しい品ではありますし。

 審査を通らず蔵行きになっても、父上は喜ぶかも」


「ふうん! そうですか!」


「ふん!」


 と、マツとクレールは口を尖らせ、そっぽを向いた。

 2人のふくれっ面をみて、くす、とマサヒデとカオルは笑って、茣蓙に戻る。

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