第505話 受付嬢にも贈り物を・後
冒険者ギルド、受付。
マサヒデが良かったらおひとつ、と持ってきた、贈り物の箱。
受付嬢が、恐る恐る、蓋に手をかける。
(ううっ!)
蓋を開けると、ぴかぴかに磨かれた、銀のティーセット。
彫りが入っており、細かく入った金の意匠が、派手過ぎず、絶妙だ。
ごっくん、と大きく喉が鳴る。
一目で分かる。
(これは高い!)
カップだけでも金貨1枚か、それ以上か・・・
このセットを売ってしまえば、2、3ヶ月は寝て暮らせそうだ。
「中々でしょう? 金属だから、これならうっかり落としても割れないな、って思って。割れないなら良いですよね。結構綺麗ですし、流石、クレールさんは目が違いますよ。嫁自慢になっちゃいますけど。ははは!」
「は、はい・・・」
「では、これで失礼しますね」
くるっと振り返ったマサヒデを、慌てて受付嬢が止める。
「あの! ちょっと! トミヤス様!?」
「はい?」
マサヒデが振り返ると、額に脂汗を浮かせた受付嬢が、手を伸ばしている。
「あのっ、これっ、これはっ・・・お高いのでは・・・」
マサヒデは小さく首を傾げて、
「さあ・・・私には茶器の類は全く分からないので、どうだか。
銀とか金とか使ってますから、それなりにするんでしょうけど・・・
金属だから割れませんし、安心して使えるから、良いんじゃないですか?
まあ、あまりお気になさらず。そういうのが沢山あるんですよ」
「こういうのが、たくさん、ですか」
「ええ。ちょっと売るのに困っちゃいますよね。
また馬車で運ばないと・・・全く、面倒な」
マサヒデが顔をしかめて、小さく首を振る。
この人が考えているのは、そこなのか?
「では」
と、マサヒデは小さく頭を下げて帰ってしまった。
(どうしよう!?)
は! として、受付嬢が手を上げて、
「メイドさん! 誰か来て下さーい!」
メイドだ。
彼女達は、普段から来客などの対応に茶器を使う。
少しは価値が分かるはずだ。
何だ? と廊下を歩いていたメイドが受付に来る。
「あの、これ、さっき、トミヤス様が、私に、くれたんですけど・・・」
恐る恐る蓋を開くと、ぎょ! とメイドが目を見張る。
これは高い!
「これ・・・貰ってしまって良いのでしょうか・・・」
「・・・」
「贈り物で、似たようなやつをたくさん貰ったから・・・あげるって・・・」
「あの、よろしければ、ギルドで買い取りするようメイド長に相談をしますが。
御身分の高い来客などにお出しする時に・・・」
受付嬢はちょっと身を乗り出し、メイドに顔を近付けて、小さな声で、
「あの、やっぱり、そういう物ですよね。
あなたが見て、いくらぐらいでしょうか」
メイドも顔を近づけ、ちらちらとティーセットを見ながら、小さな声で、
「私の見た所ですけど、買い取り額は、金貨5枚は、下らないかと思います」
「ごっ・・・5枚もっ? 銀じゃなくて、金?」
「私の見た所ですから・・・」
買い取りで金貨5枚以上。
買ったらいくらするのだ!?
「あの、もしお使いにならないのでしたら・・・」
使える訳がない!
がば! とメイドに頭を下げ、
「おおおお願いします! こんなの、私の家で、さーてお茶を飲もうかなー、なんて使えませんよ! 傷でも付けたら!」
メイドはゆっくりと頷き、
「では、メイド長に話して参ります。
買い取りとなりましたら、査定のお時間を頂きますが」
「そんなの全然!」
ぶんぶんと受付嬢が頷く。
ん、とメイドも頷いて、
「では、しばしお待ち下さい。
あの、目立たないよう、受付の下に・・・」
「あ、ああー! そうですね! そうです!」
ば! と蓋を閉めて、慎重に受付の下に隠す。
こんなのが見つかったら・・・
受付嬢がきょろきょろとロビーを見回す。
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魔術師協会、居間。
「うん」
「良いですね」
マツとクレールがぶつぶつ言いながら、贈り物の箱を開けては積んでいく。
マサヒデは積まれていく箱を見ながら、溜め息をついて、庭に下りる。
得物の類を分けておこう。
居間には『良い物』がどんどん増えていき、売る物が全然増えていかない。
2人の目に適う物があったのは良い事だが、ここまで多いと困る。
いくつかに絞ってもらわないと、しまう場所がない。
茣蓙をもう1枚持ってきて、ぱらりと広げる。
「さて」
一目で分かる長い桐箱を、広げた茣蓙の上に分けていく。
今は中は改めないでおこう。中身は刀なのだろうが・・・
縁側で山積みになった箱の向こうの、床の間に目を向ける。
(贈ってくれた人は、気が引けてしまったかな)
自分が刀を贈るとして、相手があんな派手で、しかも虎を真正面から斬れてしまうような刀を差していたら、ちょっと気が引けてしまう。
(大丈夫かな?)
