第124話 柄と鞘・1


「はい! はい! マサヒデ様! 私、それ持ってみてもいいですか?」


 クレールがキラキラした目で魔剣を見つめて、手を挙げた。


「どうぞ。手を切らないように気をつけて。

 持つと黒い霧が出てきますけど、危ないから、驚いて落とさないで下さいね」


 マサヒデがクレールにナイフを渡す。

 クレールは恐る恐る布を取り、ナイフを手に乗せる。

 黒い霧が吹き出す・・・


「お、おおー! おおー!」


 クレールが目を見開いて、ナイフを見つめる。

 マサヒデはにこっと笑って、クレールを見る。


「どうですか」

 

 クレールがぷるぷる震えだした。

 

「す、すごい魔力が・・・すごくいっぱい流れ込んできます!

 か、身体中に、魔力がいっぱい! すごい! これは、確かに魔剣・・・」


「ね? すごいでしょ? あ、魔術出さないで下さいよ?

 どんな力があるか、分からないんですから」


「は、はい!」


「では、危ないですから返して下さい」


「はい・・・」


 恐る恐る布を巻いて、クレールはナイフをマサヒデに手渡す。

 マサヒデはラディの方を向いて、


「さて、ここでラディさんにお願いが」


「なんでしょう」


「おっと、まず確認。ラディさんのお父上、仕事に魔術を使います?」


「いえ」


「じゃあ、これ、持ってって下さい」


「は!?」


「お父上にお仕事の注文です。柄と鞘を着けてもらいたい。

 抜き身のままじゃ危ないですからね」


「・・・」


「なるべく、地味な普通のナイフ、といった感じでお願いします。

 ものすごい塗りとか、金ピカで宝石いっぱいとかはやめて下さいね。

 派手派手しいと、目立って仕方がないですから、地味に地味に。

 さ、どうぞ。お願いします」


 マサヒデはラディに、布に巻いた魔剣をひょいと差し出す。


「は・・・はい・・・」


 ラディは両手に、神に捧げ物を捧げるような姿勢で、ナイフを乗せる。

 恐る恐る、震えながらナイフを手に取る。


 父がこの魔剣を見たら、一体どうなるのか!?

 見るだけじゃなく、この魔剣に柄と鞘を!?

 はしゃぎまわるか、泣いて喜ぶか、卒倒するか・・・


「ちゃんと仕事料も払いますから、見積もり教えて下さい。

 あ、あと、これは出来たらなんですが・・・」


「ははははい!」


「握った時の黒い霧が出ないようにとか、出来るでしょうか」


「ふ、普通の鞘では、無理かも」


「うーん、じゃあ、鞘とか柄に魔術でもかければいけると思いますか?」


「わ、分かりません・・・」


 マサヒデはマツに顔を向ける。


「マツさんは、この黒い霧を、柄とか鞘とかに魔術かけて抑えられますか?」


 マツは顎に手を当てる。


「うーん・・・普通の霧なら・・・

 でも、魔剣から出る霧ですからね・・・どうでしょうか・・・

 鞘の中で、この霧の魔力みたいな物がいっぱいになって、破裂とか・・・」


「破裂ですか・・・それはちょっと怖いですね」


「それに、本当に魔術に関連する品でしたら、ですけど・・・

 柄や鞘に魔術を掛けるのは、危険ではありませんか?」


「あ、そうか・・・ううむ、そうですね・・・」


「ご主人様。握る時は抜く時ですから、そこは気にしなくて良いのでは?

 抜けば、黒い霧が出ているのは、見えてしまいますし」


「あ、確かにそうですね。じゃあ、ラディさん、普通の鞘でお願いします。

 お父上以外には、魔剣ってことは秘密に。お父上にも、固く口止めを願います。

 ちょっと高級な魔術のかかった品、って感じで誤魔化してもらって・・・

 魔剣があるって知れたら、どんな面倒があるか分からないですし」


「は!」


「振っても投げても大丈夫でしたし、何もないと思いますけど・・・

 まだどういう力があるか、よく分かってません。

 このこと、お父上にお伝えして、よくよく注意してもらって下さい。

 おそらく魔術関連の力なので、普通の柄と鞘をつけるのは平気だと思います。

 ただ、あくまで『おそらく』です。もし事故でもあったら大変ですから」


「ははー!」


「ははは! そんなに固くならずに。これは、お父上に世話になったお礼です。

 せっかく魔剣があるんですから、是非見てもらいたい。

 そういう、お礼の気持ちもあるんです」


「お気持ち! ありがたく!」


「あはははは! もうやめて下さいよ!

 ラディさん、名品を見ると、人が変わっちゃいますね!」

 

「ま、ま、魔剣ですよ!? 変わりもします!」


「ぷっ!」


「あはははは!」


 クレールが最初に吹き出し、シズクが指を指して笑い、次いで部屋中が笑い声で包まれた。



----------



 その夜。ホルニ工房。

 怖ろしく気合の入ったラディが戻る。


 がらっ!

 

「只今戻りました!」


「おかえんなさーい。なんか気合入ってるねえ。良い物見れたみたいね?」


「はい! それはもう! 時にお母様! お父様はどこに!」


「なんだい、自慢話かい?」


 ずいっ。


「どこに! 急いでます!」


「まだ仕事場だけど・・・まず着替えたら・・・?」


「仕事場ですね! お父様に大事なお話があります!

