第138話 巨馬の名・2
マサヒデは夕方になって帰ってきた。
からから。
「只今戻りました」
「おかえりなさいませ」
「おや、カオルさん。早かったですね」
「シズクさんも、もうお帰りになっております」
「シズクさんもですか。お二人は上々だったようですね」
「ええ。私の方は、とても良い場所を」
「ほう」
カオルは土間に座って足を洗うマサヒデに、手拭いを差し出す。
「お土産もございます。後ほどご覧いただければ、と」
「お土産? それは楽しみですね。私のはこれです」
マサヒデは川で獲ってきた魚をカオルに渡し、足を拭いて居間に上がる。
「只今戻りました」
「おかえりなさいませ」「おかえり!」
マツが手を付いて、シズクがにこやかな顔で手を上げる。
マサヒデが腰を下ろすと、カオルが茶を出してくれた。
「私の方は全然だめでした。森の方は開いている所がなかったです。
高い木に登って遠くまで見てみたんですが、開いてる所は川くらいでした」
「ご主人様。私の方は上々で・・・こちらを」
カオルが地図を広げる。
「この赤い丸の地点。高い木に囲まれた、浅く広い窪地です。
窪地ではありますが、水で湿気ってはおりません。広さも十分かと。
少々登りますので、クレール様とラディさんには少し厳しいかもしれません」
「ほう」
「それと、ここは馬の住処です。今まで見つかっていなかったのでしょう。
いくつもの群れがあります」
「ほう! 馬ですか!」
「土産に1頭、もらってきました」
「それがカオルさんの土産でしたか。
ふふ、随分と自信ありげな顔でしたが、なるほど。馬の住処でしたか」
「マサヒデ様! 私も見たんです! すごくかわいいんですよ!」
マツはうきうきした顔で、マサヒデに顔を向ける。
「・・・」
カオルとシズクが顔を見合わせる。
「? そうですか。で、その馬は今?」
「厩舎を手配しました。馬具の用意もお願いしてあります」
「ありがとうございます。後で見に行きましょう。
で、シズクさんの方は?」
「いやあ、場所は見つかったけどさ。馬はいなかったよ。鹿も猪もいなかった。
で、獲物がいないから、狩人もこないし、遠いから町の人も村の人も来ないよ」
「ふむ? で、どの辺です?」
ぷ、とカオルが口を押さえる。
カオルを見て、シズクがむっとした顔をする。
「多分、この辺・・・じゃないかな・・・」
「多分?」
「ごめん、地図見ても、どの辺か良く分からなかったんだ・・・
案内はちゃんと出来るからさ・・・」
「なら構いませんよ」
「ありがと! 明日にでも案内するよ!」
「お二人共、ありがとうございました」
「ご主人様、よろしいでしょうか」
カオルが小さく手を上げる。
「なんでしょう」
「場所は、シズクさんの方を使うのはいかがでしょうか。
せっかく見つけた良馬の住処。何かあって殺してしまっては、惜しいかと。
数日もすれば、私が馬を捕らえる時に散った馬も、戻って来ましょう」
「うん、たしかに良い案です。
ですが、まずシズクさんが見つけた場所を確認してからです。
そこがだめだったら、仕方ありません。カオルさんの方を使いましょう」
「は」
「絶対、良い所だよ。そこまで登らないし、マサちゃんも満足するよ」
「自信あるみたいですね。楽しみです。
・・・さて、早速ですけど、馬を見てみたい。
夕食は外で食べましょう。皆で、お出かけと行きませんか」
「やった!」
「マサヒデ様! 私、三浦酒天に行きとうございます!」
「三浦酒天? マツさん、酒は・・・」
「昨晩、トモヤ様が参りまして、三浦酒天のお弁当を頂きました」
「ああ、あそこの飯は美味いですからね。
じゃあ、夕食は三浦酒天にしましょうか。
いつも混んでますから、席がなかったら弁当にしましょう」
「はい!」
----------
「おお・・・」
厩舎に繋がれた馬を見て、マサヒデも驚いた。
これは大きい。
速い、という感じはしないが、しかし馬車馬のように鈍重ではなさそうだ。
筋肉質で、頑丈そのもの。
槍で一突き二突きされても、通りもしなさそうだ。
皆が近付いても、目が落ち着いている。
それなりに度胸もありそうだ。多少の事では、驚きもしなさそうに見える。
「旦那、これはものすごい奴を捕まえてきましたね」
馬屋が話し掛けてきた。
「ええ。これは良い」
「こいつぁ一体どこで? 場所を教えて頂ければ、一包みしますよ」
「秘密です」
「ま、でしょうなあ。残念だ! こいつ1頭だけではありますまい?」
「ええ。また捕まえてくるつもりです」
「楽しみですねえ・・・こういう奴らを世話するのも、私らは嬉しい・・・」
馬屋が優しい笑顔で見上げる。
「おっといけねえ。さて、鞍と鐙(あぶみ)は、どんな形の奴にしやしょう。
このガタイ、どんなごつい馬鎧も平気でしょう。鎧はちとお時間を頂きますが」
さっと馬屋が馬具の図が描かれた紙を差し出す。
受け取って、考えてみる。
良い馬だ。馬車馬にするには惜しいと思う。
さて。馬鎧か・・・
着けれるなら、着けた方がいいだろうか。
だが、長旅に馬鎧はどうだろうか。さすがに疲れたりしないだろうか。
アルマダ達の馬は、派手な金属の馬鎧を着ていた。
上に全身鎧の騎士達も乗っている。
平気だろうか?
