第131話 ラディへの贈り物
翌早朝。
居間で腹を出して寝ていたシズクが、何かを捉えて目を覚ました。
(庭!)
誰かがきた。
目を瞑ったまま、いびきをかくふりをしながら、ごろんと転がる。
この部屋のすぐ外。縁側の前に、何者かがいる。
動いていない。
(座った)
何者かは座ったまま、ずっと動かない。
シズクも寝息を立てるふりをしながら、動かない。
(忍か?)
クレールからの使いか?
が、忍にしては、気配が『雑』だ。
殺気はない。
縁側のど真ん前。
忍んで入り込んできた、というわけではなさそうだ。
しかし、こんな時間に?
何故、庭に回って来た?
何故、動かない?
何者だ?
庭の隅にもうひとつ。
これはカオルだ。
(・・・)
薄目を開けて、得物の位置を確認。
(よし!)
がばっ!
「あ」
ラディだ。
なんか庭で正座してる。
また羽織袴だ。
「ラディ・・・おはよう・・・」
「おはようございます」
「なに、なにしてんの・・・?」
「は。マサヒデさん・・・マサヒデ様にお目通り願いたく」
「ああ、そう? じゃあ、起こしてくるよ」
「待って下さい」
「なに?」
「待ちます」
「そう? じゃあ、上がりなよ」
「ここで」
「・・・なんで?」
「ここで」
「まあ・・・分かったよ・・・」
「どうも」
ラディを横目に寝巻きを着替えていると、カオルがそっと奥から出てきた。
盆に湯呑と急須を乗せている。
(なあ、カオル。あれなんだ?)
(さあ・・・さっぱり・・・)
(えらい気合入ってるぞ? カゲミツ様の所に行く時みたいじゃん)
(ええ・・・もしかして、魔剣になにかあったんでしょうか?)
(あ! 折っちゃってごめんなさい! とかか!?)
(そんな感じには見えませんけど・・・)
(もう出来た! すげえの出来たぞ! って報告かな?)
(柄は金属で、お父上がお作りになるとか・・・もう少しかかるのでは)
(なんなんだろうな?)
(なんでしょうね?)
カオルは庭に降り、ラディに茶を差し出す。
「ラディさん、おはようございます」
「おはようございます」
「今日はご主人様に何か?」
「はい」
「もしや、もう出来上がったのですか?」
「いえ」
「では、魔剣に何か・・・」
「いえ」
「そうですか・・・お上がりになって・・・」
「いえ。ここで」
「・・・そうですか・・・あの、じゃあ、お茶はここに・・・」
「ありがとうございます」
一体どうしたのだ?
カオルとシズクは顔を見合わせ、庭に正座するラディを見る。
----------
しばらくして、マサヒデとマツも奥から出てきた。
「おはようございます」
「あ・・・」
カオルとシズクが座って、困った顔でマサヒデを見上げる。
「?」
マサヒデが居間に入ると、庭に正座していたラディが土下座して頭を下げ、
「おはようございます!」
と、大声で挨拶をしてきた。
一瞬、えっ? と思ったが、すぐに分かった。
魔剣に自分の名前を付けてもらったのが、よほど嬉しかったのだろう。
「おはようございます。ラディさん。さ、上がって下さい」
「滅相もございません!」
「上がらないと、話を聞いてあげませんよ。さあ、こちらに」
マサヒデは縁側に座り、ぽんぽん、と横を叩く。
「ははあーっ! 失礼致します!」
なんだあ? という顔で、全員がラディを見ている。
マサヒデは後ろの皆の方を向いて、
「ま、皆さんもこちらに集まって」
と誘う。
横にラディがびし! と正座している。
マサヒデより大きい上に、マサヒデは足を降ろしているので、まるで姉と弟だ。
「皆さん、あの魔剣なんですけど、まだ名前がないでしょう。
昨日、いい名前が思いつきましてね。名前、決めたんですよ」
「はい・・・それが・・・」
「魔剣登録の申請をする時に、『魔剣ラディスラヴァ』という名で、申請しようと思っています」
「え、それって・・・」
皆がラディの背中を見る。
肩がふるふると小さく震えている。
後ろにいる皆には見えていないが、ラディの目から、涙が落ちている。
「昨日、ラディさんが、お父上と自分の名を刻みたい、って言ってきたでしょう。
その後、思い出したんです。
ラディさんは、元々『鍛冶師として名を残したい』って、言ってたこと」
「あ、それで・・・」
「職人街を歩いていて、思ったんです。
ラディさんは、治癒師になって良かったって言ってました。
でも、何かに名を残したいって気持ちは、きっとまだ強く残ってるはず」
マサヒデは湯呑を持って、茶をすすった。
「私は、私の出来る範囲で、このラディさんの願いを叶えたいな、と思いました」
とん、と湯呑を置くと、カオルが注ぎ足してくれる。
「で、私は昨日工房を訪れて、お父上に新しく注文してきました。
柄にラディさんの名前を入れてはいけません。
柄には、お父上とお母上の名前を入れて下さい。
代わりに、この魔剣をラディスラヴァと名付けますって」
「お母上の・・・」
マサヒデは無言で泣くラディの顔を見上げる。
「ええ。親が柄として子を支え、子はその支えに刃として立つ。
どうです、魔剣ラディスラヴァ。
我ながら、中々良い名前じゃないかと思うのですが」
ぶわ! と皆の目に涙が浮く。
「申請が通れば『魔剣ラディスラヴァ』、として登録されます。
これでラディさんの願いも、少しは叶うかなって。
自分で打った作で残らないと、不満足かもしれませんけど・・・
すみません。これが、今の私の精一杯です」
がばっ! とラディがマサヒデの頭に抱きついてきた。
眼鏡ががちゃっと頭に当たった。
「ま! マサヒデさん! いやマサヒデ様! ありがとうございます!
この御恩! このラディスラヴァ! 終生忘れません!」
「マサヒデ様!」「ご主人様!」「マサちゃん!」
後ろの皆も涙を流し出した。
ラディの大きな背中に手を回す。
髪に、ラディの涙のつぶが落ちてくる。
「ラディさん、きついです。あと、様はやめて下さい。さん、でいいです。
ははは。こんなに感謝されるとは思いませんでしたよ」
「ううっ! マサヒデさん! マサヒデさん!」
「マサヒデ様、やはり、あなたって女たらしですね!」
マツが袖で涙を拭きながら、笑顔を向ける。
「ほんとに、ご主人様は節操がありませんね・・・」
カオルも涙を拭いている。
「マサちゃん! あんたほんとに良い人だよ! ほんとに救世主だよ!」
シズクも鼻を垂らして泣いている。
「あ、でもですね、あの魔剣、力によってはこっそり旅で使おうと思ってます。
そうしたら、申請は旅が終わってからにしますけど、良いですか?」
「もひをんえしゅ! えんえんはわいわひぇん! ぐしゅっ!」
(もちろんです 全然構いません)
「ありがとうございます。出来上がり、期待してますよ」
「ひゃい! ひゃい! ほろひろひをほうぇて!」
(はい はい この命を込めて)
「さあ、皆さん。朝餉にしましょう。今日はラディさんも一緒に」
「うう・・・わひゃひえはん・・・」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます