第139話 飲み会
三浦酒天。
この店はいつも賑やかだ。
中から、大きな笑い声が聞こえる。
暖簾をくぐると、いつもの大きな声が響く。
「へい! らっしゃい!」
「こんばんは」
「おお、トミヤスの旦那!」
「今日はここで食べたいんですが、4人分の席、ありますか」
「や、これはすいません。今日は満員御礼でして」
店員が頭を下げる。
そこに、座敷から声が聞こえた。
「おいおい! トミヤスの旦那に席を譲らねえってことはねえ!
うちらが上がるぜ! なあ、お前ら!」
「おうよ! トミヤスさん、この席、使って下せえ!」
「や、それは・・・」
「さあ、トミヤスさん、こっちに上がって下せえ!
遠慮なさらねえで! うちらは弁当で済ませますから!」
座敷の席から、客が出てくる。
「さ、どうぞ!」
にこやかな、酒臭い赤い顔で、客が座敷の方に手を差し出す。
「いやちょっと、それは申し訳ありませんよ」
「いいんだいいんだ! トミヤスさん、遠慮しねえで使って下さいよ!
さあさあさあさあさあ!」
酔っているせいか、すごい勢いだ。
断ったら、逆に機嫌を損ねてしまうだろうか。
「・・・では、遠慮なく。
皆さん、ありがとうございます」
「やったぜ! おい、弁当と徳利を頼むぜ!」
「へい!」
「じゃあ、皆さん。せっかく譲ってくれた席です。
上がらせて頂きましょうか」
「やりましたね!」「は」「やったー!」
3人が声を上げる。
座敷にはまだ酒の徳利や皿があったが、すぐに店員が片付け、机を拭いてくれる。
「さて、カオルさんも今日は呑んで下さいね。
これ、主人から家臣への命令です。だから、問題ないですよね。
馬のお礼です。必ず受け取って下さいね」
「は。酔わぬよう、訓練はしております。問題ありません」
「・・・そうですか・・・」
「マサヒデ様。私はてりやきが食べとうございます」
「私は肉なら何でも! あと、酒も欲しいな!」
「よし、せっかく来たんです。がっつり行きましょう! すいません!」
「はーい」
「飲み放題で、まず酒3つ。
やっこに枝豆。てりやき、唐揚げ、焼鳥盛り合わせ。
てんぷら盛り合わせ、刺し身盛り合わせ、あとだし巻き。
おお、オリネオ豚もありますね! この、オリネオ豚の揚げ味噌ダレ。
やっこと枝豆以外、全部山盛りでお願いします。
あと、米は普通盛り2つ、山盛りを2つ」
「・・・こんなに、山盛りでいいんですか?」
「ええ。1人で、このくらいは余裕で食べる人が」
ちらりとシズクの方を見る。
あ、と店員も気付く。この辺でたまに見る鬼族の人だ。
すごくにこにこしている。
こんなに楽しみに来てくれるとは。
「はい。分かりました! では少々お待ちくださいませ!
注文入りまーす!・・・」
ちらっとカウンターを見ると、奥の厨房から驚いた顔の店員が見える。
「ふふふ」
酒と、美味しそうな飯の匂い。
ざわめく店。
たまには、こういうのも悪くない。
クレールと食べたレストランも美味しかったが、肩が凝って仕方がない。
やはりこういう肩ひじ張らない方が良い。
「マサヒデ様、昨日食べたここのてりやきには、もう感動しました!
私も好きでよく作りますけど、全く及びませんね!」
「美味しかったでしょう?」
「それはもう! 貴族の方々も足を運ぶという理由も分かります」
「え! ここそんなにすごいの!? すぐ近くだったのに、知らなかったよ」
「シズクさん、損しましたね。ここはすごいお店なんですよ」
「うえー、知らなかったよ! 酒はギルドで呑んでたし・・・」
「飲み過ぎは気を付けて下さいよ?
