第130話 シズクへの贈り物・3


 からからから・・・


「・・・只今戻りました・・・」


「ただいまー!」


「おかえりなさいませ」


「ねえ! カオル! 見てよほら! これピアスだって!」


「お似合いですよ」


「だろ!? マツさんにも見せてこよう!」


 どすどす・・・

 

「マツさーん!」


 本当に見せに行くのか。

 まずい事にならなければ良いが・・・


「・・・上がりますね・・・」


「・・・」(じー)


「な、なんですか・・・」


「どうかなされましたか?」(じー)


「・・・いえ、何でも・・・」


 カオルの視線に気まずい物を感じながら、マサヒデは縁側に向かう。

 これはマツが怖ろしいことになりそうだ。

 2人に機嫌を直してもらわないと・・・


「ありがとうございます」


 茶が差し出される。


「・・・」(じー)


 ふう、とマサヒデはため息をつく。


「・・・カオルさん」


「は」


「そろそろ機嫌直して下さいよ。

 あなたに脇差をあげたから、シズクさんが拗ねちゃったんですよ。

 シズクさんにも何かあげないと、不公平でしょう?」


「・・・」


「違いますか?」


「違います」


「どこが違うんですか?」


「分かりませんか?」


 どこが違ったのか?

 マサヒデは腕組をして、天井を仰ぐ。


「うーん・・・」


「ご主人様、2人だけで出かけて宝石を贈るのと、脇差を頂くのとは、違うと思わないんですか?」


「んん?」


 マサヒデは首を傾げてしばし考える。

 どちらにも、一品ずつあげたではないか。

 なにが違うんだろう?


「・・・」


「ううむ・・・分からないです・・・」


「・・・ご主人様・・・」


 カオルは呆れ顔のような、変な顔をしている。


「私は、シズクさんを贔屓するような事をしてしまったんですか?」


「そうです」


「カオルさんにも、シズクさんにも、一品ずつあげたじゃないですか」


「・・・」


「カオルさんも、宝飾品の方が良かったんですか?」


「品の問題ではありません!」


 ずい! と顔を近付け、すごい勢いでカオルが怒鳴る。

 こんなカオルは初めてだ。


「ええ!?」


「・・・(ぎりぎり)」


 歯ぎしりの音がする・・・

 あ、あれか。2人だけで出かけるって所がいけなかったのか?


「じゃあ、今度、カオルさんも一緒にどこかに出かけますか?」


「・・・くっ・・・」


 カオルは顔を背け、膝の上で握った拳を震わせる。

 目に涙が・・・

 マサヒデは慌ててカオルの肩に手を置いた。


「カ、カオルさん!? なぜ泣くんです!? どうしたんですか!?」


「・・・いいんです・・・あなたは、ご主人様ですから・・・」


「ちょ、ちょっと・・・なぜそんな・・・」


 カオルの肩が震えている。

 なぜここまで? こんなにカオルを悲しませる事をしたのか?


「いいんです・・・もう・・・ぐすっ」


「カオルさん、私のどこが悪かったんですか? 何があなたをそんなに・・・」


「うっ・・・シズクさんに・・・負けるなんて・・・」


「カオルさん、泣かないで下さい。一体、何に・・・」


 あっ。そういうことか。

 アルマダの『2人で行かないといけない』という助言。

 マツの嫉妬。

 2人だけでのお出かけ。

 宝石の贈り物。

 あなたはご主人ですから。

 私の負け。

 そういうことだったのか。やけに機嫌が悪かったはずだ。


「ふ、ふふふ、ははははは! あーははははは!」


 マサヒデはいきなり大声で笑い出した。

 驚いて、カオルも泣き顔を上げる。

 

「うふふ。分かりましたよ。鈍くてすみません。

 カオルさん、女性としてシズクさんに負けたって、そういうことですね?」


 つー、とまた一筋の涙。

 くっ! と顔を背けるカオル。


「あの脇差、ただの主人から家臣への贈り物って、そういうことですね?」


 マサヒデはカオルの肩を抱いて、そっと引き寄せた。


「ふふ。シズクさんへの贈り物、そういうんじゃないですから。

 そういう目で、シズクさんを見てる訳じゃないですから。

 でも、それが分かってても、どうしても、そう感じちゃうんですね」

 

 カオルは俯いてしまった。

 ぽつぽつと涙が落ちる。


「マツさーん! ちょっと来て下さーい!」


 マサヒデはマツを大声で呼ぶ。

 ぱあん! と執務室を開けて、どすどすと乱暴に歩いて、縁側に来るマツ。


「あっ! ど、どうしたんですか!?」


 だらだらと涙を流し、マサヒデに肩を抱かれるカオル。

 さすがに驚いて、マツも駆け寄ってきた。


「カオルさん!?」


「大丈夫ですから・・・さあ、マツさんもこちら側に座って下さい」


 マサヒデが、マツをカオルと反対側に座らせる。

 ぐい、とマツの肩を抱き寄せる。


「今度、1人づつ、私と2人だけでどこかに出かけましょう」


 は? という顔で、マツがマサヒデの顔を見る。


「ええ? 何を仰ってるんですか、マサヒデ様?

