第129話 シズクへの贈り物・2


「只今戻りました」


「ただいまー!」


 2人が帰ってきた。


「おかえりなさーい」


 と声を掛けると、マツが執務室から顔を出した。


「カオルさん。ちょっとこちらへ」


「はい」


(まずい。あの感じはまずい。カオルさんまで影響を受けないと良いが)


 どすどすとシズクが入ってくる。


「もー大変だったよー。ずっと待たされてさあ。座ってるだけ。

 待ってるだけで疲れちゃった。肩こったなー」


「そうでしたか。許可がいつ頃におりるとかは分かりましたか?」


「良く分かんない。1回、魔の国に連絡して、向こうでなんかするみたい。

 連絡だけは魔術で、早馬とかじゃないから、すぐ出来るってさ。

 でも、しばらくかかるかもって。終わったら、役所から連絡くるってさ」


「早く許可がおりるといいですね」


「だね! そしたら、私もマサちゃんの正式な仲間になるんだね!

 救世主様と旅かあ・・・楽しみだなあ・・・」


 シズクの目は輝いている。

 すー・・・執務室の襖が開く。

 

「ご主人様。お話は奥方様からお聞きしました。お二人で・・・と・・・」


 いつもより、目が冷たい気がする。


「・・・ええ・・・頼みますね」


「は。金はこちらに」


 す、と革袋が渡される。


「・・・ありがとうございます」


「買い物?」


「ええ。シズクさんも来て下さい」


「カオルじゃないの?」


「はい。あなたの買い物です」


「私の? 何を?」


「あなた、今朝、カオルさんの脇差を見て拗ねてたでしょう。

 だから、何か買ってあげます」


「え! ほんとに!? やったー!」


 子供のように喜ぶシズク。

 マサヒデを見るカオル。

 冷たい視線をひしひしと感じる。

 さっさと済ませよう・・・


「さあ、シズクさん。行きますよ」


「うわあ! 何買ってくれるの!?」


「お楽しみです」


 マサヒデは大小を取り、部屋を出た。


「では、カオルさん。後を頼みます」


「はい。お気を付けて」


 早く行こう。もう耐えられない・・・

 

「さあ、シズクさん。行きますよ」


「わはー! やったー!」


 玄関を開けて出る。

 カオルが頭を下げていたが、下からマサヒデを覗く目が冷たい。


「・・・では・・・」


「早く行こうよー!」


「行ってらっしゃいませ」



----------



「ねえねえ! どこ行くの!?」


「秘密です」


「教えてよ! もういいじゃん!」


「だめです」


 はしゃぎまわるシズクと並んで、マサヒデは職人街に向かう。

 ちらりとシズクの耳を見る。


(いけるかな。耳たぶなら・・・)



----------



 職人街に着くと、シズクが何かを感じたのか、ぴくりと態度が変わる。

 小さな、緊張した声を出す。

 

「ねえ、マサちゃん」


「どうしました」


「多分だけど・・・誰か、見てるな」


 マツが気取られることはあるまい。

 カオルだ。

 マサヒデは全く気配も視線も感じなかったが・・・ここまで鋭いとは。

 ここは合わせておこう。


「・・・殺気は感じませんね。監視でしょうか」


「・・・」


「シズクさん。態度を変えないで。今まで通り、浮かれてて下さい」


「分かった」


 きゃあきゃあ言いながら、2人で職人街を歩く。


「あっ! あれがホルニ工房だね! ラディの家!」


「そうですよ」


「あれ? 今日は休みだって」


「店を閉めて、作ってくれてるんですよ」


「何を? ・・・ああ! まけ」


 ば! 慌ててマサヒデがシズクの口を塞ぐ。

 周りを見回す。

 ・・・よし。誰にも聞かれていない。


「んむー!」


 真剣な顔で、シズクの顔をじっと見る。


「・・・いいですか。『あれ』の事は、絶対に秘密です。いいですね。

 うっかり口にしたら、何があるか分かりませんよ。

 絶対に、口にしちゃダメです! いいですね!」


「・・・」


 こくん、とシズクが頷く。

 ゆっくりと、口から手を離す。


「もし『あれ』が『あれ』だとバレたら・・・

 下手をすると、あなたの里が、魔王様に吹き飛ばされても、おかしくないんです。

 絶対に、秘密ですよ。『あれ』はそれほどのものです。分かりましたね」


 あの魔剣は、魔王様がマツに贈答品として渡した物だ。

 別に、どこに行ったって魔王様は構わないと思っている。

 だが、他はそうではない。魔剣を持っていると知れたら、いつ狙われるか。

 そうなったら祭どころではない。

 秘めた力によっては、どの国から狙われてもおかしくないのだ。


 里が吹き飛ばされる、なんて嘘八百だが、脅しにはいいだろう。

 シズクが冷や汗を垂らし、こくこくと頷く。


「さ、行きましょう。態度を変えないように、気を付けて。

 今の、聞かれてないといいんですが・・・」


「だよねー! あははは!」


 ちょっと固くなったシズクを連れ、しばらく歩いて、最初の宝飾屋に着いた。


「ここです」


「ええ!? ここ宝飾屋じゃないか!」


「ええ、そうです」


「確かにキラキラしてて綺麗だけど・・・私に着けれるかなあ?