次の箱を取って、茣蓙の上に置く。
父上の所には、様々な刀が贈られてくる。
称号を冠した刀を持っているのは、少し付き合いのある者なら知っている。
でなくとも、剣聖ならそれは凄い物を差しているだろうと、誰でも分かる。
それでも贈ってきてくれるのは、刀剣集めが趣味だと知られているからだ。
父上が帯びている程の作はなくても、それなりの値の物を贈ってくる。
(俺も刀剣集めが趣味だって、公言した方が良いかな)
見るのは好きだが、別に手元に集めて置いておこうとは思わない。
必要な分だけで十分だ。
既に、刀が2本、脇差が1本。置くなら、脇差の予備くらいか?
父上のように、売るように取っておくのも良いか、とちらっと考えたが、ここには門弟もいないから、自分で全て手入れをしないといけない。
箱の山を慎重にどけていき、一目で分かる長い桐箱を積んでいく。
もう10本を超えてしまった。
父上の言う通り、貴族連中に広まったせいだろう。
目の前には、うんざりするほどの箱が積まれている。
ここまで多いとは。
立ち上がって、箱の山を見て、小さく頷く。
脇差の箱がいくつかあるから、ここから脇差の予備を選ぼう。
贈られてきた刀の桐箱達。
さっさとラディに見てもらおうか、と箱を取りかけて、
(そうだった。今日は二日酔いだろうな)
と、足元に置き直す。
今日は見られないと思うが、先に預けておこうか?
良い物は一目で分かるし、別に細かく見てもらわなくても良いだろうか?
もう一度、箱の山を見る。
ナイフなんかの小さい得物は、他と同じような箱に入っているかもしれない。
大きな箱には、剣なんかが入っているかもしれない。
中を改めて、一緒に持って行った方が良いだろうか?
考えながら、よいしょ、と一山抱える。
少し箱が減った縁側に置いていく。
箱の向こう側に、
「どうですか?」
と、声を掛けると、
「良い物がたくさんです!」
クレールの元気な返事。
マサヒデは苦笑しながら、
「じっくり見るのは明日にして、今日中に売る、売らないは分けて下さいよ」
「はい!」
「明日は、売らない物の中から厳選してもらいます」
「えっ」
声は出さなかったが、マツの目もこちらを向いているのを感じる。
「ここにはそんなに沢山、置いておけないでしょう。
ううむ、そうですね・・・」
マサヒデは少し首を傾げて、
「ううむ、5個くらいですか。5個に絞って下さい」
「5個!?」「5個!?」
マツとクレールが同時に声を上げる。
「クレールさんは、ホテルの方に預けられるなら、いくつでも構いません。
でも、紅茶を淹れる奴なんかは、ここに置くのはひとつにしてくださいよ。
いくつも紅茶を入れるやかんみたいのがあっても、使わないでしょう」
「くむむ・・・」
「マツさんも、どうしても売りたくないなら、実家の方に送りなさい。ここにはそんなに置いておけません。近くに置いておいて見たいのでしたら、蔵で預かってもらえるか、父上と母上に相談して下さい」
「わ・・・分かりました・・・」
ぽん、とマサヒデが手を叩き、
「ああ、地下の書庫を広げるのも良いですけど、抜けないようにして下さい」
はっ! と2人の息を飲む音。
その手があったか!
「でも、地下は湿気がありますからね。
さあて、しまっておくに向くかどうか。
茶碗とかは地下でも平気なんですか?」
「う」
マツの小さな声。
「広げる時は、ちゃんと、柱は入れておいて下さいよ」
「ん・・・ううん・・・」
マツが下を向く。
陶器は湿気に弱い。
意外とカビるし、湿気を吸って変な匂いが着いたり、色落ちもする。
日光が当たらず、風通しの良い所が絶対だ。
良い物であるなら、尚の事、保管場所と場所は気を付けねば。
本と同じ方法で保存出来るだろうか?
しかし、もし駄目だったら?
手遅れになってからでは遅いし・・・
「ま、今日はとりあえずで、ざっと分けておいて下さい」
「はい・・・」「はあい・・・」
マサヒデが苦笑する。
山積みの箱に隠れて見えないが、明らかに落胆した2人の声。
2人が肩を落としている姿が目に浮かぶ。
くす、と小さくシズクが笑う声がした。
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