第504話 受付嬢にも贈り物を・前
魔術師協会、執務室。
「出来た!」
マツとクレールが考えてくれた、国王陛下への出産報告の草案。
おかげで、さらさらと手紙が書けた。
『出産のご報告
畏れ多き国王陛下。
私事で恐縮では御座いますが、先日、我が妻マツが男児を出産致しました。
母子共に健康で御座います。
マツの血を強く引き継ぎ、医者からは将来は大魔術師間違いなしと太鼓判を頂きました。
命名は父、剣聖・カゲミツ=トミヤスにより、テルクニと名付けられました。
テルクニは、世を照らし、皆の顔を明るくするように、の意で御座います。
魔王様を差し置き、我が父が名付けを致しましたが、マツの考えです。
出産は人族と違い、タマゴでした。
マツは我ら人族よりも遥かに長命な種族で御座います。
マツは我が両親が、恐らく子の顔が見られぬであろう事を無念に思い、せめて名付けをと、此度は魔王様に譲って頂きました。
今後とも宜しくお願い致します。
マサヒデ=トミヤス』
「・・・」
読み直し、少し加える。
『陛下の温かきお言葉と心遣いを頂き、有難き幸せに存じます。
あの時の陛下のお言葉が無ければ、テルクニは産まれておりませんでした。
マサヒデ=トミヤス、心より感謝をしております』
「うん。これでいい」
もう一度読み直して、軽く頷く。
加えた文は、自分の心からの陛下への感謝の気持ち。
筆を下ろすと、さらさらと自然に書けた。
マツとの結婚の際、陛下からお言葉を頂いていなかったら、今頃自分はこの世に居なかったかもしれない。
そして、マツと結婚したことで覚悟と決意が出来、試合に勝つことが出来た。
クレール。シズク。カオル。
きっと、この3人を仲間には出来ていなかった。
今の幸せな生活はなかっただろう。
以前言われた通り、複数枚。
同じ内容の物を2通書く。
マサヒデは筆を置き、首都の方を向いて、国王に深く頭を下げた。
しばらく頭を下げ、す、と背筋を伸ばす。
封に手紙を入れ、蝋を垂らし、王宮宛の印を押す。
封をした手紙をしばらく見つめ、そっと袂に入れ、静かに立ち上がる。
さらりと襖を開け、マサヒデは執務室を出た。
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居間の前で足を止め、少し中を覗く。
マツとクレールが箱を開け、中を改めて箱を積んでいく。
少しその様子を眺めてから、
「ギルドに行ってきます。国王陛下に手紙を出してきます」
あ、と2人が振り返り、頭を下げる。
「いってらっしゃいませ」「いってらっしゃいませ!」
マツの上品な声。
クレールの元気な声。
横でいびきをかいているシズク。
ふ、と笑顔が浮いた。
「では」
す、す、と廊下を歩き、草履をつっかけて、からから、と玄関を開けた。
冒険者ギルドは向かいだ。
通りを横切って、入り口を入って受付。
「こんにちは」
何か書き物をしていた受付嬢が顔を上げ、
「トミヤス様! こんにちは!」
元気な声で、明るい笑顔を向けてくれる。
袂から陛下宛の手紙を出し、
「これ、国王陛下宛の、出産報告の手紙です。
王宮まで、特急の早馬でお願いします」
「はい! お預かりしました!
特急は準備してありますから、すぐお届けしますね!」
受付嬢が『受付不在。しばらくお待ち下さい』の札を置いて、ぱたぱたと奥に走って行き、しばらくすると、後ろの通りを馬が何頭か歩いて行く。
報告はこれで良し。
しばらくしたら、何か届くか、もしかしたら呼ばれるかもしれないが・・・
ふう、と溜め息をつくと、受付嬢が奥から戻って来た。
「トミヤス様、今、特急の早馬が出ていきました。
早ければ1週間程で着くと思います」
「ありがとうございます。いつも助かります。
代金はいくらでしょうか」
くす、と受付嬢が笑って、
「今回は、オオタ様の奢りです!
先日、早馬の代金は、パーティーで楽しませてもらうから、奢りだと」
「そう言えば、パーティーではオオタ様とマツモトさんを見ませんでしたが」
酒瓶を掴んで来て、呑まされるかと覚悟はしていたのだが。
ぷ! と受付嬢が吹き出し、
「カゲミツ様に呑まされて、潰れちゃってましたよ!」
「ええ?」
「ポーカーで負けたら一気飲み! カゲミツ様、凄かったんです!」
ポーカー。よく知らないが、確か、カードの勝負だ。
「マツモト部長なんか、袖とか、ネクタイにカードを隠してたんですよ!
でも、カゲミツ様、オオタ様、ホルニ様に全部見破られちゃって!」
「それって、イカサマしてたんですか? マツモトさんが?」
「あははは! そうなんです! でも勝負が始まる前に全部バレてしまって!
いきなり、皆から奢りだー! って、3杯も飲まされてましたよ!」
「ふふふ」
「でも、マツモト部長も凄かったんですよ。
バレても、全く表情を変えずに、ぐいっと全部飲んじゃって。
あれがポーカーフェイスってやつですね。
ギャンブラーって感じで、格好良かったです」
「へえ・・・マツモトさんにも、そういう所があるんですね」
「それで、最後にマツ様が来て、カゲミツ様に勝っちゃって。
いきなり、カゲミツ様のコインが消えちゃったんです!」
あの、マツの別の場所に閉じ込めて消してしまう魔術だ。
それで、コインだけ別の場所に消したのだ。
「ははは!」
受付嬢が前に手を出して、
「カゲミツ様、手を伸ばしたまま、ぴたっと固まってしまったんですよ!」
「ふふふ。父上も無謀な勝負を。
マツさんに賭けで勝てるわけがないのに」
「そんなに凄いんですか?」
「そりゃそうですとも。相手が何枚コインを持ってようが、さっと消せますし。
サイコロ博打でだって、好きな目を出せるに決まってるんです。
いくら父上の手が見えないほど早くたって、マツさんには勝てはしません」
「マツ様、賭博師で生計を立てた方が・・・」
「ははは! すぐに誰も相手にしてくれなくなって、稼げやしませんよ!」
「あははは!」
2人でげらげら笑っていると、あっと受付嬢が顔を変えて、
「あ! あ! 見ましたよ、虎!」
う。そうだった。この受付嬢も見ていたのだ。
「後で聞いたんですけど、あれ、全然本気じゃなかったって、本当ですか?」
「1頭ですからね」
「ええー!」
受付嬢が仰天して、マサヒデが小さく笑う。
「別に、魔獣の虎だって、1頭だけなら倒せます。
でも、2頭だと、やられてたと思います」
「魔獣の虎でもですかあ!?」
「1頭だけなら、です。複数いたら、敵いません」
「どうしてですか?」
「ははは! 冒険者の皆さんを見れば、すぐ分かるでしょう。
腕利き1人より、そこそこが何人かの方が、遥かに強いんですよ」
「そうなんですか?」
うん、とマサヒデは頷いて、
「そうなんですよ。私だって、何人かに囲まれたら、簡単にやられます」
「ええー! それはないです!」
ぶんぶんと受付嬢が手を振るが、
「そうなんですよ。先日だって、こちらの魔術師の方々と稽古しましたけど、稽古の後は木刀がぼろぼろになってました。真剣だったら、使い物にならなくなっていた所です。折れてたかも。稽古じゃなかったら」
す、とマサヒデが首の前で水平に指を振り、
「こうです」
「ええー・・・ちょっと信じられないですけど・・・」
「まあ、私程度じゃ、まだまだって事ですね。
最低でも父上くらいにはならないと」
「最低ラインが剣聖なんですか!?」
「でないと、1人の時は簡単に死んでしまいますから」
この人は、どこを目指しているんだろう・・・
口を半開きにして、受付嬢がマサヒデを見る。
「では、そろそろ失礼しますね。
贈り物がたくさんあったので、仕分けを手伝わないと」
「え、贈り物ですか?」
マサヒデが苦笑して、
「朝から、私が馬車を何度も持ってきたでしょう。
あれ、全部贈り物だったんですよ」
「ええっ!」
「ああ、良かったら何かひとつ差し上げますよ。
お皿とか、茶器とか、結構ありましたから。
マツさんとクレールさんの眼鏡に適った物以外は、売っちゃうつもりですし。
何か欲しい物あります?」
「え、え、どうしましょう・・・ええと、ええと・・・」
慌ててきょろきょろ目を泳がせる受付嬢を見て、マサヒデが笑い、
「ははは! では、適当に持ってきますよ! 待ってて下さいね」
笑いながら、マサヒデが出て行った。
こくん、と喉を鳴らして、受付嬢が向かいの魔術師協会の玄関を見ていると、すぐにマサヒデが出て来た。大き目の箱を持って歩いて来る。
「よいっしょ、と。重いですけど、クレールさんが言うには、中々だそうで」
クレール。レイシクラン家。魔の国で1、2の大貴族。
それが言う、中々とは・・・
「一応、改めて下さい」
「は、はい」
恐る恐る箱を受け取る。
ずっしり重い。
この中には何が入っているのか・・・
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