第502話 仕分け・前


 贈り物で満載の馬車をゆっくり走らせながら、どうしたものか、と心の中で頭を抱える。


 実際に積んでみたら、ここまで多いとは。

 腰くらいの高さまで一杯に積んで、やっと3分の1。

 これからちょくちょく贈られてくる物は、その度に見れば・・・


(面倒な事だ)


 居間に全部置けるわけもないし、地下の書庫に運ぶのも面倒だ。

 茣蓙でも敷いて、庭に置くのが良いか。

 さっさと見てもらい、さっさと売り払ってしまわなければ。


 売り払いに行くのも大変そうだ。

 得物なら職人街でも良いだろうが、高級な皿やなんかは全部は売れまい。

 全部を骨董屋に売り払ったら、店が破産しそうだ。

 香水店がある通りは高い店が多いから、あの辺りで売った方が良いか。


 ホテルから運び出すのに往復。

 売りに行くのもまた往復だ。


「ふう」


 溜め息をつきながら、馬車をゆっくり走らせる。



----------



 魔術師協会。


 がらがらと音を立てて馬車が止まる。


「よっこいしょーっと!」


 シズクが声を出して荷馬車から下りる。


「よっ」


 マサヒデも御者台からさっと下りる。

 くいっとシズクが親指で荷馬車を差して、


「どうする? 中に入れるには、ちょっと多くない?」


「縁側にいくつか置いて、残りは庭に茣蓙でも敷いて、積んでおきましょう。

 これで、3分の1なんですからね」


「だねえ」


 はあ、とマサヒデが溜め息をついて、


「これ、売り払いに行くのも大変ですよ。

 高い皿とか、職人街じゃ売れないんじゃないですか?」


 シズクが顔をしかめて、


「あー・・・やっぱ、そういうのは、お高い店?」


「に、持って行かないとならないでしょう。

 職人街の骨董屋では、少ししか売れないでしょうし。

 全部持ってったら、店の金がすっからかんになっちゃいそうです」


「そこまで高いのばっかかなあ?」


「私はともかく、妻は元王宮魔術師と、レイシクラン家です。

 そこに贈り物だなんて、安いのはほとんどないんじゃないですか」


「ははっ! そういやそうだよねー!」


 荷馬車を見ながら、は、と小さく息を吐き、


「じゃ、運びますかね。私、まず庭に茣蓙を準備しますから、とりあえずは縁側にどんどん置いてって下さい」


「はーい」


 すたすたと庭に回り、縁側から居間を覗く。

 マツとクレールが小さな机に向かっていたが、


「おかえりなさいませ」「おかえりなさいませ!」


 と、マサヒデに頭を下げる。


「お疲れ様です。運んで来た分を下ろしたら、また行ってきます。

 部屋には置ききれませんから、ここに茣蓙を敷いて置きますね」


 へ、とクレールが少し驚いて、


「そんなに多かったんですか?」


「すごく多いですよ。これは売り払いに行くのも大変です。

 クレールさんは、執事さん達がいつも分けてくれてたんじゃないですか?」


「ああ・・・そうかも・・・」


 どすどすとシズクが歩いて来て、積まれた箱をそっと置く。


「はい! まずひとつね!」


「あ、すぐ茣蓙を用意します」


「よろしくー!」


 シズクが馬車に戻って行く。


「さっと見て、売る、売らないと適当に分けて下さい。

 細かい吟味は後回し。良い物があっても、見入るのは後ですよ。

 得物の類があったら、一見安そうな物でも、別に分けておいて下さいね」


「はい!」


 マサヒデが庭の奥に小さな物置に向かって歩いて行くと、後ろでマツとクレールがはしゃぐ声がする。

 どれもこれも素敵だ! 売らない! なんて言い出さないだろうか?

 巻かれた茣蓙を持てるだけ小脇に抱え、庭に戻って、まず2枚。

 後は縁側の下に置いておく。


 シズクが新しい山を持ってきて、縁側に置く。


「はい、3つ目! まだまだあるよー!」


「すごーい!」


 クレールは喜びの声を上げたが、マサヒデはうんざりだ。

 馬車に歩いて行き、新しい山を抱えて歩いて来たシズクに、


「シズクさん」


「何?」


「縁側一杯にしちゃ駄目ですよ。

 庭に下ろす時に困りますから、通れる所は開けておいて下さい」


「はいはーい」



----------



 マサヒデ達がまたホテルに向かって行った頃。


「ううん・・・」「むむむ・・・」


 マツの前には天目茶碗。

 クレールの前には、金縁のティーセット。


「売れませんね」「キープです」


 さわ、と袱紗を開け、次の箱を開ける。

 一見、歪んだ安い失敗作のようだが・・・

 はて? とクレールが小さく首を傾げる。


「マツ様、これは?」


 マツは変な形の茶碗を凝視している。


「歪み茶碗ですね・・・中々ないですよ」


「使いづらそうですけど」


「確かに、慣れないと使いづらいんですが・・・」


 す、と手を伸ばし、マツが茶碗を取る。

 くい、と少し手に力を入れてみる。

 割れない。これは本物だ。


「クレールさん。こんなに変な形の茶碗、簡単に割れそうですよね」


「はい」


「持って、力を入れてみて下さい」


 くっ。簡単に割れそうなのに、びくともしない。


「む! こんなに変な形なのに、割れませんね?」


「これは焼くのが難しいんです。

 焼いている時に、割れてしまうのも多いんですよ。

 焼き上がった後でも、簡単に割れてしまったり・・・」


 マツが茶碗を受け取り、ことん、と畳に落とす。

 茶碗が少し転がって止まる。

 拾って、細かく確かめてみる。


「やはり割れませんね。ひびも入っていません。本物です」


「こんなに変な形なのに!?」


「色々な色があるんですけど、色の通り、緑歪みって言うんです。

 この緑の所、見て下さい。硝子になってますね」


 クレールが転がった茶碗の、マツが指差した所に目を向ける。


「なってますね」


「これはかなり高温で焼き上げたので、土が硝子になってしまったのです。

 この形で、高温で焼くのは難しいですよ」


 うむ、とマツが頷いて、茶碗を取り上げる。


「この遊び心のある形! 素晴らしい・・・」


「キープですね!」


「はい」


 よいしょ、とクレールが次の箱を取る。

 蓋を開けて、


「む! ううん・・・」


 まばゆい金色のティーカップ。

 やれやれ、という顔で、クレールがカップを取る。

 持ち上げてみると重い。金だ。


「マツ様。かなり重いです。多分、純金製ですね」


 が、2人は呆れ顔。


「下らない・・・売りましょう。

 ま、ある意味、ありといえばありですけど」


「品がなさすぎますよね。何で銀を選ばないんでしょう?

 きっと、とりあえず高ければ何でも良いっていう、センスのない方です。

 全く、こんなの送ってきたのは誰ですかね・・・馬鹿にして」


 箱を閉じると『オリネオ冒険者ギルド代表』の字。


(オオタ様・・・)


 ふう、とクレールが小さく溜め息。

 さーと畳の上を滑らせて、純金製のカップが居間の隅に追いやられる。


「さて、次は・・・」


 目のある2人が、厳しく贈り物を分けていく。

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