第145話 熟練騎士の騎馬戦講座


 サクマが「こちらへ」と言って、マサヒデ達を焚き火の前に座らせる。


「本当に単純なものです」


 そう言って、サクマは小枝を手に取って、地面に長丸を描き、片方の辺にちょいと線を描く。


「ここが馬の頭とします」


「はい」


 そして、離れた所に、小さく円を描く。


「これが、相手」


「はい」


「馬上では、どうしても左側が死角となる。

 それで、せっかくの良馬が使えない。

 で、困ってしまった、という感じですよね?」


「その通りです」


「対応のひとつ目。

 これは、騎射で攻めることですが・・・

 しかし、慣れない馬上で騎射が出来ない・・・ですよね?」


「はい」


「ならば答えは簡単。左側を見せなければ良いのです」


「と、言いますと?」


 サクマは長丸から、相手の小さい円の前まで、半円を描くように線を引いていく。


「直線で動くのではなく、このように・・・」


 そのまま、ずーっと線を半円を引く。


「円を描くように。すると、相手からは、右側しか見えなくなる」


 マサヒデもカオルも目を見張る。


「な、なるほど!」


「直線で突っ込むから、少し横に動かれただけで、左側を取られるわけですね」


「ううむ・・・そういうことか」


「戦争のように、大きな人数で突進するような場合は、大量に並びます。

 だから、あまり横を気にすることなく、まっすぐ突っ込むわけですね。

 そういう『騎馬はまっすぐ突進』という印象があるから、皆、直線で突っ込む。

 ですが、こう動けば、左を取られないわけです。

 少数の騎馬で戦うなら、これです」


「むう・・・確かに、至極単純ですが、効果的だ・・・」


 マサヒデもカオルも、感心して唸ってしまった。


「む、ですが、例えばこのように相手が入ってきたら?」


 描かれた半円の内側に線を引く。

 そうすると、相手に左側を取られる。


「その場合はこう、速度を乗せたまま、離れます」


 サクマは円の途中から角度を変え、大きな円を描く。


「そして、離れたらこのようにまた・・・」


 相手に向かって円を描く。

 

「円・・・円の動きですね・・・直線ではなく、円・・・」


「その通り。そして、この円の動き、このような応用もききます。

 単純に、相手の前を通るように円を描くだけでなく・・・」


 すーっ、とサクマは相手の横を丸く通るように線を引いていく。


「このように、相手の横を走りながら、少し後ろで円を描くように走りますと・・・」


 相手の丸の少し前で、長丸を描く。馬の位置。


「ここです。先程より、相手と馬の角度が浅くなりますな」


「はい」


「最初に説明したような、相手の前で円を描くような動きだと、どうしても薙ぎ払う攻撃になる。

 ぴったり前で横に突きを入れてもいいですが、何しろ馬上。これは当たりづらい。

 それに、横の動きだから、突きを入れても、馬の重さが横に流れます。

 となると、鎧を着ているような相手には、突きは通りづらい」


「確かに」


「が、それもこのように角度が浅ければ?」


「あ! そうか、少し外に開いて槍を向ければ!」


「その通り。少し外に向けるだけですので、重さも速度も十分乗ります。

 外れても、そのままの勢いで走り抜けます。

 そうすれば、こちらは速度が乗っているから、相手は追えません。

 こちらは離れて走り去るから、左も取られない」


 これが騎士の馬上での戦い方。

 いつも徒歩で戦うマサヒデやカオルには思い付かなかった。

 単純だが効果的。応用もきき、様々な攻めが出来る、円の動き。


「さらにこれ」


 もうひとつ、サクマは長丸を描く。


「もう一騎いますと、まず先の一騎の攻撃が避けられましても・・・」


 後ろの長丸から少しずらして円を引く。


「すぐに後ろから来て、この線のように当たっていける、というわけです。

 相手は避けたばかり。余程の者でなければすぐには動けないから、これは当たる。

 もちろん、後続の馬の距離が離れていれば、攻撃に間が出来てしまいます。

 ですので、前とあまり離れてはいけない」


「ふむ」


「この後ろに付く一騎は、長巻のような物をおすすめします。

 離れずに走っているわけですから、あまり角度は変えられません。

 そこに、このように相手が下がった所に寄せて通るわけですから・・・」


 サクマが長丸の横に線を引く。


「横に広く、薙ぎ払うような物の方が良いわけですな。

 槍で払うと、折れたり曲がったりします。

 丸々鉄製だとか、余程小回りのきく馬なら、話は別ですが」


 単純に見えて、隙がない。

 サクマ達、騎士4人は、こうやって戦っているのだ。

 実に巧妙だ・・・


「ううむ・・・上手い」


「ですが、一見万能に見えるこの戦い方にも弱点はあります。

 馬が円を描いて走れる広さがなければ、使えない」


「・・・広い場所でしか・・・」


「しかし、そのような場所でないなら、そもそも騎馬など使わなくても良い」


「あ、確かにそうです。狭い所なら、降りて戦いますよね。騎馬は逆に不利」


「その通りです。

 ほとんど直線でしか動けないような場所なら、簡単に騎馬は対応出来ます。

 マサヒデ殿が懸念されていたように、左側を簡単に取れる。

 左を取れば、マサヒデ殿なら、蹴り落とすようなことも簡単でしょう?

 マサヒデ殿でなくても、まっすぐ走ってくるだけだから、弓鉄砲も簡単に当たる。

 長物を持っていれば、柄を地面に立てておくだけで、馬に槍を突き入れられる。

 避けようと動こうとしても、狭いから止まってしまう。簡単に袋叩きです」


「確かに」


「こちらが攻撃する時に大事なのは、距離です。

 自分の得物の長さ、相手の得物の長さは当然ですが、円を描く距離。

 円の内側に相手を入れない。

 こう、近すぎと見えたら、当たろうとせず、ここで一旦円を小さくして曲がって離れて・・・」


 サクマがすーっと線を引く。

 小さい円が、反対側で大きく引かれる。


「このように、回ってからまた向かう・・・」


 また、同じように線を引いていく。

 

「と、こういうわけですね。

 近すぎて、どうしても当たってしまう! という時以外は、離れてもう一度。

 もちろん、そういう場合は体当たりをしても構いませんが、相打ちになる可能性もあります。体当たりとなれば、たとえナイフのような短い得物でも、馬に刺されてしまう。そうなると、例え相手を倒しても、馬が立ち止まったり、振り落とされるかもしれません」


「体当たりは危険、と」

 

「馬の重さなら、ほとんどの相手を吹き飛ばし、なぎ倒せます。

 しかし、いくら大きくても馬は草食動物。元来、臆病です。

 驚いて立ち止まったり、言うことを聞かなくなったり、振り落とされたり。

 どうしても避けられない! という時以外は、なるべく体当たりは避けましょう。

 速度も落ちますし、変な当たり方をして、馬が転んだりしたら大変です。

 戦に慣れた馬で、がっつり馬鎧を着ているなら、体当たりは十分ありですよ」


「分かりました」


「そして、次は遠い時。こちらも無理に当てようと、こう角度を変えて近付いたりすると・・・」


 サクマが線を引いていく。

 円が直線のようになり、相手にまっすぐに近い線が引かれていく。


「こうなります。円の動きが崩れて、直線に近い動きになる。

 当然、簡単に対処されます」


「なるほど・・・」


「騎馬戦は、攻撃に馬の重さと速さが乗ります。一撃必殺です。

 一撃当たれば勝ちですから、いくら外しても構いません。とにかく一撃離脱。

 常に走って一撃だけ、馬の重さと速さを入れた一撃が入れば良いんです」


「一撃離脱、一撃必殺・・・」


 こくん、とサクマが頷く。


「例え相手が頑丈な金属鎧のような物を着ていて、突き通せなかったとしてもです。

 馬の重さが乗った攻撃が当たるのですから、軽く吹きとばせます。

 シズクさん、でしたか。彼女のような、鬼族みたいな例外は除きますが」


「なるほど」


「これは基本的に人相手の戦い方ですが、鬼族のような、ものすごく重く頑丈な上に速い、という相手でなければ、有効なはず。さすがに、空を飛んだりする相手にはききませんけどね」


