第135話 場所探し・4


 山菜摘みの女が目を覚ますと、木の影に寝かされていた。

 上体を起こすと、ぱさりと濡らされた手拭いが落ちる。


「ん?」


 手拭いを手に取り、周りを見渡すと・・・


「は!」


 あの鬼が山菜の入ったかごを持って、ごそごそと地面をかき分けている・・・


「ひっ!」


 声を上げると、鬼がこちらを振り向いた。


「あ! おばちゃん、まだ寝てなよ! 私が採っておくから!」


「・・・」


「驚かせちゃってごめんね。休んでてよ」


 鬼はかごを持って、ひょいひょいときのこや草を入れている。

 ばりばりと茂みの中に入って行く鬼。

 悪い鬼ではないのか?


 唖然として座り込んだまま、茂みを見ていると、しばらくして鬼が出てきた。

 どすどすと近付いてくる。


「ごめんね、おばちゃん」


 ゆっくり鬼はかごを下ろす。


「こんな山の中で鬼なんか見たら、驚いちゃうよね。悪かったね」


「・・・」


「さ、かご背負ってよ。おばちゃん、村の人だろ?

 街道までおぶってくよ」


 鬼は背を向けて、しゃがんでいる・・・

 言われるまま、かごを背負って、鬼の背中に乗る。


 鬼は片手を女の下に回して乗せ、片手でばりばりと枝を払いながら歩いて行く。


「ほんと、驚かしちゃってごめんね。

 私、町にいるんだけど、結構長くいるけどさ、今でもびびっちゃう人いるんだ。

 町には魔族もいるけどさ、鬼族はやっぱ珍しいみたい」


「・・・そうですか・・・」


「ま、冒険者ギルド以外、ほとんど出てないってのもあるけどね。

 だから、鬼がいるって知らない人も多いと思うし」


「・・・」


「私達って数が少ないから、ほとんど外の国にはいないしね。

 戦争してた時は、ご先祖様たちは随分と暴れてたみたいだし・・・

 まあ、怖いって思われても仕方ないね」


 女は少し安心して、身体の力を抜いて、シズクの背中にもたれかかった。


「ごめんよ、腰抜かしちゃって。

 あんた見た時、絵物語みたいな悪鬼かと思っちゃって。

 こっちこそ、大声で驚かせちゃって悪かったね」


「いいよいいよ。結構旅してるから、そういうの慣れてるんだ。

 気にしてないよ」


「すまなかったねえ」


「でもさ、実は、こないだ村に行ったんだよ。

 へへへー。道場に行ったんだ。トミヤス道場」


「え!? あんた、トミヤス道場に来てたのかい!?」


「そうだよ。カゲミツ様に、こてんぱんにのされちゃった。

 あ、別に道場破りってわけじゃないよ。

 町で知り合った友達が、カゲミツ様の身内だったんだ。

 で、挨拶に行くってんで、ついてったってわけ」


「へえー・・・」


「カゲミツ様、すごかったよ! もう、どうやって動いてるか、さっぱり見えないんだ! しかも、お酒でべろんべろんに酔っ払ってたんだよ!? なのに、手も足も出なかったよ! すごいよねえ・・・」


「べろんべろんに酔っ払ってて、あんたみたいな人を一捻り!?

 はー・・・強い強いとは聞いてたけど・・・そこまでかい・・・」


「うん。もう生きた人間と、打ち合ってる気がしなかったね。

 かすりもしなかった。最後は怖くなっちゃって・・・

 鬼族には武術家って結構いるけどさ、カゲミツ様にはきっと勝てないね」


「剣聖って言われてるけど、そんなにお強いんだねえ・・・

 たまに奥方と買い物してるの見るけど、あのお姿からは想像もつかないねえ」


「ははは! 私も初めて見た時、びっくりしちゃったんだ! いきなり謝りだしてさ、『ごめん! 俺が相手するから許してくれ! すまねえ!』とか言って、頭下げられちゃって、びっくりしちゃった」


「何だいそれ?」


「私にもさっぱり分かんない。でも、面白い人だよねー」



----------



 ばりばりと枝を踏み倒しながら歩き、街道について、シズクは女をゆっくり降ろした。


「悪かったね、おばちゃん。

 あ、その取った山菜とかきのこ、私なら食べられるんだけど・・・

 ちょっと、人族だと食べられないかもしんないから、後でちゃんと見てね」


「ありがとね。今日はほんとに悪かったね」


「いいよいいよ。それより、さっきまで気を失ったてんだ。

 おばちゃんも、帰り道、足元気を付けてね」


「すまないねえ」


「あ、そうだ。おばちゃん地元の人なら、分かるかな。

 さっきの山でさ、あんまり人が来なくて、ちょっと広い所あるかな?」


「? 稽古でもするのかい?」


 ぎく。


「そ、そーうそう! そうなんだ! 私、冒険者ギルドによく行くだろ?