「うーむ・・・」
たしかに着けた方が良い。
だが、弓矢ならまだしも、弩なら金属鎧でも通る。銃を使う者もいる。
そう考えると、それほどごつい鎧はいらない気もする。
となれば、弓矢が軽く防げれば良い。
馬鎧。マサヒデは馬上戦はそれほど慣れていない。
馬上。槍か大太刀も用意した方が良いだろうか。太刀ほど得意ではないが・・・
「うん。じゃあ、馬鎧もお願いします。
金属じゃなくて、革にします。矢が多少防げる程度で構いません。
下まで長くない、馬の足を邪魔しない感じで」
「じゃあ、これなんか」
「うーん・・・これだと首がもろに・・・」
「ではこちらとか」
「胴の所が・・・あ、鞍を着けるから平気ですかね?」
「左様で」
「じゃ、これでお願いします」
「合点です」
「鞍は・・・うーん、座る所が、こう柔らかい感じのがいいです。
何か敷物のようなものでも構いませんが。
結構長旅をすると思いますので、尻を痛めるとちょっと」
「へい。じゃあ、これですかね」
馬屋がひとつの鞍を指差す。
座る所のすぐ後ろに、何か巻いてある。
「鐙はがっつりした奴がいいですね。これとか」
「お任せ下さい。鎧は少しかかりますが、鞍と鐙は同じ物があります。
こいつの大きさに合せて、こことここの紐を変えるだけです。
朝にはどっちも出来ますよ」
「では、お願いします。馬具の金は明日持ってきます。
鎧の方は、見積もりが出来てからで良いですよね?」
「へい。こちらも明日にでも見積もりは上がると思いますんで」
「では、よろしくお願いします」
「ありがとうございます」
馬屋が頭を下げ、笑顔を上げた。
「おお、そうだ。こいつの名前、もうお決まりで?」
「はい! 決まりました!」
マツが手を上げる。
「かわいい名前が思い付きました!
『白百合』(しらゆり)なんてどうですか?」
「白百合、ですか・・・?」
「はい! 白百合ちゃんです!」
皆が馬を見上げる。
白百合。
ちゃん。
確かに白いが・・・
「・・・じゃあ、白百合で・・・」
「へい・・・」
ぶるる、と馬が首を振る。
----------
馬屋から三浦酒天に向かいながら、4人はぞろぞろ歩いて行く。
前を歩くマサヒデとマツをちらちら見ながら、後ろでカオルとシズクがこそこそ話す。
(なあ、白百合でいいのか?)
(・・・奥方様が付けた名前ですし・・・)
(似合わなくねえか・・・?)
(あなたも『シズク』ってお名前でしょう?)
(言うなよ。マサちゃんも、良いのかな?)
(良いのでは・・・)
(マツさんが決めちまったんだ。もう変えられねえな・・・)
(・・・まあ・・・良いのでは・・・)
(白百合ねえ・・・正直、私は似合わないと思うけど・・・)
(私なら、うーん・・・白峰とか・・・白波とか・・・)
(カオル、お前いい名前考えるな。次はお前が名付けろよ?)
(お願いしてみます)
くるりとマツが振り返る。
「どうしたんですか? こそこそと」
2人がぎくりと顔を上げる。
「え! ・・・次の馬さ、どんな名前がいいかなって相談してたんだ!」
「そうです。どのような色なら、どんな名前が良いかと」
「まあ、気が早い! でも、次はマサヒデ様ですよ?」
「え? 私ですか?」
「また捕まえてくるんでしょう? 今度はマサヒデ様が捕まえてきては?」
「そうしましょうか。次は私が名付けますね」
マサヒデは後ろの2人を振り向いて、こくりと頷いた。
カオルとシズクも小さく頷いたが・・・
(ご主人様なら、大丈夫でしょうか)
(どうかな・・・あのトモヤがたまに引っ張ってるちっちぇ馬あるだろ)
(ええ)
(あれ、マサちゃんが花の名前付けたんだろ?)
(・・・)
(また、花の名前にならねえかな。あんなガタイで鈴蘭とか)
(・・・似合わないですね・・・)
(だよなあ・・・お前、名前付けたいって、お願いしろよ?)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます