第十三章 魔剣

第122話 カオルの報告


 万が一があるといけねえから、と言われ、マツ達一行はすぐに帰る準備をした。

 ラディを馬車に乗せ、気を失ったシズクに水を掛けて叩き起こし、挨拶も早々に馬車を出す。

 がらがらと、馬車が急いで走る。


「ねえ、マツ様、あれ、カオルさんですよね?」


「おそらく、そうでしょうね」


「おお! そういえばご挑戦なさると! なるほど、カオル様でしたか」


「一体、何をしたんでしょう?」


「さあ・・・やるとしたら、何か置いていくとか、盗んでいくとかでしょうけど」


「でも、あのお父様が気付かれないなんて」


「うーん・・・まあ、帰ったら聞いてみましょう!

 どんないたずらをなされたんでしょう?」

 

「うふふ! まさか、魔剣が偽物になってたりして!」


「まさか! 魔剣を持って走り回るなんて!」


「ははは! まさかカオル様もそんなことはなさいますまい。

 マツ様のお土産ですぞ。ははは!」



----------



 カオルがマツの家に着くと、マサヒデは縁側で茶を飲んでいた。


「お。カオルさん。早かったですね」


「は」


「で、どうでした?」


「こちらを」


 す、とカオルが布に包まれたナイフを差し出す。

 マサヒデがそれを受け取って、にやっと笑う。


「ほほう。やりましたね。さ、着替えて来て下さい。お話はそれから」


「はい」



----------



 カオルが部屋に戻ると、机の上に結び文。

 監視員からだ。


『見事。

 されどレイシクランの忍ありき。

 魔剣はお二方の御判断を聞くべし』


 口の片端を上げ、結び文を燃やす。

 レイシクランの忍のおかげとはいえ、剣聖から魔剣を盗めた。十分だ。

 心配なのは、マツが怒らないか、だけ。


 ば! とメイド服に着替え、カオルは部屋を出た。



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 縁側に戻ると、マサヒデは柄のない魔剣をぽん、ぽん、と投げ回している。

 手に入るたびに、黒い霧がもわっ、もわっ、と出ている。


「ごご、ご、ご主人様!?」


「ああ、カオルさん。さあ座って。お話を聞かせて下さい」


「魔・・・魔剣・・・」


「平気ですよ。さあ。あなただって、これ持って走って来たんでしょう?」


 恐る恐る、カオルはマサヒデの横に座る。


「そ、その、魔剣を・・・」


「大丈夫ですって。これ、そんなに危険なものじゃありませんよ」


「な、なぜ、それが、お分かりに・・・?」


 カオルは震えながら、マサヒデが投げ回す魔剣を凝視している。


「よく考えてみて下さい。これは魔王様が旅立つマツさんに渡したものですよね?

 もし危ないものだったら、魔王様がマツさんに渡す時、ちゃんと言いますって」


「まあ・・・そうかもしれませんが・・・」


「贈り物として使えって渡されたんでしょう?

 もし、とんでもなく危険なものだったら、渡された方も困っちゃいますよ」


「あ・・・そうです。たしかに、その通りですね」


「私達も、魔剣だって分かって、びっくりしちゃいましたけどね。

 落ち着いて考えれば、危険なものじゃないってすぐ分かります。

 今度、ラディさんのお父上にもお見せしに行きますか。お世話になりましたしね。

 鍛冶屋さんが魔剣を触れるなんて、きっと喜びますよ」


「はい。そうしましょう」


「あ、ラディさんのお父上か・・・」


「どうされました?」


 魔剣を見て、マサヒデがにこっと笑う。


「いえ、良い事を思い付いただけです。

 で、これを渡された時の父上、どうでした?」


 マサヒデがにやにや笑いだした。


「ふふふ。それはもう驚いておりましたよ。身を震わせてしまって」


「ははは! 父上がそこまで驚いていましたか!」


「恐る恐る箱にしまって『これは魔王様がマツ様に気持ちを込めて渡したものだから、私が持つべきじゃない』と仰られました」


「ほほう。父上にしては随分と殊勝な」


「まだ世に出ていない魔剣だそうで、何の力があるか分からないそうです。

 顔には出ていませんでしたが『厄介な物を!』って感じが、ありありと」


「ははははは! まあ、魔剣を触ればそうもなりますよね! ははは!」


「ところで、ご主人様は、この魔剣、どんな力を持っていると思います?」


「うーん。持つと、何かこう、身体の中に伝わるというか、満たされてくるような感じがしますよね」


「はい」


「魔術の強さをものすごく増幅するとか、いくら魔術を使っても、とか、そんな所じゃないでしょうか。この通り、振ったり投げたりしても何もありませんし」

 

「魔術や魔力に関係する作、ですか・・・」


「そう。マツさんは元々魔力も魔術の威力もものすごいから、持ってみても良く分からない。魔王様も同じ。で、いくら魔剣といっても、魔王様やマツさんには無用の長物。ということで、自分達が持ってても意味がないから、贈り物にってわけです。まあ、もしこの推測通りなら、誰でも大魔術師になれますから、危険といえば危険ですけど」


「うーむ・・・さすがご主人様。見事な推測です」


「おそらく、ですけどね。

 我々には分かりませんでしたが、ラディさんも、これ持ちましたよね」


「はい」


「ラディさんは治癒魔術を使うから、聞いてみると分かるかもしれませんね。

 なにか魔力が・・・みたいな感覚が、はっきり感じられたかも」


「なるほど」


「まあ、詳しく調べるのは、また今度ですね。

 ラディさんの鑑定を聞いてからです。

 あ、そういえば、ラディさんは父上の品を見せてもらえました?」


「ええ。それはもう感動されて。最後には気を失ってしまっていました」


「ははははは! 父は何を出してきました?」


「三大胆、魔神剣、真・月斗魔神の三本です」


「とっておきを出してきましたね。ラディさんが気を失ってしまうわけです」


「最初に出して、思い切り驚かせてやろうとしたのでは?」


「でしょうね。ふふふ。ラディさんの顔が目に浮かびますよ。

 この魔剣を持った時みたいに、汗だらだらで震えてたりしてたでしょう?」


「はい。しかし見事でした。抜ききらず、ほんの3寸ほどで全てお当てなされて」


「どれも見た目が特徴ありますからね。

 ラディさんなら簡単に当てられるでしょう」


「ラディさんが気を失ってしまわれた後は、庭で奥方様やクレール様と試し斬りをしていたようです」


 驚いてマサヒデが顔を上げる。


「え? 試し斬りですか?」


「私は天井裏にずっとおりましたので、様子は見ておりませんが・・・

 そういえば、近くに雷が落ちたようで、すごい音が」


 こと、と魔剣を置き、マサヒデは腕を組み、顎に手を当てる。


「ふうむ・・・」


「どうなされました?」


「それは、おそらく魔神剣ですね・・・その3本、私も触ったことはないんです。

 持っている力は聞きましたが、その力というのも、実際に見たことはないんです。

 マツさんとクレールさんは、見ることが出来たんですか・・・

 ううん、正直、嫉妬しちゃいますね」


「それほどの逸品ですか」


「聞いた通りなら、ほとんど魔剣と変わりません。

 三大胆は『日輪剣』ていう、三大胆だけに作られた称号を持ってる剣です。

 魔神剣なんて、魔剣どころか『魔神の剣』て名前の作ですよ?

 月斗魔神は『真』なんて称号が付いてるんです。『これが真の剣』ていう作。

 どれも『魔剣』てついてないだけで、魔剣と同等か、それ以上です」


「それほどの・・・私も見ておけば良かった・・・」


 マサヒデが笑顔になる。


「ふふふ、また忍び込んで、盗んでみたらどうです?

 この3本、特徴あるから、ひと目で分かりますし」


「もう結構です。いつ刺されるかと・・・今日は寿命が縮まりました」


「ははははは!」


「・・・あっ、あっ!」


 カオルの顔が、急に真っ青になった。

 マサヒデも驚いてカオルを見る。


「ど、どうしました、なにかあったんですか?」


「あ、あの、カゲミツ様が、奥方様と立ち会いたいって・・・

 それで、道場に行ったので、その隙に盗んだんです」

 

「ほう」


「奥方様は、大丈夫でしたでしょうか・・・

 盗む事に頭が一杯で、すぐ逃げ出してしまったものですから・・・

 カゲミツ様、随分とお飲みになって、真剣を持って・・・」


 なーんだ、という顔をして、マサヒデは魔剣を取り上げ、ひょい、と投げる。


「大丈夫ですよ。安心して下さい。

 何かあったんなら、レイシクランの方々が今頃ここに駆け込んで来てますよ」


「・・・」


「あのマツさんの術で、今頃は酔いを覚ましてる頃でしょう」


「ああ、あの閉じ込める」


「ええ。さすがに父上でも、あの術は破れないんじゃないですか。

 あれ、どうしようもなくなっちゃいますし」


「だといいのですが・・・」


「レイシクランの方々が来てないって事は、平気ですよ。安心して下さい」


 ぱし。ひょい。ぱし。ひょい。とマサヒデが魔剣を放り投げる。

 受けるたびに、もわっと黒い霧が垂れる。

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