 潰しちゃいそうで・・・高いんだろ?」


「大丈夫です。そういう物を選びます」


「そんなのがあるの?」


「あります」


「ほんと! うわあ! やったあ!」


 誰かに見られてるとか、魔剣を口に出しそうになったことは、もうすっかり忘れている。子供のように喜ぶシズクを見て、マサヒデの顔から思わず笑みが溢れた。


「さあ、入りましょう。店はいくつかあります。

 これだ! って奴を回って選びましょう」


「うんうん!」


「それと・・・」


「なになに!?」


「念の為ですけど・・・気に入る物がなくても、暴れないで下さいよ?」


「マサちゃん・・・私を魔獣かなんかと思ってる?」


「ふふふ。そんなに違わないでしょう?」


「ひどい! それはひどいよ!」


 からんからん。


「はーい。いらっしゃいませー」


「すみません。こちらの方にピアスを探してます」


 こちらの方・・・?

 すごくにこにこしてるけど・・・角があるけど・・・この人って鬼族では・・・


「・・・ピアスは、そちらの棚です」


 ちょっと野生味が溢れすぎなシズクを見て、店員が「大丈夫か?」という顔でマサヒデを見る。大丈夫です、と頷いて、シズクと棚を見に行く。


「うわあ! なにこれ!」


「ピアスって物です」


「ちっちゃいねえ! これで大丈夫なの?」


「耳に小さな穴を開けて、この細い部分を通して着けるんです」


「え!? 穴!? 痛くないの!?」


「そりゃ穴を開ける時は、少しは痛いですよ。でも、針くらいの穴です。

 で、着けたまま、治癒魔術で治します。

 そうすると、耳についたままになるってわけです」


「へえ・・・」


 シズクは目を輝かせ、並んだピアスを見ている。


「これいいなあ・・・」


「じゃあ、それにしますか」


「ちょおっと待ったあー! もう少し選ばせて!」


「はい。じゃ、決まったら呼んで下さい。

 なければ、別の店に行きましょう」

 

「うん!」


 マサヒデはカウンターに近付いて、女性店員に小さな声で話し掛けた。


(あの、ちょっとご質問が)


(なんでしょうか)


(見ての通り、鬼族の方ですけど、ピアスの穴、開けられますか?)


(やっぱり、硬いんですか?)


(腕利きの方が小太刀で切りつけても、皮一枚しかってくらい硬いです)


(そんなに硬いんですか!?)


(耳たぶなら筋肉ないし、大丈夫でしょうか?)


(やってはみますけど)


(無理だったら、ピアスだけ下さい)


(はい)


 などと小声で話していると、シズクに呼ばれた。

 

「マサちゃん! これ! ぴんと来た! これにする!」


「決まりましたか」


 店員と2人で棚に向かう。

 薄い青の、小さな宝石がついたピアス。


「いい色ですね。『シズク』っていう名前にぴったりです」


「そ、そう? あははは、照れちゃうな」


 ぼりぼりと頭をかくシズク。


(お願いします)


(はい)


「では、穴開けますね。痛くないように、まず氷で冷やします」


「いいよ。こんな細い穴だろ? 痛くないって」


「そ、そうですか・・・では・・・」


 店員の額に、汗が浮かんでいる。


「んふふふふ」


 シズクは楽しそうに笑っている。

 上手く穴が開けばいいが・・・

 

「ちょっと顔を下げてもらえますか? ここらへんまで」


「はい!」


 ぐい、と顔を下げて。

 シズクの耳たぶに、何か機械のような物が当てられる。

 あれで挟んで、穴を開けるのか。

 

 かしゃん。


「いて」


「あっ・・・開いた!?」


 店員が驚いて、穴を見つめる。

 絶対開かない、と思っていたのだろう。マサヒデもそう思っていたが・・・


「じゃ、じゃあ、まずこれを通しますね!」


「うん!」


 滲んだ血を拭いて、店員がピアスを通す。

 治癒魔術をかけて、出来上がり。


「い、痛くない、ですか?」


「全然!」


 反対側の耳も、同じようにピアスを着ける。


「では、どうぞ、見て下さい」


 鏡を差し出す店員。


「うわあ・・・光ってる・・・」


 目を輝かせ、顔をゆっくり左右に振るシズク。

 耳たぶを斬らなくて良かった・・・と、安堵するマサヒデ。

 穴が開いた事に驚きながらも、安堵する店員。


「お、お似合いですよ!」


 店員がぽん、と手を合せて、シズクに声をかける。


「ほんと!?」


 がば! と店員に振り返るシズク。


「えーえ、とてもお似合い!」


 店員の笑顔が固い・・・


「やったあ! マサちゃん! ありがとー!」


「ふふ、そんなに喜んで頂けると、私も嬉しいです」


 金を払い、わきわきするシズクを連れて店を出る。

 

「ありがとうございましたー」


「ありがとー!」


 店員に向かって、ぶんぶん手を振るシズク。

 マツとカオルの機嫌は良くなかったが、ここまで喜んでくれた。

 来て良かった、とマサヒデは思う。


「さあ、帰りましょうか」


「うん! マツさんとカオルに見せつけてやろう!」


「・・・そう、ですね・・・」


「あははははは! あはははは!」


 シズクの笑い声が、職人街に響く・・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る