 カオルさんは、一体どうされたんですか?」


「まあまあ、マツさん。落ち着いて。

 今回は私が悪かったです。二人共、申し訳ない」


 あっ、とマツも気付く。


「ふふ、しかしアルマダさんも意地が悪いですね。

 全く・・・2人で行くのが大事だなんて・・・」


 この人はやっと気付いたのか・・・

 ふう、と息をついて、マツも緊張をとく。


「シズクさんが、悔しがってこの家を壊しちゃうくらい、楽しいお出かけにしましょう。さ、カオルさん。もう泣かないで。私が悪かった。鈍くてすみません」


「・・・ぐすっ」


「カオルさん。主人と家臣じゃない、そういうお出かけにしましょう。

 カオルさんも、ラディさんみたいに、きりっとした服、似合いそうですよね」


 き! とマツがマサヒデを睨む。


「マ、マサヒデ様! あなた様は、あなた様は、まだ嫁を増やすおつもりで!?」


「ふふ。マツさんも、こないだみたいに腕を絡めて、思い切りべたついても良いんですよ。また綺麗なドレスで決めて、レストランに行くのもいいですね」


「・・・」


「ははは! マツさんも安心して下さい。

 シズクさんへの贈り物、ほんとにそういうんじゃないですから。

 そう感じちゃうの、仕方ないですけど」


「むー・・・」


 不満そうな顔で、マサヒデとカオルを見るマツ。

 マサヒデはカオルに顔を向けた。

 涙を流すカオルを見て、ふ、と小さく笑う。


「カオルさん。あなた、負けてませんよ」


「マサヒデ様! あなたは!」


「ははは! マツさんは、もう私の妻なんですから。一番の妻なんですよ。

 ふふ、少しくらいは譲って下さいね」


 どすどすとシズクが廊下を歩いて来て、泣きじゃくるカオルを見て顔を一変させる。


「お、おい! どうしたんだ!?」


 シズクが駆け寄ってくる。


「ふふふ。大丈夫です。二人共、シズクさんのピアスに嫉妬しちゃってるんですよ。

 あまりに綺麗な物を選んじゃったもんだから」


「それだけか!? 何もなかったのか!?

 カオル! 本当に大丈夫か!? おい! カオル!?」


 シズクが不安そうな顔で、泣いているカオルの肩に手を乗せて揺する。


「・・・うっ、うっ・・・ぐすっ」


「大丈夫です。それだけですから」


「なら、いいけど・・・」


 シズクがマサヒデに顔を向け、カオルの肩から手を引いた。

 不安で仕方ない、という顔だ。


「さ、カオルさん。マツさんもシズクさんも、こんなに心配しちゃったじゃないですか。もう、泣き止んで下さい」


「・・・はい・・・ぐす」


「マツさん。カオルさん。楽しみにしといて下さい」


「・・・はい」


「楽しみしておきます! ふん!」


 呆れた顔で、マサヒデはマツを見る。


「マツさん・・・そんなに機嫌を損ねないで下さいよ。

 クレールさんの時もそうでしたけど、あなた、少し嫉妬が深いですよ。

 自分の腹にタマゴがいるって、もう忘れちゃったんですか?

 あなたは、私にとって特別なんですよ。特別」


 き! と強い眼差しでマサヒデを睨むマツ。

 でも、分かる。マツは怒っていない。


「そんな言葉に、ごまかされませんよ!」


「ふふふ。そんな顔に、ごまかされませんよ。

 ほんとは、もうそんなに怒ってないでしょう?」


 あの怖ろしい黒いオーラが出てないから・・・

 ふん! とマツが顔を背ける。

 でも、マツは怒っていない。怒っているふりだけだ。


「むーん!」


「なあ、一体何があったんだ? ほんとにこのピアスが羨ましいってだけなの?」


 ふふ、と笑って、カオルの後ろにいるシズクに顔を向ける。

 まだ心配そうな顔だ。


「そうですよ。あなた、それほどの物を選んだんですよ。

 カオルさんも、あんな脇差じゃあ全然足りないって、悔しがってるだけです」


「あんな脇差って・・・あれすごいやつだろ? それでも足りないって?」


「そうです。飾り物には疎いから、私も分からなかったんですけどね。

 シズクさん、掘り出し物を見つけたんですよ。良かったですね」


「そ、そうなの? これそんなに良いやつ?」


「そうですよ」


 やっと心配そうな顔を変えて、シズクも笑う。


「へへへ・・・そうか! そんなに良いやつだったのか! 私、それが似合うのか! みんな、似合うって言ってくれたもんな! はは、照れちゃうな・・・」


 下を向いて、照れた顔で頬をかく。

 こういう顔を見ると、やはりシズクも女性なんだな、と思う。


「そういうことです。だから、今度、このお二人に足りない分をお詫びしようって。

 マツさんも、シズクさんが良い物を買ってもらったから、拗ねてるだけです」


「そうかそうか! そうだったのか! どうだカオル! 羨ましいか!?」


 シズクはわはは! と笑いながら、耳のピアスを「どうだ!」と言わんばかりにカオルに近付けた。


「・・・はい・・・羨ましい・・・ぐしゅ」


「ふふふ・・・今回はカオルに勝ったかな!」


「今回は、ですけどね」


「わははははは!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る