 それで、冒険者の人たちと、よく稽古してるんだ!

 冒険者なら、訓練所より、ちゃんと外で稽古した方がいいよねーって!」


「うーん、じゃあ、あの辺かねえ? あんたがさっき来た所」


 女が山の中腹を指差す。さっきシズクが向かっていた方だ。

 しかし、この女が来ていたが。


「魔術使う人もいるけど、大丈夫かな?

 人が来る所だと、流れ矢とかも危ないし。

 けっこう人数もいるから、びっくりしちゃうかも」


「大丈夫じゃないかね? あまり獲物がいないみたいで、狩りに行く人もいないよ。

 村からも遠いから、山菜取りに行く人もあまりいないよ。

 私も滅多に行く所じゃないよ。久しぶりに行ったんだから」


 ふむ。

 人は来ない。下からは見えない。人数がいても大丈夫。

 あとは見て確認するだけだ。


「ありがとう、おばちゃん! 見てくるよ! じゃあね!」


「あんたも気を付けてねー」



----------



(見つけたぞ・・・)


 これは良い。

 浅い窪地になっていて、窪地の周りには木が生えている。

 野生馬の群れが、いくつも見える。

 広さも十分。


(馬も多い。土産に頂いていこう)


 窪地だが広く浅く、草も短い。湿地にもなっていないようだ。

 

 周りを回ってみたが、人の痕跡もない。

 山深い上、木で囲まれているので、この窪地は近付かなければ分からない。

 それで、今までこの野生馬の住処が見つからなかったのだ。

 

(よし)


 縄を用意し、馬を観察。

 速そう、という感じはしないが、大きくたくましい馬が多い。

 体力もありそうだし、馬車にぴったりだ。

 この大きさなら、馬鎧を着せれば、戦闘馬としても十分使えそうだ。


 すー、と音もなく手前の馬の群れに近づく。

 1頭の馬が首を上げる。


(気付かれたか?)


 ぴたっと止まって、気配を殺すことに集中する。

 視線も感じられないよう、そっと目を閉じる・・・

 馬からの視線は感じられない。

 警戒している気配も感じない。

 

(よし・・・)


 屈んだまま数歩近付いて、そっと縄を投げる。


「ひひいん!」


 縄を掛けた馬が驚いて、後ろ足で立ち上がる。

 近くにいた馬もぱっと駆け出す。


(頂いた!)


 馬に跳び乗り、片手で縄をたくしあげ、片手でたてがみを掴む。

 前後にすごい勢いで跳ね回る。

 足を閉め、縄とたてがみを掴み、振り落とされないようにバランスを取る。

 鳴きながら馬は走り出し、周囲の群れも散っていく。


「ははは! 元気がいいじゃないか! はーははは!」


 暴れ回る馬に乗りながら、興奮したカオルからも声が出る。

 そのまま、馬は四半刻近く暴れ回り、やっと落ち着いた。


 懐から干し果物を出し、馬に与える。

 大人しく餌を食べ、カオルの手をぺろっと舐めた。


「ふふふ・・・お前は良い。良い馬だ」


 地図を懐から出し、朱点をつけ、くるりと丸く円を描く。

 数日も過ぎれば、逃げ出した馬も戻ってくる。

 また捕らえに来るのも良いだろう。

 馬車を2頭立てにするも良し。乗るも良し。

 だが、これほどの馬、馬車馬にするのは惜しい。調教が楽しみだ。


(我ながら、良い土産だ)


 馬を降り、ぽんぽん、と馬の首を優しく叩き、しっかり縄を持つ。

 馬を引いては、今日中には山を降りられまい。

 振り返り、もう一度、馬のいた窪地を見て、カオルは満足げに歩き出した。

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