明日はシズクさんが見つけた場所を見に行きますから」
「大丈夫だよ。二日酔いなんて、滅多にならないんだから」
「ここはお酒も美味しいと評判ですからね。店の酒、全部飲まないで下さいよ?」
「マサちゃん、いくら何でもそれは無理だって」
「お待たせしましたー」
店員が盆にやっこと枝豆と酒を乗せてくる。
「こちらやっこと枝豆でーす。お酒は?」
「私以外です」
「はーい、どうぞー」
店員は皆の前にやっこ、枝豆、酒を置き、去っていった。
「さて、頂きますか」
箸をとった所で、カオルがぴし、とマサヒデの前に手を出す。
「お待ち下さい」
「どうしました?」
「お毒見を」
「は?」
眉根を寄せ、真剣な表情。
カオルがやっこの隅を箸でつまみ、枝豆を掴んで匂いを嗅ぐ・・・
ひょいと口の中に放り込み、ゆっくりと食べる。
ぐい、とマサヒデの徳利に顔を寄せ、中を覗き込む。
お猪口を取り、ほんの少し酒を入れ、すんすんと匂いを嗅いで、口に入れる。
あまりに真剣な顔に、座が、しーん・・・となる・・・
「・・・」
こくん、とカオルは頷いて、マサヒデの前にお猪口を戻す。
「お待たせ致しました。どうぞお上がりを」
「・・・ありがとうございます・・・」
「失礼致しました。器の方に塗られている場合もございますので」
「・・・いえ・・・構いません」
「大丈夫です。さ、どうぞ」
「じゃ、じゃあ食べようよ!」
「そうですね!」
マツが箸を取ると、シズクは「がばっ」と枝豆を握り、皮ごと口の中に放り込む。
「んー!」
ばりばりと皮ごと枝豆を食べている。
「・・・」
「いやあ、枝豆とやっこって、やっぱ酒だ! って感じするよね!」
徳利を持ち、徳利から一気呑み。
「ふー! うお、ほんとに美味いね! お代わりお願い!」
しーん・・・
「はーい」
皆の目がシズクを見つめる。
いつも「たくさん食べるなあ」とは思っていた。
だが、枝豆を一掴みで、皮ごと全部とは。
「? どうしたの?」
「・・・いえ、やはりシズクさんは豪快で、食べ方が気持ち良いなあ、と・・・」
「そう? 照れちゃうな」
「で、では、我々もいただきましょうか」
「そうですね・・・」
「はい・・・」
店の酒と食材がもつかな・・・
マサヒデは少し心配になった。
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「おかわりー!」
徳利を手で上げるシズク。何本飲んだのか。
残った唐揚げをつまみつつ、ちびちびと酒を飲むマサヒデ。
他の唐揚げは、全部シズクに食べられてしまった。
「唐揚げ、追加お願いします。山盛りで」
「はーい」
鹿も丸ごと平気でいける、とは言っていたが、目の前で見るとやはりすごい。
普段は一緒に膳を食べた後、よくギルドに酒を呑みに行っていたが・・・
食事も食べていたのだろう。
は! とマサヒデは気付いた。
これは問題だ。
毎日これだけ食べるとなると、食事が馬鹿にならない。
旅も大変だ。荷馬車が全部食料になってしまう。
「シズクさんは、普段もこんなに食べるんですか?」
「食べれる時は、だけどね」
「そうですか・・・」
「ふふーん。旅で食事が大変とか思ってるんじゃない?」
徳利を指でつまんで、左右に振るシズク。
やはり、呑んでいても鋭い。
「ええ、まあ・・・その通りです」
「大丈夫だよ。食べれる時は、だよ。マサちゃん、私もずっと故郷から旅してるんだよ? 食べれない時なんか、しょっちゅうだったんだから。皆のを食べちゃったりしないよ」
クレールの時も心配したが、食事も大問題だ。
何頭も荷馬車を連ねて、中身が全部食料、などと言うことにならなくて良かった。
「うん! やっぱりこのてりやきは最高ですね!」
「奥方様、私も一切れ」
「私も食べたい!」
「私も頂きます。てりやきも追加しましょう」
「唐揚げお持ちしましたー」
「てりやきも山盛りで追加お願いします」
「はい。ありがとうございまーす」
ふっと浮かんだ心配も解決した。
酒の味は分からないが、てりやきをつまんで味を楽しむ。
やはり、ここの料理は最高だ。
皆の楽しそうな顔。ふっと笑顔が浮かぶ。
また、皆で来よう。
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