第126話 魔剣の名


 ラディの父から贈られた脇差をじーっと見て、同じく横で見つめているカオルに声を掛けた。


「カオルさん。私はこれを帯びたい」


「分かります」


「だけど、2本あっても、余っちゃいますからね・・・」


 マサヒデは立ち上がり、家から出て行く際、父からもらった脇差を手に取った。


「だから、カオルさんに、これあげます」


「え!?」


 カオルは驚愕の表情でマサヒデを見つめる。

 この脇差も、無銘とはいえ、かなりの作のはず。

 カゲミツから、マサヒデに渡された作なのだ・・・


「どうぞ」


「し、しかし! それはカゲミツ様から頂いたものでは!」


「構いません。もらったんだから、私がどう扱おうと自由です。さあ、どうぞ」


「・・・」


「カオルさん、先日シズクさんに得物折られちゃったでしょう。

 隠し持ってた方は、急いで準備した、適当な物でしょう?」


「は、はい」


「では、これを」


 震えながら、カオルは脇差に手を差し出し、受け取った。

 目を見開いて、受け取った脇差を見つめる。


「・・・」


「もうカオルさんのものです」


「・・・」


「えー! カオルだけもらえるの!? 私はないのー?」


 シズクが不満そうな声を上げる。

 マサヒデはカオルの方を向いて、


「すみません、手持ちにシズクさんに合うものがなくって。

 それに、刀や脇差じゃあ、柄を握り潰しちゃっても、おかしくないですからね」


「もう! 分かったよ!」


 ぷいっ、と横を向くシズク。


「ご、ご主人様、ありがとうございます」


 カオルは震えながら頭を下げた。


「いいなー! いいなー!」


「じゃあ、私は出かけてきます。アルマダさんの所に寄りますから、遅くなります。

 お二人は、ちゃんと役所に行って、届け出をお願いしますよ。

 さっきも言いましたが、カオルさんは申請がすぐおりると思います。

 カオルさんは確認だけでも結構です」


「はい」「はーい」



----------



 職人街に向かって歩きながら、マサヒデは考える。

 

(ラディさんは、以前は鍛冶師として、名を残したいと言っていた)


 屋台の前に立って、声を掛ける。


「すみません。ねぎま、ひとつ下さい」


「へい!」


 焼き鳥を1本買って、口の中に放り込む。


(今は、治癒師になって良かった、と言っているけど・・・)


「うん、美味い。もう1本下さい」


「どうも!」


 金を取り出し、ちゃりん、と屋台に置く。


「2箱、包んでもらえますか。美味しかった。土産に持って帰りたい」


「ありあとゃっす! じゃ、焼きますんで、少々お待ち下さい!」


(名を刻む・・・名を残す・・・)


 くい、と菅笠を上げ、通りの人々を見る。

 この職人街の人々は、職人として、何か残したい・・・

 皆が、そう思っているだろう。


 どこかに、名を残したい。

 ラディは治癒師になって良かった、と言っているけど、この気持ちはあるはずだ。

 当然、ラディの父も、そう思っている。


 刀身には刻めないけど、私達の名を、どこかに残したい。

 せめて柄にでも。

 そうマサヒデに願ってきたのだから。


 ならば、自分に出来ることで、名を残してやりたい。

 あの親子の願いを、自分で出来る範囲でだけど、叶えてやりたい・・・


「お待たっしゃーした!」


「ありがとうございます」


 受け取って、マサヒデは歩き出した。



----------



 ホルニ工房は休みの札が掛かっている。

 店を閉じてまで、魔剣の柄と鞘を作ってくれているのだ。

 

 とんとん。

 

