第三十九章 贈り物

第501話 運び出し


 早朝。


 少し遅めに起きたマサヒデ達が、朝餉の膳を囲む。


「カオルさん、黒影は?」


「ラディさんに薬を届けたら、取りに参りますが」


 マサヒデはこりこりとたくあんを噛んで、


「んん・・・白百合、借りても良いですかね」


「構いませんが、何か?」


「ホテルから、祝いの品、馬車で運び出さないと。倉庫一杯でしたよ。

 昨日、帰る前に見てきましたけど、あれは1回では運べません」


「すごかったよねー」


 と、シズクもうんうん頷く。


「かさばるだけで、重い物ばかりではないと思います。

 白百合なら軽く運べると思うんですけど、良いですかね」


「どうぞ、お使い下さい」


「ありがとうございます。マツさん、クレールさん」


「はい?」


「なんでしょうか」


「陶器とか、服とか・・・まあ、その辺り、見てもらえますか?

 お二人の目に適う物があれば、使って下さい。

 父上と母上にも、2、3お送りしましょう。

 贈り物ですが、他は全て売り払おうと思います」


 クレールが首を傾げ、


「やはりお売りになるんですか?」


「場所がありません。ギルドの倉庫も長く借りる訳には」


「折角の贈り物ですけど・・・」


「どうせ、マツさんやクレールさんの目に適う物なんて、ほとんどないんじゃないですか? 使い道のないものは、売ってしまいましょう。ここに置くわけにもいきませんし、お気持ちは有り難く、です。まだ届くでしょうし」


「でも、贈った物が店先に並んでいたりしたら」


 マサヒデが笑って、


「ふふ。私も全く同じ事を考えました。

 見つかったら気不味いですが、今回は仕方ないです」


 シズクが箸を持ったまま手を上げ


「じゃ、私も行くよ。荷物の積み下ろしとかするだろ?」


「助かります」


 ずずっと残った汁を飲んで、箸を置き、


「では、一服したら行きますか。カオルさん、ラディさんに薬を頼みます」


「は」


 答えながら、カオルがマサヒデに茶を差し出す。

 湯呑を受け取って、軽く口をつけ、


「ぶっ!」


 とマサヒデが茶を吹き出し、けほっ、けほっ、とむせた。


「どうなさいました?」


 皆が声を上げたマサヒデを見る。

 ふう、と息をついて、マサヒデが懐紙で口を拭い、


「しまった。マツさん、大事な事を忘れてましたよ。

 陛下へ、出産報告の書簡を書かなければ」


 え? とマツとクレールが少し驚いて、


「まだお出ししてなかったんですか?」


 マサヒデが苦笑して、


「いや、こういうお報せって、どう書いたものなのか、さっぱりで。

 私とマツさんに子が出来ました、陛下のお陰です・・・

 じゃ、いけないですよね」


「ううん・・・」


 さすがにそれは、とマツとクレールが呆れた顔をする。

 くす、とカオルが笑いを漏らす。


「草案だけ、考えてもらえませんか?

 ギルドの書記官さん達も、陛下に出すお手紙だって、尻込みしてしまって。

 書くのは私が書きますから」


 マツが呆れ笑いを浮かべながら、


「分かりました。考えておきますから、今日中にお出しして下さいね。

 特急の早馬でお届けしてもらいましょう」



----------



 馬屋。


 厩舎を覗くと、飼葉を重ねていた店主が顔を上げ、


「お、トミヤス様、おはようございます」


「おはようございます。馬車を出したいので、白百合を繋げてもらえますか」


 にやにやと馬屋が笑い、


「ははーん。贈り物ですか?

 見ましたよ、トミヤス様の馬車! カゲミツ様の行列!」


「うっ! 見ておられましたか」


 マサヒデが気不味そうに目を逸らす。

 馬屋は笑いながら、鋤を壁に立て掛けて、


「すげえ馬車がって聞いて、慌てて通りに出たら、びかびか光るのが!

 聞いたらトミヤス様と奥方様が乗ってたとか」


 マサヒデの顔が渋くなる。


「ううむ」


「あの馬車にゃあ驚きましたよ。目が眩んじまうかと。

 しばらくしたらカゲミツ様の行列が来て、何だ何だと見ててみりゃ、黒影だ。

 お供の方を連れて、にこにこしながら手を振ってなさる」


「・・・」


「いくつも馬車やら馬やらが通ってくし、皆さん、びしっと格好決めて。

 ブリ=サンクで、パーティーしてらっしゃったんでしょう?」


「ええ、まあ・・・」


 喋りながら、馬屋が白百合の房を開けて、口を取り、


「あんなすげえ馬車だ。主催はトミヤス様。

 で、あんなに豪華な面々がいっぺえ集まった。

 そりゃあ贈り物も多かろう、ってなもんですよ」


 並んで歩きながら、馬車の方に歩いて行く。

 近くにシズクが立っている。

 馬屋が頭を下げると、シズクが「よ」と手を上げる。


「いやあ・・・昨晩、ホテルの倉庫を軽く覗いたんですが、ほとんど一杯で。

 預かってはくれてますが、早く出さないと迷惑ですし」


「へえ、そんなにですかい」


「3、4回は往復しないといけないんじゃないでしょうか」


「そりゃまた、えれえ集まったもんですな。

 これがトミヤス様の人望ってやつですか」


 は! とマサヒデは笑い飛ばし、


「そりゃあ、少しは名が売れたって自覚はありますけどね。

 今回は私ではありません。父上と、私の妻の2人です」


「お父上は分かりますが、奥方様もですか?

 ああ、そいやマツ様は魔術師協会の長でしたか」


「それもありますが、二人共、貴族の出なので。

 貴族の方々って、とにかく貴族同士で繋がりをってえらく敏感だそうです」


「へーえ。そういうもんですか・・・っと」


 喋りながら、白百合に轅を繋げる。

 繋いだ所をきゅ、と引っ張って確認し、


「よしっと。さ、いつでも出せますぜ」


「ありがとうございます。行く前に、黒嵐に挨拶してきます」


「へい」



----------



 がらがらと馬車を走らせ、ブリ=サンクへ。


 大量に並んでいた花輪はもう片付けられている。

 庭を散歩している、身なりの良い者が何人かいる。


(見つかったら、また寄ってくるかな)


 と、ちらっと思ったが、向こうはこちらに目もくれない。


(この格好なら安心かな)


 普段の浪人姿に荷馬車では、せいぜい使いに見られる程度だろう。

 止まった馬車の裏からシズクが下りてきて、マサヒデも御者台から下り、菅笠を取って、ひょいと御者台に乗っける。

 シズクが、ふあ、と小さな欠伸をしながら、


「さ、行ーくかあー」


「ええ」


 と、2人で受付まで歩いていく。


「どうも。おはようございます」


「おはようございます」


 頭を下げた受付が、ちらとシズクを見て、マサヒデを見る。


「マサヒデ=トミヤスです。

 昨晩、こちらでお預かりしてもらった贈り物を、運ぼうかと」


「早くにありがとうございます。馬車はあちらで?」


 と、受付が外のマサヒデ達の荷馬車に顔を向ける。


「ええ。往復しますので」


「食べ物の方は冷蔵室で預かっておりますが」


 ふふ、とマサヒデが笑って、


「そっちも大丈夫ですよ。

 鬼とレイシクランがいますから、今日中になくなります」


 シズクをちらっと見て、くす、と受付が笑う。


「では、そちらは昼になさいますか?

 まずは他の物をお運び頂いて」


「ははは! そうしますかね」


「では、馬車まで私共がお運び致します」


「助かります。積み込みは、私と後ろの鬼のシズクさんがやります。

 まず、馬車1台分、お願いします」


「はい。それでは、少々お待ち下さいませ」


 従業員が奥に入って行き、しばらくするとがらがらと台車が並んで出て来た。

 マサヒデが少し顔をしかめると、


「うへえ」


 と、シズクも小さく声を出す。


「さ、積み込みましょう」


「はーい」


 台車に並んで歩いていく。

 馬車の後ろから乗り込んで、横の幌を上げる。

 ずらずらと台車が並んでいる。


「じゃ、シズクさん。割れ物に気を付けてお願いします」


「はいよー」


 ひょいひょいとシズクが手渡す箱を受け取り、適当に積んでいく。

 積みながら、倒れたら割れ物は壊れてしまうかな?

 と考えながら、慎重に並べながら積んでいく。

 マサヒデの腰くらいでぎっしりになった所で、全ての台車が空になった。

 幌を下ろして、さっと後ろから飛び降りる。

 最後の台車の所にいた従業員に、


「これでどのくらいですかね?」


 と尋ねると、にこにこ笑いながら、


「3分の1くらいです」


「かはっ」


 返事を聞いて、マサヒデが変な声を出して、下を向いた。

 下を向いたマサヒデを見て、シズクと従業員が笑う。


「ふう・・・これ下ろしたら、また来ますね」


「お待ちしております」


 従業員が頭を下げ、台車を押して中に戻って行った。

 マサヒデも御者台に飛び乗って、菅笠を被る。

 ぎし、と音を立てて、シズクがゆっくり荷馬車に乗った。

 ぱしん、と鞭を入れると、荷馬車ががらがらと走り出す。

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