 少しの間、2人にしてもらえますか!」


「あ、ああ・・・そうかい? カゲミツ様から仕事?」


「そんな所です! ものすごく大きな仕事です!」


「分かったよ・・・その服、気を付けなよ? 焦がすんじゃないよ?」


「この服など安いものです!」



----------



 がらり。


「お父様! 只今戻りました!」


 ラディが直立不動で父の前に立つ。


「おう。良い物、見れたみたいだな。気合が違うじゃねえか」


「はい! 三大胆! 魔神剣! 真・月斗魔神! この3作を!」


「何!? 三大胆に魔神剣に真・月斗魔神!?

 どれも魔剣か魔剣以上かって・・・ちょっと待て! 魔神剣だと!?

 ううむ、魔神剣・・・失われた作だと・・・カゲミツ様がお持ちか・・・」


「お父様の作をご覧になられたカゲミツ様より、お言葉を授かって参りました!

 是非お会いしたい、と!

 それよりも、お父様に重大な仕事が!」


「仕事? ま、まさか、カゲミツ様からか!?」


「いえ! マサヒデさんより! 重大な仕事を授かって参りました!」


「おお、マサヒデさんか! で、重大って、どんな? もう1本欲しいって?」


「そんな小さな仕事ではありません! まずはこちらを!」


 ラディは懐から、布に包まれたナイフを取り出し、慎重に父に差し出す。


「ナイフか?」


「お父様! くれぐれも慎重に!」


「? ああ・・・」


 ラディの父は布に包まれたナイフを受け取ろうと、手を伸ばしかけ・・・

 この時、熟練鍛冶師の勘が、背に電流を走らせた。

 ぴたっと手が宙で止まる。

 これはただのナイフではない!

 驚いてラディを見る。


「こっ・・・! ラディ! お前、これ、ただのナイフじゃねえな!?」


「お父様・・・中を、お改め下さい」


 ラディの父は布に包まれたナイフを受け取った。

 この布の中身は一体・・・


「・・・」


「・・・お父様。布を。くれぐれも、慎重に」


「・・・」


 布をゆっくりと取り、刃が大きな手の平に現れる。

 黒い霧が溢れ出す。

 光を反射しない。溢れる黒い霧。

 どう見ても禍々しいのに、なぜか神々しく見える刃。

 刃の奥から何かが伝わり、身体中に流れ、満たされていく。

 ラディの父の手が震えだす。


「・・・魔術がかかった品・・・てもんじゃねえな・・・」


「・・・はい・・・」


「・・・てことは・・・」


 仕事場に沈黙が流れる。

 ぱちぱちと、釜の中の炭が燃える音だけ・・・

 震える手から、黒い霧がゆっくりと垂れていく。


「し、しかし、ナイフの形をした物など・・・」


「今まで、世に出なかった故に、知られていない作です」


「・・・」


「お父様に、この作に、柄と鞘を着けてもらいたい、と」


 ぶるぶると震えるラディの父。


「・・・俺が、選んで、着けるのか」


「なるべく地味で、目立たず、普通のナイフに見えるように、と」


「・・・俺が、選んで、着けて・・・良いのか」


「はい。マサヒデさんより、是非ともお父様に願いたい、と」


「・・・俺に、願いたいと・・・」


「はい。先日、お父様に助けて頂いた、礼の気持ちを込めて、と」


 ぶるっ。背筋が何かを通り抜ける。


「・・・この注文が礼だと・・・」


「知られていない作ゆえ、どのような力を持つか、判明しておりません。

 よって、くれぐれも慎重に、と」


「・・・そうか・・・」


「まだ推測段階ですが、魔力か魔術を増幅するような力ではないか、と。

 私が持った時も、全身に大量の魔力が流れ込むのを、はっきり感じました。

 マサヒデさんがお試しした所、振っても投げても平気だと。

 よって、柄や鞘を着けるのも平気であろう、とのことです」


「・・・そうか・・・」


「この力、あくまで推測の話ゆえ、くれぐれも気を付けてほしいと。

 推測通り魔術に影響を与える作であれば、柄や鞘に魔術の品を使うのは危険です。

 そういった物は使わないように、と」


「・・・そうか・・・」


「この作の事、くれぐれも口外しないように、と。

 ここにあると知れたら、厄介の元ゆえ」


「・・・分かった・・・この注文、引き受ける・・・」


 ラディの父は、泣きながらラディに顔を向けた。


「ラディよ」


「はい」


「手伝ってくれるな」


「はい」


「よし。マサヒデさんもお前も、いつまでこの町に居るか分からん。

 急ぎだ。注文は全部後回しかキャンセル。最高の物を作るぞ」


「はい」


「ラディよ・・・鍛冶屋冥利に尽きるよなあ・・・魔剣だぞ・・・

 今、俺の手の上にあるのは、魔剣だ・・・魔剣なんだぞ・・・

 ここに、魔剣があるんだ・・・」


「・・・はい・・・」


 ラディの父は、背を震わせて泣いた。

 ラディも、父の背中を見て、泣いた。

 ぱちぱちと、炭が燃える。

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