第136話 場所探し・5


 一方、森の中。

 マサヒデは高い木の上で、渋い顔をしていた。


「ううむ」


 木を登って、遠くまで見回してみるが、開けた場所は見えない。

 少しずつ木を回ってみるが、反対側にも開けた場所はない。

 開いている所は川ぐらい。

 奥の方は今いる辺りよりも鬱蒼としている。人の手が入っていないのだろう。

 この森はハズレだった。


 仕方なく、ゆっくりと木を降りていく。


 地面に降りて、すぐ帰ろうかな、と思ったが、少し歩いてみよう、と考え直した。

 しばらく町の中にいたから、こうした自然の中にいるのも久しぶりだ。

 今日はここで泊まるのも悪くない。


 入り口近くは人の手も入っていた。

 よほど奥まで入り込まなければ、危険もないだろう。

 川まで行って、魚でも捕まえるか。


 さくさくと落ち葉を踏んで、マサヒデは少し奥の川まで歩き出した。



----------



「おっ」


 シズクは先程教えてもらった、山の中腹辺りの場所に出た。

 いいじゃん。


 広い。

 下からは見えない。木が周りを囲んでいる。

 人も滅多に来ないらしい。


 集中してみる。

 小さな動物の気配しかしない。

 ネズミかリスか、小さいのが走っている。

 こんなに良い場所なのに、たしかに大きいのはいない。

 なら、狩人も来ないだろう。


 クレールみたいに小さいのには、少し草が高いかもしれない。

 上からは見えてしまうが、そこは仕方ない。

 まあ、あんなに高い所に人は登らないだろう。


 歩き回ってみよう。

 見た目は分からないけど、下が湿ってて、足が沈むようだといけない。


「んふふ」


 どすどすと足音を鳴らして歩いてみる。

 小さな虫が、ぱらぱら飛んでいく。

 ちょっとぬかるんでいる所があるが、シズクの体重でも沈むほどの場所はない。

 

「いいなーいいなー、ふんふんふーん」


 鼻歌を歌いながら、歩き回ってみるが、ここは良い場所だ。

 よし。ここに決めた!

 腰に下げた袋から、地図を取り出す。


「うーん・・・街道がここで・・・この山で・・・」


 ここはどこだ?


「んん?」


 印を付けておきたいが、ここが山のどの辺か良く分からない。

 中腹の平たい所だが・・・


(まあいいか。歩いて案内で来れるもーん)


