第125話 柄と鞘・2
明朝。
ホルニ工房、鍛冶場。
仁王立ちのラディの父。
小さなテーブルの上に乗せられた魔剣と、完成予想図。
テーブルを挟んで、直立不動のラディ。
「よしラディ。注文内容の確認をする」
「はい」
「このナイフに、柄と鞘を選び、着けること」
「はい」
「では、注意点の確認。
ひとつ。魔剣であることは口外禁止。
ひとつ。地味で目立たず。見た目は普通のナイフであること。目立つ物は厳禁。
ひとつ。秘められた力が不明ゆえ、くれぐれも取扱い注意。
ひとつ。推測段階ではあるが、これは魔術に影響を与える作である。魔術は厳禁。
ひとつ。同じ理由により、魔術のかかった物や材は使わない」
「はい」
「よし。柄は金属製、いかにも冒険者用って感じで、ガード付き。
思い切りいい材を使うぞ。柄は俺がやる。
革を巻いて滑り止め兼、使っている材を見えないようにする。
ヒルト、ガード、ソングホール近くの、見える部分は表面加工。地味に仕上げる。
鞘は厚革。外れ留めは回して外す形にする。こういう形だな」
ラディの父は図を示す。
「はい」
「鞘はお前に任せる。この大きさだから、端材で済む。
端材なら、何の革でも大した額にはならん。お前の目で最高の革を選べ」
「はい」
「分かってると思うが、絶対に加工に水は使うなよ。オイルをしっかり。
表面がテカらないように、つや消しもしっかり。
だが、いいか、あまり綺麗に仕上げすぎるなよ。
あくまでも、見た目だけは地味に安物に、だぞ。見た目だけ、な」
「はい」
「念の為に言っとくが、作業中に俺やお前が怪我をしても、絶対に治癒魔術を使うなよ。大怪我をしたら、仕事場から引っ張り出してからだ」
「はい」
「最後に、出来上がった柄に、巻き革の滑り止めついでにな・・・
俺と・・・反対側に、お前の名を刻みたい」
「お父様・・・」
「見積もりを持ってくついでに、マサヒデさんに許しをもらってきてくれ。
任せるとは言われたが、この図も持ってって、こういう形になるって確認もな。
見積もりは店の方のカウンターに置いてある。
伝えたら、革を見に行け」
「はい!」
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その頃、マツの家。
「カオルさん、シズクさん。来て下さい」
「は」
「はいはーい」
マサヒデの前にカオルとシズクが座る。
「今日は、祭参加の申請を、役所に届け出を出しておいてもらえますか?」
「はい」
「届け出がいるの?」
「はい。届け出を出し、許可をもらって、それからあなた達は参加者になります」
「ふーん。ただ前に立つ奴を倒してくってわけじゃないんだ」
「ふっ・・・」
「・・・何だよ」
「ごほん!
カオルさんは養成所から通達が出ているので、すぐ許可がおりると思います。
ただ、参加者となると、仕事柄、色々制限もかかるでしょう。
なので、どのくらいでおりるかだけ、確認するだけでも結構です。
シズクさんは、長くかかるかもしれませんので、今日出しておいて下さい」
「なんで長くなるの?」
「シズクさん、あなた魔族でしょう? 魔族を倒して勇者になるって祭なんですよ? 人族側として参加するって、許可に時間かかるかもしれないじゃないですか。一応、魔族の方々も、少数ですけど魔王に挑戦! て人がいますから、不許可はないと思います」
「なるほどね」
「あと、クレールさんにも、そろそろ参加するか確認しないといけませんね。
参加決定となっても、クレールさんは魔族な上に大貴族。
ううむ、クレールさんも、許可に時間かかるかもしれないですね・・・
手紙を書きましょう。カオルさん、役所に行くついでに届けてもらえますか」
「はい」
「あ、質問」
「はい、シズクさん。なんでしょう」
「なんで私達、二人共行けるの? ひとり余っちゃうって話だったじゃん」
「トモヤはもう祭から降りて、荷物番で着いてくるそうです」
「そうだったんだ」
「あなた達の勝負を見て、俺は真剣勝負ってものに覚悟が出来てなかったって。
でも、旅には着いて行きたいから、荷物番になるってわけです」
「そうだったのですか・・・」
「へへ、中々いい勝負だったもんな! ビビっちまうのも無理ないよな!」
「ま、そういうことです。良かったら、たまに顔を見せに行ってやって下さい。
町から少し離れた寺の近くのあばら家に、アルマダさん達といます。
昼は寺で、ご住職と将棋を打っています」
「将棋?」
「あそこに泊めてもらう条件というのが、トモヤがご住職の将棋の相手をすることなんですよ」
「へーえ。でもさ・・・」
シズクが口を濁す。
「なんです?」
「将棋ってさ・・・頭使うんだろ? トモヤって、何ていうか・・・」
「ははは! どう見ても、そんな感じじゃありませんからね。
でも、将棋はそこそこ強いですよ。私は勝ったことはありません」
「意外だな・・・」
「一見、只のお調子者、頭まで筋肉って感じですが、勘の良さ、目の鋭さは怖ろしいくらいです。もし私と同じ年で道場に入ってたら、私以上になったかもしれません」
「中々の人物なのですね」
「まあ、武術は全く鍛錬したこともなく、ただの力自慢ですけどね。
力自慢といっても、シズクさんには全く敵わないでしょうけど」
「ま、私に力で勝てる奴はそうそういないよな!
鬼仲間でも、結構強い方なんだぞ。里でも五本の指に入るぞ!
さすがに武術家になって出てった奴らには、勝てないと思うけど」
「え! シズクさんてそんなに強かったんですか!?
確かに、とんでもない力持ちだとは思ってましたが・・・」
「そうだよ。じゃなきゃ、一族の婿探しの旅に選ばれるわけないじゃないか」
「へえ・・・」
「マサちゃんはそんな相手に勝ったんだぞ? すごいぞー」
「はは、ありがとうございます」
からからから。
「あ、誰か来ましたね」
「私が」
カオルが出て行く。
「おはようございます!」
「あ、ラディさんですね」
ラディが部屋に入ってくる。
今日はいつものローブ姿ではなく、使い込まれた作業着みたいな感じだ。
魔剣の柄の取り付け作業の手伝いをするのだろう。
「見積もりです」
「ありがとうございます。早いですね」
「どうぞ」
鞄から、脇差しが差し出される。
「?」
「ご確認下さい」
「は?」
「こちら、今回の作業代として持ってきました」
「なんで私が受け取る側に?」
「魔剣の柄と鞘を作れるなど、どれほど願っても出来ることではありません。
こちら、その機会を下さいましたお礼です。
これは父の会心の作。これで足りると良いのですが」
「そ・・・そうですか」
「マサちゃん、鍛冶屋さんが魔剣いじれるなんて、最高の気分じゃないの?
私でも分かるよ? お金なんていらないってことだよ」
「私としては、あの名刀を譲って頂いた、礼のつもりだったのですが・・・」
「礼の頂きすぎということで」
「う、ううむ、そうですか・・・では・・・」
おや、これは? とマサヒデは気付いた。
これは昨日、ラディが腰に差していた物だ。
ラディの服に驚いてしまって、あまり目が行ってなかったが・・・
抜かずとも分かる。名刀だ。
やはり、独特の雰囲気を醸し出している。
手に取って、抜いてみる。
厚めで反りが浅い。
幅は広め、地鉄の肌立ち。
小湾れ(のたれ)ごころの広直刃の刃文。
この特徴が、ホルニ作の物なのだ。
だが、あの刀より、明るい地刃の出来。
輝いて見える。冴えている、とはこのような物か。
それが朝日を反射して、さらに輝いている。
これは違う。
会心の出来、というのも分かる。
「素晴らしい・・・」
という言葉が、自然と、ぽつんと口に出た。
「すごい・・・」
カオルも目を見開いて驚いている。
「・・・譲って頂いた刀もすごかった。
だが、これは違う。輝きが違う。明るく、冴え渡っている。
会心の出来、というのも分かる。ここまでの物を・・・」
「どうでしょうか」
「名は、やはり・・・」
「ありません」
マサヒデはゆっくりと脇差を鞘に収めた。
ふうー、と細く長く息をついて、目を閉じる。
興奮を収め、ゆっくりと目を開けて、ラディに顔を向ける。
「これ、昨日ラディさんが差していましたよね」
「はい」
「よく、父上に取られませんでしたね・・・
力ずくでも、なんて言われてもおかしくない作です」
「ありがとうございます」
「こちらこそ、これは頂きすぎですよ・・・ありがとうございます」
ラディが鞄から図面を取り出し、ぱさ、と広げる。
「では、次にこちらを。
任せるとは仰られましたが、念の為。
完成予想図です」
「へえ・・・こんな形に。
この握りの所のは、落としたり、手を狙われるのを防ぐものですか?」
「その通りです。
他にも、刃が折れた時に、それで殴るとか、色々と。
まあ、魔剣が折れたら大変ですが」
「なるほど」
「冒険者のナイフでは人気の形です」
「確かに、いかにも実用的といった形です。
人気の形であれば、目立つこともない」
「柄は金属製、革を巻きます。材には『魔術のかかったもの』は使いませんが『魔力を通しやすいもの』を使おうかと」
「ほう。魔力に関する品だからですね。しかし、そんな材質って、高いのでは?」
きらり、とラディの眼鏡が光る。
「値に糸目はつけません。最高の物を。
表面を加工、『見た目だけは』安っぽく、目立たないように」
「・・・そうですか・・・まあ、お任せします」
「それと・・・これはお願いなのですが」
「なんでしょう」
「出来上がった柄に・・・父と、私の名を・・・刻んでも」
「構いませんとも。ここまで気合を入れて作って下さるんです。
いくつでも入れて下さって構いません」
ぱあーとラディの顔が明るくなり、眼鏡の向こうの緑の瞳が輝く。
「ありがとうございます!」
「ははは! まるでクレールさんみたいだ。
こんな顔のラディさんは、初めて見ますね。
目が輝いてますよ」
ラディはちょっと恥ずかしくなったのか、一瞬「う!」という顔をした。
すぐに赤い顔を逸して立ち上がり、
「で、では、来て早々ですみませんが、早速、革を仕入れに行ってきます」
「よろしくお願いします」
すたすたと歩いて、鴨居にごん! と頭をぶつけ「あいた」と言って、ラディは出て行った。
「ぷっ! ラディはいつも頭ぶつけるな! あははは!」
シズクは大声で笑っている。
マサヒデとカオルは、置かれた脇差をじっと見つめている。
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