「注意すべき点はありますでしょうか」


「まず、ものすごく素早い相手ですね。例えば、マサヒデ殿や、忍のような。

 先程の円の動きで走って行っても、さっと回られて左を取られてしまう、とか。

 通り過ぎたと思ったら、後ろに飛び乗られてしまった、とか。

 魔族には、そういった怖ろしく素早い種族もいるかもしれませんね」


「ふむ、素早い相手に注意と」


「それと、得物は柄に鉄を仕込んだ物にして下さい。

 普通の長物では、相手が重くなくても、簡単に折れてしまいますよ。

 馬の重さが乗った攻撃に耐えられる物でなければなりません。

 多少重くても、抱えるように持てば、突きも払いも十分可能です。

 丸々鉄製の柄ならなお良いですが、マサヒデ殿にはちと重すぎるでしょうか」


「あ、そうか・・・馬の速さ重さが乗るなら、武器もそれに耐えられないと」


 こく、とサクマが頷く。


「次ですが、これは馬の大きな弱点です。

 騎馬は基本的に飛び道具に弱い。的が大きいからです。

 弓鉄砲は離れて戦いますから、当然動きも良く見え、簡単に読まれて当ててくる。

 乗っている者に当たらずとも、馬に当たって馬が驚けば、小さな攻撃でも落馬させられる。

 魔術師も離れている者が多いから、これにも弱い。

 走り抜けようとする所に何か置かれれば、簡単に落とされる」


「ふうむ」


「このような者への対策が大事です。

 飛び道具や魔術師を先に始末出来れば、先の円の戦法がぐっと生きます。

 一気に近付いて潰してしまう。

 我らのように、硬い馬鎧を着せる。

 マサヒデ殿の所の魔術師の方に、射手や魔術師を即始末してもらう、等々」


「飛び道具、魔術師に要注意、と・・・」


「ふふふ。さて、ここでひとつ。

 いまの注意点で、相手が騎馬だった場合の対策が出来ましたよ。

 マサヒデ殿は騎射がそれほど得意ではない、と先程おっしゃいましたね」


「そうです」


 にやり、とサクマが笑う。


「しかし、相手が馬のような大きな的ならいかがでしょう」


「あ!」


「金属の馬鎧を着ているような馬でなければ、簡単に当てられましょう?」


「そうか。文字通り、将を射んと欲すれば先ずその馬を射よ、ですね」


「いかにもその通り。

 しかし、少し騎馬戦を知っている者なら、皆、これを狙ってきます。

 騎馬相手なら、正確に狙う必要はないからです。

 マサヒデ殿も騎乗している場合は、大した腕ではない、と油断しないことです」


「なるほど・・・」


「さて、長々説明しましたが、はっきり言って騎馬は短所が多いです。

 左を取られれば簡単にやられる。

 広くなければ戦えない。

 長物に弱い。

 飛び道具に弱い。

 魔術師に弱い。

 ちょっとしたぬかるみで速度は落ち、いい的になる。

 小さな事で驚き、もし振り落とされたり、転んでしまえば隙だらけ。


 しかし、これら全てを補っても余りある、速さと攻撃力。

 いかにそれを活かすかです。


 草食動物ゆえ臆病。しかし裏を返せば勘が鋭い。危険を教えてくれる事もある。

 戦うほどに度胸もつき、勘の鋭さを持ったまま、多少の事には驚かなくもなる。

 懐いた主には、馬の方から助けようと駆けつけてくれる事もある。

 傷ついて戦闘に耐えなくなっても、頑丈な乗り物、荷物持ちとなってくれる。

 あの白百合も、頼もしい旅の友として、長くお付き合い下さい。


 さて、このサクマの騎馬戦講座は以上です。いかがでしたでしょうか」


「良い勉強になりました・・・いや、感服致しました・・・」


 マサヒデとカオルは手を付いて、ぐっと頭を下げた。

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