 そうだ。帰る途中に、木に刻みでも入れていこう。

 街道からも見える場所だ。

 迷うことはないだろう。


 山菜摘みの女を街道まで連れて行ったので、もう日も傾きかけている。

 今日はこの辺で寝よう。

 まだ日があるうちに、何でも良いから、食いでのある獲物を探しに行こう。


 いくつか石を拾う。

 シズクなら、石をぶん投げるだけで、鹿くらい軽く昏倒させられる。

 がさがさと茂みをなぎ倒し、木の中に入って行った。


「やったぜー!」



----------



 ちりーん。


 風鈴の音が静かに響く。

 マツは縁側に座って、茶を飲んでいる。

 今日は皆が出ているが、最近は賑やかだ。


 マサヒデが来て。

 カオルが来て。

 シズクが来て。


 ずっと1人だった。

 こんなに静かな家だったか・・・

 すぐ側の通りを人が通っているのに、すごく静か。


 マサヒデ達が旅に出れば、また、こんな静かな家になる。

 最初は無理にでも着いていくつもりだったけど、もうそんな気はない。

 マサヒデ様が旅に出ている間は、私がこの子を守るのだ。


 そっと腹に手を当てる。

 早ければ、10日もしないうちに、このタマゴは産まれる。

 タマゴは私に話しかけたりしてくれないけど、もう孤独ではない。


 男か、女か。

 タマゴが割れるまで、どんなに早くても、数年。

 100年を超えるかもしれない。

 マサヒデ様も、お父上もお母上も、この子を見られないかもしれない・・・


 そうだ。

 名前をつけてもらおう。

 まだ男か女か分からないけど、お父上に男の名を。お母上に女の名を。

 お父様(魔王)も、お母様(魔王の妻)も嫉妬して怒ってしまうかもしれない。

 でも、お父上と、お母上は、この子と会えないかもしれないから。


 タマゴが産まれたら、もう一度、道場に行こう。

 そして、名前をつけてもらおう。

 お父上とお母上は、どんなに喜んでくれるだろう。

 また酔って、立ち会いを申し込まれたりして。


「うふふ」


 このタマゴを見て、クレールさんが、どんなに嫉妬することやら。

 ちょっとだけ、優越感を感じる。

 でも、クレールさんにお子が出来たら、きっと私も嫉妬してまう。

 クレールさんのお子は、お父上とお母上に会えるから。


「・・・」


 ちりーん、と、また風鈴が鳴る。

 夕飯は、ギルドで食べようか。

 そして、医者へ行こうか。

 まだ何もないけど、タマゴを見せてもらいたい・・・


 がらり。


「マツ殿ー! おいでかのー!」


 大きな胴間声。トモヤだ。


「はーい」


 ぱたぱた。


「おう、これはマツ殿。今日は皆が出て行って、マツ殿ひとりと聞きましての。

 それは寂しかろうと思いまして、ちょいと顔をのぞかせに来たというわけじゃ」


 トモヤが酒徳利と弁当を持ち上げる。


「これはトモヤ様。お気を使って頂いて・・・ささ、どうぞ」


「では遠慮なく!」


 どすどすとトモヤは居間に上がって行く。

 どん、と座って、マツの前に弁当と酒徳利を突き出し、


「こちら『三浦酒天』という店の弁当でございましてな。

 マツ殿はあまり外に出んと聞いて、買うてきましたのじゃ。

 知っておりますかの?」


「三浦酒天? うーん、知りません・・・」


「ふふふ。やはり知らなんだようじゃ。

 三浦酒天という店、庶民の居酒屋ながら、飯も酒も、まさに天下一品。

 なんと貴族様達も、わざわざお忍びで足を運ばれる、というほどの店なんじゃ。

 それほどの味なのに、安い! 我らはいつもここの弁当じゃ」


「まあ! そんなお店があったんですね・・・」


「なにせ居酒屋じゃ。マツ殿はあまり呑まんようじゃし、興味もなかったじゃろう。

 居酒屋の飯がそこまで美味いとは、知らなんでも不思議あるまいの。

 店はすぐ近く。ここから広場に向かった所じゃ。ささ、まずはおひとつ」


 ぐい、とトモヤはお猪口を差し出す。


「あ・・・わざわざご用意して下さいましたのに、申し訳ありません。

 私、今は、お酒は・・・」


「あ、まだ仕事が残っておりますかの」


「いえ」


 マツがそっと腹に手を当てる。

 あ! と、トモヤはぺちん、と頭を叩く。


「おお、そうじゃった! お子がおるのをすっかり忘れておって・・・

 これは申し訳ございませぬ」


 トモヤがぐっと頭を下げる。


「そんな頭を下げる事などなさらないで下さいませ。お顔を上げて下さい。

 さ、おひとつどうぞ」


 マツが徳利を取り、お猪口に酒を注ぐ。


「ううむ、ワシだけ呑んでよろしいかの? 何か、申し訳ない気分じゃ」


「もちろんですとも。お気になさらず」


「では、遠慮なく頂きましょう!

 さあ、マツ殿も三浦酒天の弁当、是非ご賞味下され!

 その味、お子も喜びましょうぞ! わはははは!」


「ありがとうございます。それでは・・・」


 ぱか、と弁当の蓋を開けると、良い匂いが漂う。

 色とりどりのおかずが、箱の中に散りばめられている。

 どれも平民の料理だが、香りが違う。これは美味しそうだ。


「わあ・・・これは美味しそう! もう匂いが違いますね!」


「そうでござろう! 口に入れれば、もっと違いが分かりますぞ!

 貴族様もわざわざ足を運ぶというのも、分かるというものじゃ!」


 マツは箸を取って、てりやきをひとつ口に運ぶ。

 口に広がる、美味しいタレ。

 タレの下の皮はぱりっとして、中には口当たりの良い肉。

 これは平民の料理の味ではない。貴族が足を運ぶというのも分かる。


「んー! ほいひゅうほはいまひゅ!」


「そうじゃろう、そうじゃろう! わはははは!

 ギルドの飯も美味いが、これとは比べ物になりますまい!」


 こくん、とてりやきを飲み込む。


「ああ・・・これは素晴らしいです! こんなお店がすぐ近くにあったなんて!」


「わはははは! お子も喜びましょうぞ! さあ、箸をおすすめ下され!

 足りなんだら、追加を買うてきますぞ! わはははは!」


 この店はクレールにも教えてあげよう。

 この味なら、クレールも満足すること間違いなしだ。

 ただの安い居酒屋の弁当と聞けば、驚くに違いない。


 安い。つまり、元の食材も安い、たいした物ではないはず。

 それがここまで化けるとは!

 この料理人は、きっと一流のシェフでも食べていける・・・

 居酒屋の弁当が、ここまで美味しいなんて!


 マツは感動しながら箸を運ぶ。

 トモヤは高笑いしながら酒を運ぶ。

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