「・・・」


 少し待ったが、返事がない。誰か出てくる気配もない。

 どんどんどん! 強めに戸を叩く。


「休みだ!」


 ラディの父だ。


「トミヤスです! マサヒデです!」


 しばらく待っていると、ラディの父が戸を開けた。


「トミヤス様・・・」


「作業中、すみません。少しお話が。すぐ済みますので」


「どうぞ」



----------



 2人はカウンターの横に置いてある椅子に座る。

 マサヒデは焼き鳥の箱を差し出した。


「まずこちら。屋台の焼き鳥ですけど」


「お気を使って頂いて・・・」


 ラディの父は箱を受け取った。


「で、お話とは。何か変更点でも」


「まあ、変更点といえば、変更点ですか。大したことではないのです。

 お仕事には支障はないかと思います」


「お聞きします」


「あの、柄に、お二方の名を刻むというご希望ですが」


「はい」


「娘さんの名を刻むのは、やめて下さい」


「・・・そうですか・・・」


 ラディの父は、がっかりしたようだ。焼き鳥の箱を見つめている。

 表情は変わらなかったが、目の色が明らかに落胆の色を見せている。

 しばし、沈黙。


「ところで、あの魔剣・・・まだ名がないですよね」


「!」


 ば! とラディの父はマサヒデの方に顔を向けた。

 マサヒデの考えに気付いたようだ。

 まさか・・・魔剣の名・・・まさか・・・


「魔剣ラディスラヴァ・・・と、名付けたい。いかが」


 ラディの父が、ばさ、と、焼き鳥の箱を落とす。


「柄には、あなたと奥方様の名を刻んで頂きたい。

 親が柄として支え、子が刃として立つ。

 どうでしょう。我ながら、中々良い名だと思うのですが」


 小さく震える、ラディの父。

 目の端に、涙が浮かんでいる。


「私の希望は、以上です。不都合がありましたら、ご連絡下さい。では」


 す、とマサヒデは立ち上がり、笠を被って、静かに戸を閉め、出て行った。

 ラディの父は、潤んだ目で閉じられた戸を見つめた。


「魔剣・・・ラディスラヴァ・・・ラディ・・・」


 新たな魔剣の名は、後世まで語り継がれるのだ。

 自分の娘の名で。

 ラディの父は膝をつき、ぼろぼろと涙を流し、泣いた。



----------



(さて・・・と)


 マサヒデはあばら家に向かって歩き出して、足を止めた。


 トモヤはまだ寺にいるだろうが、5人もいるのだ。

 焼き鳥だけでは、さすがに少ないか。

 弁当と、酒でも買っていこうか。


 と、三浦酒天に行こうと思ったが、まだ朝だ。

 開いているだろうか。


 ゆっくり三浦酒天に向かって歩きながら、シズクの事を考える。


(ふふ、シズクさんが拗ねていたな。何か良い物はあるかな)


 あのでかい鉄棒を、小枝でも振るように振り回すシズク。

 何か得物を作ってもらうのは、ちょっと無理かな。

 じゃあ鎧とか・・・


(あれだけ頑丈なシズクに、防具が必要か?)


 軽く斬っていたとはいえ、カオルの斬撃でも皮一枚。

 自分でも斬れるか。思い切り集中して、金切り。これでやっと斬れるくらいか?

 シズクを斬れる相手に、鎧など意味はない。


 そうだ、小手ならどうかな。

 全身の鎧はいらなくても、小手なら武器としても使える。


(小手なんてなくても、普通に腕を振るだけで、誰でも吹き飛ばせるか)


 じゃあ、服はどうかな。

 ラディの服を羨ましがっていたけど・・・


(・・・服はすぐに破っちゃいそうだ・・・)


 着替えようとして、びりっと破いてしまう姿が目に浮かぶ。

 でも、服を羨ましがっていた。

 シズクだって、女だ。なにかおしゃれをしたいはず。

 じゃあ、香水?


(どぼっと出して、あっと言う間になくなりそうだ)


 うーん・・・

 シズクが喜びそうな物・・・

 酒と食い物くらいしか思い浮かばない。

 だが、どっちもギルドの食堂でいくらでも食える。


(さあて、どうしたものか)


 三浦酒天は開いていた。

 がらり。


「おはようございます」


「おお! トミヤスさん! いらっしゃいませ!」


「弁当山盛りを6個、お願いします。あと、酒を」


「へい! 少々お待ちを! 弁当山盛り6!」


「はーい! 弁当山盛り6!」


 奥から返事が聞こえる。

 これはマサヒデには思い付かない。

 シズクへの贈り物。何が良いだろう?

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